第4回

   4


 足音は道路を挟んだ向こう側、5号棟と6号棟の間から聞こえていた。


 僕らは道路を駆け抜けて渡り、号棟の案内板からごみ収集場へと身を隠しながら進んでゆく。


 時折聞こえる発砲音に空気は張り詰め、緊張感による心臓の鼓動が激しかった。


 相変わらずよく聞き取れない叫び声や罵声は恐らく同一人物のものだろう。


 その声は6号棟の3階から聞こえていた。


 顔をあげて見れば、そこにはふたつの人影があった。


 恐らく殺人者に追いかけられているのだろう参加者が、幾度も発砲音を響かせていたのだった。


 殺人者はそんな参加者に対して落ち着いた印象だった。


 的確にそれを避け、お返しとばかりに参加者に向かって銃口を向ける。


 けれど不思議だった。


 殺人者は、逃げる参加者を一向に狙撃しないのだ。


 まるで参加者の抵抗を楽しむように、嘲るように、銃口を向けたまま――


 そんな殺人者の姿に僕は息ができなかった。


 まだその事実を認めたくなかった。


 この目でしっかりと確認するまでは、僕は、絶対に。


 僕はたまらず駆け出していた。


 後ろから高瀬と美月の制止する声が聞こえてきたけど、僕はそれを無視して6号棟に飛び込み、目の前の階段を駆け上がった。


 そんなはずはない、絶対に違うと信じながら。


 3階に辿り着き、廊下に飛び出る。


 しかし、そこには誰の姿も見当たらなかった。


 次の瞬間、パンッと乾いた音が四階の端から聞こえてきた。


 階段をさらに四階に駆け上がり、音の聞こえた廊下の先に体を向けて、僕は目を見張り、そして立ち止まった。


「……零士さん」


 廊下の先には拳銃を手にした零士さんの姿があって、彼は足を撃たれて悶えている参加者――桜井良彦の額に銃口を突きつけていたのである。


 零士さんは震える桜井に静かに何か言葉をかけると、



 ――パンッ



 迷うことなく、その頭を撃ち抜いたのだった。


「……なんで、零士さんが」


 誰もが殺人者になり得るルールであることは解っていた。


 僕や美月、高瀬だって殺人者になり得ることだって理解しているはずなのに、頭がそれを否定した。


 信じられなかった。


 信じたくなかった。


 零士さんが、このステージの殺人者だなんて……!


「馬鹿! ボサッとするな!」


 階段を駆け上がってきた高瀬が僕の前に飛び出し、零士さんに向かって銃を構えた。


 瞬間、零士さんが高瀬のすぐ足元を狙ってパンッと一発発砲し、高瀬の身体が大きく揺らぐ。


 撃たれたのか、と驚愕したが、高瀬はただ驚いてバランスを崩しただけということに気付いて安堵する。


「悠真くん! 今は逃げよう!」


 あとから駆けつけてきた美月に腕を引っ張らたけれど、僕はそれに従えなかった。


「零士さん!」


 思わず叫んだ僕の足元に、さらに零士さんは二回発砲して、

「ガキはすっこんでろ! 邪魔すんじゃねぇ!」

 鬼のような剣幕で僕らを威嚇したのだった。


 僕も高瀬もそんな零士さんの凄む姿に、ひるんで動くことができなかった。


 それは、これまで僕らの見てきた零士さんの姿とは全く異なる姿だった。


 口を真一文字に引き結んだまま、僕らに銃口を突き付けて、いつでもお前らを殺せるんだぞという意思を痛いほどその視線から感じ取れる。


 けれど零士さんは、おもむろにその銃口を下におろすと、

「…………チッ」

 何か言いたげな視線を寄越しながら舌打ちし、けれどなんの言葉も発することなく、廊下の先に設けられた階段へと、その姿を消してしまったのだった。


 階段を駆け下りる零士さんの足音を聞き、僕は思わずそんな零士さんのあとを追おうと駆け出す。


「悠真!」

「悠真くん!」


 その途端、高瀬が両腕を大きく開いて行く手を遮り、美月は僕の身体を後ろから強く抱きしめて離さなかった。


「――は、離せ!」


「ダメだよ! 落ちついて、悠真くん!」


「そうだぞ! 落ち着け!」


「だけど――!」


 零士さんは、僕たちを殺さなかった。


 もし零士さんが殺人者なのであれば、今この場で僕らを殺せばよかったのだ。


 それなのに、あの人はそうしなかった。


 それはもしかしたら、零士さんが殺人者ではないかも知れないということだった。


 ……そう、僕は信じたかった。


 そんな僕の顔を見つめながら、けれど高瀬は静かに首を横に振った。


 高瀬が僕の思いを理解しているのかなんてわからない。


 美月と同じように、零士さんのことを信じ切れていないことだって僕は知っている。


 けれど、僕は――どうしても零士さんを信じたかった。


 零士さんは、殺人者なんかじゃない。


 ――そうであってほしかった。


 僕は大きくため息を吐き、足元に顔を向けながら両目を瞑った。


 歯を食いしばり、両手を握り締めて、必死にこの思いを胸の中にしまい込んだ。


 もう一度瞼を開き、零士さんの消えた廊下の先へ視線を向ける。


 そこにはただ、息絶えた桜井良彦の動かぬ身体が、静かに転がっているだけだった。

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