第2話 小さな演奏者

 ふと、砂漠の中に一人の少女がいた。マキナより歳は上だが、まだ成人してはいない少女だ。いばらの刺繍が施された緑のローブを羽織ったその少女は、砂漠の中のオアシスのようにも思える。緑の少女は手にした短杖を、指揮棒のように軽く振った。すると、杖から黄色い粉のような光が、乾いた砂漠に降り注ぐ。光が砂にかかった途端、小さな双葉が芽吹いた。水を含んでいるしなやかな双葉が、少女の次の旋律を待っている。もう一度少女が杖を振ると、今度は青白い光が雨のように双葉に降り注ぐ。青白い光が双葉にかかると、双葉は大きくなり、一輪の白い花を咲かせた。少女は花を見ると、嬉しそうに微笑んだ。再び杖を振り、次々に双葉を咲かせる。双葉は白い花をつけ、杖を振る少女に魅入るように揺れた。マキナも無意識のうちに、この緑の指揮者の演奏会を見ていた。この温かい旋律を聴いていると、マキナの空洞も満たされるような気がしたのだ。


「貴方はどなた?」


緑の少女はたった一人のギャラリーに気づく。彼女が掛ける丸い眼鏡のレンズに見透かされ、マキナは後ずさる。レンズ越しの少女の眼も、深緑のように濃い緑色だった。熱が通った人間に話しかけられ、マキナは少したじろぐ。


「私はマキナ」


「ごきげんよう、マキナさん。私はソーン。こうやって魔法で種を蒔いているの」


生真面目そうなソーンの口調が砕ける。流れるように杖を振り、ソーンは舞踊曲を奏でた。金色の粉が舞い散り、小さな芽がソーンの演奏を一目見ようと顔を出す。明らかに人智を超えた力に、マキナは首を傾げる。


「どうして砂の中に種なんか蒔いてるの?」


「元々、この国、サニーランドは緑溢れる国だったのよ。こんな砂漠なんかじゃなかったの」


ソーンの透き通った瞳が少し曇る。マキナは不思議そうにソーンを見た。ソーンの瞳に映る砂漠は、緑に満ちている。まるで、かつてのあったであろう国の姿を映すように。


「この砂漠は広いと思うわ。なぜあなたは、それを知ってても種を蒔くの?」


「それはね、私はこの国が好きなの。だから、少しでもこの国に緑を取り戻したいのよ」


疑問の尽きないマキナに、ソーンは眉ひとつ動かさず答える。血の通っていないマキナには分からなかった。何故、目の前の少女は無限に広がる砂漠を緑に溢れさせようとしているのか。明らかに無意味な事だ。不可能な事だ。マキナの思考に、疑問という新たな回路が芽生える。非合理的な事だ。人間はこのような思考過程を持ちうるものなのか? 絡繰人形の彼女には分からなかった。この国の本来の姿を。ソーンの演奏は終わらない。白い肌が日に焼かれて赤く火照っても、熱で視界がぼんやり歪んでも、彼女は杖を振る手を止めなかった。マキナのネジが軋む。身体の中の回路が激しく動き、新たなマキナの感情を生み出そうとしていた。だが、マキナはこの感情をどう形容するのか分からない。その感情の処理方法も表現方法も、マキナは知らなかった。問いかけても、答えは返って来ない。感情の思うがままに、マキナはソーンに歩み寄った。


「……ねえ、私も種を蒔いていい?」


「え? ええ、いいわよ」


ソーンは思わず演奏の手を止めた。マキナの提案に、ソーンは驚くも、すぐに微笑む。マキナはソーンから種を受け取ると、せっせと埋め始めた。機械仕掛けの彼女は、いくら日に焼かれど、何も感じる事はない。けれども、暑さと渇きに晒されながらも、ただ一人緑を植え続ける少女を見ていると、マキナは心に空いた空洞を何かで満たしたくなる。マキナは小さなオアシスの中で種を埋め続けていた。マキナが種を埋めた軌跡には、ソーンの青白い旋律が刻まれる。二人のデュエットは、しばしの間広大な砂漠の中で繰り広げられた。

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