第7話 信頼ゼロから始まる監禁生活

 ――監禁生活というのは思いの外快適である。


 人間の尊厳さえ捨ててしまえば、何もしなくてもご飯が食べられるし、片付けはしなくていいし、家事洗濯はやってくれるし、一日中寝転がり放題だし、四六時中話し相手もいる。

 監視カメラもあるので防犯面も安心だ!


 まさに楽園と言えるだろう。


 ――人間の尊厳さえ捨ててしまえば。


 つまり控えめにいって最悪だった。拘束されているから思うように体を動かせないし、トイレに行く時も、風呂に入る時も常に誰かと同伴だし、厳しい監視のせいで心休まる時間がない。 


 ちなみに小屋には常に人がいる。三交代制でシフトを組んでいるらしく、三人が代わりばんこで現れるのだ。


 なので一人になれる時間がない。常に誰かしら勤務しているわけだ。バイトかな?


 そんな生活を三日も続けた辺りでさすがに焦りが湧いてきた。


 ――このまま一生監禁されたままなんじゃないか? という焦りだ。


 最初は冗談だと思っていた。監禁なんてちょっとした子どものお遊びで、お泊まり会の一種のようなものだ。


 一日二日もすれば解放してくれると。彼女たちの怒りが収まるまでの辛抱だと。


 なのに一向に解放される気配がない。

 なんか壁には『秋吉秋空、一週間のルーティン』と書かれたポスターが貼られているし、隣のシフト表に関しては今月末までびっしりと名前が記載されている。


 つまりこの生活がすぐには終わらないことを意味していた。

 ほら、今だって小屋の外で真昼と叶愛が来月のシフトについて議論を交わしている。


「真昼ちゃん、夜シフト多すぎなぁい? さすがにそれはずるいと思うんですけどぉ」


「ふん、兄妹以外の人間に夜を任せるなんて危険です。妹として許すはずがないじゃないですか」


「でもでも、朝だとそういう雰囲気にならないっていうか、眠すぎてお互いにカタコトでしか会話できないの不利だと思うんですけどぉ」


「知りません」


「もう、真昼ちゃんのケチぃ」


 不安そうに頬を膨らませる叶愛の姿が容易に想像できる。それくらい小屋の壁は薄かった。


「外の声、丸聞こえだね」


 沙鳥がニコリと笑みを浮かべる。今は彼女のシフトなので、小屋の中で俺を見守っているわけだが、そんな状況でもペンを動かす手は止まっていない。次の物語を書いているのだろう。


 真面目なのは良いことだが、もう少し危機感を持ってほしい。向こうの声が丸聞こえということは、こちらの声も丸聞こえなのだ。


 つまりこの小屋にはプライバシーがなかった。もう少し人権を尊重してほしいものだ。


 そんな不平不満が顔に出ていたのだろう。沙鳥は口を尖らせながら問いかけてくる。


「何がそんなに不満なの? ライトもあるし、枕もふかふかだし、扇風機もある。お風呂とトイレは神社まで行く必要があるけど、そのおかげで外の空気も吸える。ご飯もあるし、手錠は左足だけだから無限に絵が描ける。どこからどう見ても理想的な環境」


 確かに監禁という言葉ほどの不自由はないし、監禁界隈的にはマシな部類に入るのかもしれない。


 しかし多少自由なくらいでは取り戻せないくらい、致命的な問題があった。

 それは……、


「……暑いんだよ」


「えっ?」


「暑くて死にそうなんだよ」


 俺は全力で叫ぶ。


 そう、暑さでどうにかなりそうなのだ。窓は開かないため風通しが悪く、そのくせ日当たりがいいため、日中は灼熱地獄なのだ。どんなに拭いても汗が止まらなかった。


「扇風機あるよ?」


「日本の夏を舐めるな! 扇風機でどうにかなるわけないだろ! エアコンだよ、エアコン。エアコンがないと生きていけないんだよ」


 不思議そうに首を傾げる沙鳥に俺は全力で不満を叫ぶ。


「熱中症で死にそうなんだよ俺は!」


「ね? ……チュウしよう?」


「言ってないわ。とにかく、俺はエアコンが欲しいの!」


 正当な要求だろう。監禁環境を整えるのは監禁する側の役目なのだから。

 しかしこの島には必要なものが何もないので、


「ないものはない」


「そこを何とか……」


 願ってもどうにもならないのだ。


「ほら、沙鳥だって暑いだろ? 結構汗かいてるじゃないか」


 巫女服を脱いで、珍しくワンピースを着ている彼女も汗が止まらないのは同様のようで、服がピッタリ体に張り付いている。

 体のラインが浮かび、扇状的な様子にごくりと唾を飲もうとして、口の中の水分が不足していることに気づいた。


「水を……ください」


「はい、どうぞ」


 2Lのペットボトルをそのまま渡され、豪快に口をつけてごくごくと水分を流し込む。一気に体が潤って、まるで昇天したような気分だった。


「私にも水ちょうだい」


 俺が同意する前に、沙鳥は強引にペットボトルを奪いとり、同じ場所に口をつけてごくごくと飲んだ。

 そしてペロリと唇を舐めると、恥ずかしそうに顔を真っ赤にして呟いた。


「間接キス」


「お、おう」


「恥ずかしいからこっち見ないで」


「恥ずかしがるなら最初からやるな!」


 なんだかこちらまで恥ずかしくなってくる。ぶっきらぼうなのに意外と大胆で、大胆なわりに恥ずかしがり屋。


 そんな沙鳥とじっと見つめ合っていると、絶妙な空気になってきた。


「とにかく、暑いからこのままは勘弁してくれ」


 俺は話題を強引に戻す。沙鳥に構っている場合ではない。何とかしてこの状況を脱さないと……。


「分かった。じゃあ監禁場所を移すのはどうだ?」


「移す?」


「引越しだよ引越し。例えば俺の家とかどう? 神社は色々と不便だけど、うちならエアコンもあるし、快適だと思うんだよ。な? そうしよう!」


 本来であれば今すぐにでも監禁から解放してもらいたいところだが、さすがにそれは難しそうなので、せめてもの妥協案である。


 汗をかかずに済むし、家だから色々と便利だし、お互いにウィンウィンな提案だと思う。

 しかし沙鳥は首を振った。


「ダメ。秋空の家だと監禁にならない」


「別に家じゃダメな理由はないのでは?」


「ううん。これは反省の意味を込めてるから。約束を破った秋空に反省してもらうための機会。それが監禁」


「監禁の意味を履き違えてるのでは?」


 それは多分、禁固刑とかそっちの方が近いと思う。

 俺ってそんな悪いことしたっけ?


「大丈夫。監禁的な意味合いも含んでるから。秋空が島から出ないと神に誓わない限り、ここから出すつもりは絶対にない」


「……そっか」


「絶対にだからね?」


 そんな念押ししなくても十分分かっている。

 なぜならこの部屋の天井に設置されている監視カメラの所持者は、他でもない沙鳥なのだから。

 俺が隙を見て脱出できない一番の原因は彼女にあった。


 


「――絶対だから」








 


 


「………………絶対逃さない」

 

 

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