カラフル・サイト
川上水穏
遠景に消えゆく和火
花雷
連続ドラマの撮影が終わり、SNSアカウントの更新がぼちぼち一人で出かけた先の景色になってきた頃だった。
以前、俺のマネージャーをしていたハチからメールが届いた。
『みつるさん。お久しぶりです。
今度、
ちょっとしたボードゲーム会なんですけど、気楽に顔出しませんか?
仕事のことは気にしないで欲しいです。
そこでは“松島さん”じゃなくていい場所なので、良かったら一緒に行きませんか』
拓樹はハチの二丁目友達で、会ったことはないが企画好きだと聞いている。
ハチと離れるきっかけになった会話をふと思い出す。
連続ドラマの撮影で、時間が空いた。
楽屋にはマネージャーの蜂矢ことハチと二人きりで、一旦衣装のままパイプ椅子に腰かける。
蜂矢がいつの間にか縮まってハチと呼んでいた。
「水、飲みますか」
ハチがペットボトルを差しだした。
「……ありがとう、もらっておくよ」
一口飲んで、ごくんと喉を通った音がやけに耳に響く。
沈黙が訪れる。
「……松島さん、僕。このままじゃダメだって思っているんです」
「急にどうしたんだ?」
俺は、焦りながら彼の言葉に耳を傾けた。
「僕、クローゼットのままじゃ松島さんをこれからもずっと応援する自信が無いんです。松島さんを一人の人間として応援し続けたいと思っています」
両手に挟むペットボトルの冷気が体をすっと冷ます。
顔を見上げて、ハチの表情を確認する。
困った顔で、泣きそうだった。
もっと前から悩んでいたんだろうか。
「僕、隠してるのがもうつらいんです。自分らしく生きていけないと、一生嘘をつき続けなきゃならない気がしています」
「……ハチ」
そんなに思い詰めているとは考えもしなかった。
答えに困って、考えて出そうとした言葉を飲み込む。
「僕が先に飛び出します。松島さんが無理に、今すぐどうこうする必要はないです。でも、僕はもう、外へ出ていきたいんです」
「……眩しいな、お前は」
「違いますよ、松島さんがいてくれたから、僕も勇気を持てたんです」
俺は、ハチから目を逸らした。
ペットボトルから手を離し、笑いにならない声が漏れる。
あのあと、俺がクローゼットを飛び出す手伝いができるようにとプライベートの連絡先を交換した。
だから、このお誘いメールが届いている。
俺自身が連絡先の交換を拒めなかったのは、クローゼットから飛び出した先でどうやって生きていくのか知りたかったからだ。
オープンにしてゲイや女装、オネエタレントとしてやっていく人たちがいる。
でも、番組での共演はNGを出していた。
少し喋っただけで、心の中まで見透かされそうな気がして怖かったからだ。
クローゼットからオープンになっていく過程を知りたかった。
このお誘いメールは素直に嬉しい。
ハチが離職したときと、状況は変わっていない。
家のソファに背中を預けて、天井を向いた瞬間、行ってみるかと気が変わった。
『お誘い、ありがとう。
俺を気にかけてくれて嬉しい。
ハチにも久しぶりに会って話してみたい。
どんな人が集まるか見当もつかないが、俺も一歩飛び出してみたい』
返信の文面は迷いなく打った。
マグカップのコーヒーをすする。
雑誌を手に取ってパラパラとめくる。
こういうときは、返事が気になって気が散っているとき。
『僕も嬉しいです。
落ち着いたらみつるさんに会いたかったから。
企画主の拓樹は、僕が松島
でも他の参加者は知りません。
なにか配慮して欲しいことがあれば、拓樹にお伝えします』
『他の参加者には俺の職業を言わないでもらえると嬉しい』
『恥ずかしい話ですが、前職の話の流れから話してしまいました。
もし気づかれても、みつるさん呼びを徹底するようにお願いしましょうか?』
『ありがとう、そうしてもらえると助かる』
『もちろんです。無理に話さなくてもいいし、みつるさんのペースで大丈夫です。僕も、会えるのを楽しみにしています』
あいつ、俺の話をしてたのか。
前職から離れて、ずいぶん経っているのに。
ふっと声にならない笑いが漏れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます