藤橋紡木について

第7話 滴り

 黄金と別れて、帰宅する。

 そのまま駅まで行って、電車で帰ってしまえば良かったのだろうが、一人で思考を整理する時間が欲しかった。

 気持ちを探ると言ったものの、じゃあどうやるんだと言われると困る。


 駅近くまで来ていたのに、踵を返す。

 戦時は滑走路として使われていたらしい、大きな道を南下する。

 近くの高校と大学の生徒が駅に向かって歩く。まるで波に逆行するかのようだった。


 二十分ほど歩く。

 そうすると、大きな公園が見えてくる。


 もう小学生はとっくに帰っているような時間。

 今公園にいるのは、有象無象の虫たちだけ。そこに私がぽつんと加わる。

 公園の通路に設置されているベンチに腰掛ける。虫の大合唱をBGMにして、また考えごとをし始める。


 どうやったら、気持ちを探ることができるのか。

 真っ先にぶち当たるのはその壁だ。

 一見簡単に乗り越えることができそうなその壁は、中々乗り越えることができない。

 目の前にやってきて、見上げて、高いものであると痛感する。


 「……難しいなあ」


 呟く。

 空を見上げる。雲の隙間から見えていた星や、薄く光っていた月はもう完全に見えない。厚い雲に覆われてしまったようだ。


 「……雨でも降りそうかな?」


 すんすんと匂いを嗅ぐ。

 雨が降る直前に感じられる、独特の香りが鼻腔を擽った。


 「降りそうだ」


 と、自己解決。

 スマホを取り出し、天気予報のアプリに搭載されている雨雲レーダーを確認して、答え合わせをする。うん、大正解。これから雨が降るらしい。てか、真っ赤だ。時間的には一時間ちょっとしか降らないようだが、雨量は尋常じゃない。これはあれだ。ゲリラ豪雨ってやつだ。


 「雨に降られる前に帰ろう」


 くーっと背をのばし、スマホを片付けて立ち上がる。

 今日は傘を持っていない。折りたたみもない。

 この状態で雨に降られてしまったら、びしょ濡れになるのは確定。それだけは避けないと。びしょ濡れで満員電車とか周りに迷惑もいいところだ。


 ぽつ。


 鼻の頭に水滴を感じた。ぬるめな水滴。


 また、ぽつ、と感じる。


 乾いた地面は色濃くまだら模様が描かれていく。


 「あっ……」


 そうつぶやいた次の瞬間。

 バケツをひっくり返したような雨が降る。滂沱な雨。容赦なく、降り注ぐ。


 「もう、いいや」


 私はベンチに腰掛ける。

 髪の毛も、制服も、バッグも。なにもかもが今の一瞬でびしょ濡れになってしまった。

 今から焦ったところで、身体も服もバッグも乾いてくれるわけじゃない。濡れたという事実はもう書き換えることさえできない。


 「どーにでもなーれ!」


 わーっとすべてを諦めた。

 だが、突然雨に打たれなくなった。まるで傘に入ったような感覚だ。

 不思議に思って、顔をみあげる。

 そこにはピンク色の傘があった。


 誰かが濡れた私を見て、傘に入れてくれたのか。優しい通行人もいたもんだ。この世界もまだまだ捨てたもんじゃないな、と振り返る。


 「葉月。びしょ濡れじゃない。風邪引いちゃうわよ?」


 ベンチの後ろ側にいたのは紡木だった。


 「なんで、ここに。紡木が……?」


 制服姿ではなくて、私服。黒のシアーニットにスカショーパンというシックで大人っぽさの権化みたいな格好だった。

 まだそんなに解散してから時間経過していないはずなのに。って、ああそうだ。紡木の家って学校からすぐ近くだったね。帰宅して、すぐ着替えて、家を出たって考えれば、まあおかしくないか。


 「これ。今日の晩御飯の材料がなんにも家になくて、ちょっと買い出しに出てたのよ。その帰りに、雨に濡れてる女の子いるからどうしたんだろう……って、見てたら葉月だったから、来ちゃったわ」

 「そ、そう……なんだ」

 「とりあえず立ち上がって。そのままだと風邪引いちゃうから、私の家においで。シャワー浴びてきなさいね」

 「そこまでしてもらわなくて大丈夫。雨もすぐ止むし」

 「でも身体も服も乾かないでしょ?」

 「それは、まあ、そうなんだけど」

 「ほら、こういう時は素直に甘えておくものよ」

 「じゃ、お邪魔しようかな」

 「うんうん、そうして」


 ベンチを跨いで、私の元にやってくる。

 そして、ぴたりとくっつく。制服がびしょびしょなせいで、まるで紡木を直接感じているようだった。

 びっくりしたし、なによりもこんなに近寄ったら紡木の服が濡れちゃう。だから、距離を置く。なのに、紡木は距離を詰めてくる。


 「葉月。そんなに距離あけたら、傘に入れないわよ」

 「いい。別に大丈夫。傘なんて大丈夫だから。私は雨に濡れてるくらいがちょうどいいってもんよ」

 「……すごいわ。意味がわからない」


 戸惑わせてしまった。


 「ほら、近寄りなさい」

 「え、でも、そんなに近寄ったら紡木の服とか濡れちゃうよ」

 「構わないわ。それくらい。家に帰って、乾かせばいいだけじゃないの」


 紡木はだから、とまたぴたりとくっつく。

 大きめの傘ではあるが、高校生二人が入るとやっぱり手狭。ぴったりくっつかないとどっちかが濡れる。

 せめて私が肩を出して……と思ったら、むっとした表情を浮かべている紡木が私の腰に手を回した。


 「一体なにを!?」

 「こうしないとまた出て行っちゃうじゃない」


 紡木に捕まった。むぎゅーっとホールドされながら、紡木の家へと向かった。


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