朝顔の思ひ出

赤井朝顔

Xの目覚め

 僕は自分の性の目覚めについて考えてみた。

 いきなり何故そんなことを考え始めたのかというとSNSで、とある投稿を見たからである。

 その投稿というのが「こんなお姉さんが隣に住んでたらいたいけな小学生が目覚めちゃう」というものだ。

 その投稿は女性が描かれた絵につけられていたもので、耳にはピアスが大量につけられ、タンクトップからは刺青が覗き、おまけにタバコを咥えているという絵だった。タンクトップという薄着ではあるのだが、裸というわけではなく、胸が露出しているわけでも、下着が見えているわけでもない。

 僕みたいに成人を迎えている男であったら、エロいなーくらいは思うかもしれないが、小学生は同じように思うのだろうか。

 そりぁ、人によると言われればそれまでかもしれないのだけれど、僕が小学生だったらどう思うのだろう。

 と、こんな煩悩まみれのことを真面目に考え始めて、僕は自分の性の目覚めについて思い返していると、こんなことを思い出した。


 僕は小学二年生の時に引越しをした。引越しと言っても直線にして100m程度であり、学校が変わったりはしなかった。着々と建てられていく新居を見ながら、なんでこんなちょこっとだけ引っ越すんだろうと思った(立ち退きのためだった)。

 引っ越すにあたって当然ながら、ほとんどの荷物を新居へと運ぶのだが、僕はそこで初めて家にたくさんの本があることを知った。

 いったいどこに隠されていたのかと思ったほどに、見たことがない本が大量に運び込まれていく。そのほとんどが漫画や小説だったのだが、それらの本が僕の人生に多大なる影響を与えたのは言うまでもない。

 荷解きが終わり、引越しの高揚感が落ち着いてくると僕は真っ先に本棚へと向かった。

 本棚は天井近くにまであって、一番上の段は小学二年生には、手が届かない程だった。

 僕はそれまでちゃんと漫画を読んだことなどなかったから適当に2つ抜き出し、読み始めた。

 その2つというのが『今日から俺は‼︎』と『ジョジョの奇妙な冒険』である。

 その2作品を読んだ小学生の僕は漫画というものに瞬く間にハマった。

 メチャクチャに面白い。こんなに面白いことがあったなんて!

 僕が漫画にハマったことを見て取った父親は古本屋で『ONE PIECE』を買ってきたりして、僕はどんどん漫画というものにハマっていった。

 それから一年ほど経った頃、僕は相変わらず漫画が好きだったのだが、問題が生じた。

 ほとんど読み尽くしてしまったのだ。

 いかに漫画好きといえども同じ作品を何周も読んでいれば、流石に飽きがくる。

 田舎に住んでいたものだから、近所に本屋はなく、親に連れて行ってもらわなければならなかったし、何より金も持ってはいなかった。

 そこで僕はある手段を思いついた。

 最上段の漫画を読もう!

 漫画をほとんど読み尽くしたと言ったが、それは手の届く範囲の話であり、背伸びをしても、触れることすらできない高い段の本は読んでいなかった。

 親に頼もうと思ったのだが、その時は外出をしていて家には僕1人だったため、なんとかして自分でとる必要があった。

 僕は半ば物置と化している部屋に小さめの脚立があったことを思い出し、こっそりと持ち出した。

 そうして僕は最上段の漫画を手に取ることに成功したのである。

 手に取ったのは『GANTZ』だった。

 少年漫画と比べて、大きなサイズの漫画は僕をドキドキとさせ、厚いデザインのカバーは未知の世界への扉かのようだった。

 しかし、すでにお気づきの方もいると思うが、『GANTZ』は小学生にとっては過激な作品であり、そんな過激な作品を手の届かない位置に置いてある意図は【読ませない】ことにあったのだが、そんなことは知る由もなかった。

 僕は脚立もそのままに3巻まで抜き出すと自分の部屋へと戻った。

 読んだことのない漫画を手に取った期待。

 親が家にいない高揚感。

 脚立を使ってやっと手が届いたという達成感。

 様々な要因が僕の中で混ざり合っていた。

 そうして『GANTZ』の1巻を開いたのだった。

 読み始めるといきなり主人公らしき高校生がグラビア雑誌を読んでいる場面だった。絵柄も少年誌とは違っていて、まさに新しい世界。ここからどんな物語が展開するのだろう。

 死んだ。

 あれ?死んだ。

 主人公が電車に轢かれてバラバラになって死んだ。

 主人公が早い段階で死んでしまうのは『ジョジョの奇妙な冒険』で体験済みだったのだが、1巻で死んでしまった。

 いや、そんなことよりもグロすぎないか?

 主人公は轢かれた衝撃で頭が胴体から吹っ飛んでいた。頭だけになったにも関わらず、後悔の念を思い起こし、人生の振り返りをしていて妙にリアルだった。背骨だか、脊椎だかの骨がのぞいていて、涙を流しながら死んでいく様はトラウマものだった。

 しかし、僕はまだ読んだことを後悔することも、漫画を閉じることもしなかった。

 というのも当時、僕の通っていた小学校ではホラーやグロが流行っていて、より怖く、よりグロテスクなものを知っているやつが偉いみたいな風潮があったのだ。

 これはクラスで自慢できる!

 この後、生首が脳裏に焼き付いてしまって結構苦労することになるのだが、そんなことを知らない僕はページをめくり続けた。

 そして、ここからが本題である(ここまで長々と書いてしまったが、これは僕の性の目覚めについて書き始めたものだ)。

 死んだはずの主人公が謎の部屋で目覚めるという展開。まったく読んだことのなかったジャンルに胸を躍らせていたのだが、次の瞬間、衝撃的な場面に出会す。

 岸本恵の裸である。

 体のラインがはっきり出た薄着とか、胸の谷間がのぞいているとか、そんなレベルではなく、まごう事なき、何も纏っていない裸体だった。上も下も身に付けておらず、修正線なども引かれていない。

 当時の僕は女性の体を全くもって知らなかったわけではなかったし、『らんま1/2』もすでに読んでいたわけだから、胸の描写も読んでいた。

 だが、岸本恵の裸はギャグっぽい感じでも、健康的な肉体でもなく、ひたすらにいやらしく描かれているように感じた。

 全く知らない世界がそこに広がっているとき、僕は興奮ではなく、恐怖を覚えた。

 見てはいけないものを見てしまった。

 昔話によくある「見るなの禁」を破ってしまったような不安が押し寄せた。

 そこまで恐ろしいのであれば、さっさと漫画を閉じて、元の場所に戻せば良い。

 誰も見てはいないのだから。

 しかし、僕はページをめくる手を止めず、読み続けた。

 理由は単純。

 禁を破る快感を覚えてしまったのだ。

 もしも、簡単に手に取れる場所に『GANTZ』があったのなら、そこまでの高揚はなかったと思う。

 両親が出かけていて家に1人でいる。

 手の届かない場所に本がある。

 読むためには脚立を持ってこなくてはならない。

 その本には小学生には過激なエロとグロの2つの要素ある。

 これらの条件が一致したことで、僕は女性の体に興奮することを覚えた。

 その後も、1人になる時を見計らっては、こっそりと手に取って読むようになった。

 僕の性の目覚めはこんな風な、ちょっとした困難によるスリルと、未知世界への好奇心によって開かれたのだった。

 


 ちなみにギョーンギョーンと言いながら校庭を走り回ることになるのは中学生になってからだった。

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