2. 藤山たかしという男。その訳。
魔都東京。その中で最も未開の地が多いとされるのはここ、大自然、新宿であるだろう。
コンクリートジャングルは人間の全てをさらけ出す。
欲望、虚栄、そして恐れ。
それら全ての虚飾を捨て去ってのち、ジャングルはようやく人を受け入れるのだ。
僅かな手がかりを元に、大量殺人生物『モンベチェ』を捜索する藤山たかし探検隊。
そこに次々と襲いかかる自然の洗礼。
それらをなんとかかいくぐり、満身創痍でたどり着いたその場所で、藤山探検隊メンバー達は、目を疑う光景に出会うのだった――!!
「ツキマシタ。ココデス」
現地ガイドのチィーラポンが、遂に『モンベチェ』が生息するという巣穴に導いた。
これまでの苦労が、隊員全員の脳裏に浮かんでは消え、自然と場に笑顔が溢れた。
みな安堵したように、その場に座り込み、あるものは担いでいた重たい装備を降ろして一息をつく。
「ふううう」
「疲れたぁ」
「……」
だが隊長の藤山だけが、一切の油断なく周囲を警戒し、左右を見渡していた。
そして何かを見つけたのだった。
「な、なんだこれは……?」
そこに広がっていたのはあまりに奇妙な光景であった。
大自然のコンクリートジャングルに、あまりにも似つかわしくない、真っ白で巨大な長方形の岩。それはまるでコンクリートの様に滑らかで、採光のためとも考えられる窓のようなくり抜きさえあったのだ!
「これは超古代文明の遺構なのか? 見ろ、天空へとそびえ立つこの壁を! 人類の英知をはるかに超える建築だ! まさかこんなものをモンベチェが作ったとでもいうのか?」
現地ガイドのチィーラポンは神妙な口調で説明した。
「メーオーカーフェー デス」
「……? やはりここが巣穴ということだ、な」
藤山はゆっくりとうなずき、隊を振り返って指示を出した。
「よし、内部に潜入する前に、ここにベースキャンプを設置する。みんな疲れてると思うが協力して仕上げるぞ」
「はい」
藤山の指示のもと、瞬く間に組みあがっていくテント。
早くしないと夕刻が迫っている。
ジャングルの闇は深い。このままでは他の凶悪な生物の危機まで引き寄せてしまうということを、藤山は知り抜いていた。故に、ここから先は時間との戦いであったのだ。
「おい! 和田! もっと引っ張ってくれ!」
隊長の汗がその額で輝く。
「もう少し! あと三インチ半引っ張るんだ!」
その顔はまるで、黒光りする雄牛のなめし革のようにテラテラと輝いていた。
「タイチョウ」
「どうした! 今が一番いい所なんだ! もう少し待てないのか?」
「ヨンデマス。ナカデ」
「は?」
なんとも奇妙な展開であった。何者かが呼んでいる。それも『ナカデ』。一体何が起きているというのだろうか? 藤山は導かれるままに、ガイドのチィーラポンの後を追うのだった。
「ニュウジョウスル 1500エンイリマス」
「ふむ古代遺跡の通行証……か? いいだろう。我々はこの聖域に進むんだ。その儀式であるならばなんだってかまいやしない」
促されるままに尻のポケットから財布を取り出した隊長の藤山。その光景を隊員達はかたずを飲んで見守るのであった。
そして――!
「オマチシテマシター」
突然我々の前に現れたのは、正体不明の人間であったのだ――!!!
◇◇
まさかモンベチェの巣穴内部から人間が現れるとは!!
それも現れたのは若い女性であった。
白っぽい民族服に身を包み、前掛けのようなゆったりした布を羽織っている。
そして内部に誘うような
それは全く事前情報に無かった、まさに幻想のような光景であった。
「……」
十中八九罠である。隊長の藤山にはその確信があったが、虎穴に入らずんばモンベチェを得ず。
勇気を示す時が来たのだ!
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
この時の感情を、藤山は探検手記にこう記している。
――私は正直に言って、このジャングルという地をなめていていた。
まったく常識が通用しないという、単純な事実さえ忘れていたのだ。
モンベチェと過ごすという民族。それも女だ。正体不明の言語を操る美しい女だった。
彼女は私の深い所をビクンビクンと刺激した。
これが緊張であるのか、恐怖であるのかが私自身分からず、百戦錬磨と言われてきたこの藤山たかしをして、心胆寒からしめる笑顔であったのだ――。
◇◇
「イラッシャイマセー」
何らかの意味を持つその言葉を受けて、隊長藤山はついに大きな声を上げた。
「見たか!? これが彼らの合言葉だ! 外部の者を迎え入れるとき部族特有の帰還の呪文を唱えているんだ!」
そしてその声は間違いなくモンベチェにも届いている!
「やはり共生関係にあるのか?」
興味深い出来事の連続。我々探検隊は、遂にその内部へと潜入する――!
「いくぞ」
「はい」
隊長の背中を追って、ぞろぞろと巣穴に入っていく我ら探検隊。
その内部は薄暗いながらも、どこか洗練された雰囲気であった。
間接照明が焚かれ、どこからか怪しげな音楽のような響きさえ聞こえてくる。これはたまたまの風の音なのか? まったく分からずただただ困惑する探検隊。
「よし。どうやらここはまだ安全のようだ」
隊長の野生の勘を信じ抜いた隊員たちは、その場に腰を落ち着けた。
「ふー、なんかいい所ですねー」
地面にはカーペットのように柔らかな敷物が敷いてあり、自然とジャングルブーツを脱ぎ、束の間くつろぐ隊員達。
「隊長これ座れますよ」
「なんだこれは! 柔らかいじゃないか」
風雨で木が削られ、途方もない時間をかけてゆっくりと形成したであろうその物体は、どこか座椅子を思わせる形状であった。
――と、隊員の一人が突然何かの違和感に気づき声を挙げた!
「うわぁ」
「どうした!? 何が起きた!?」
「隊長!! これを見てください!!」
「……なにぃ?」
見るとそこにはグラスのような半透明の物体に、何かの液体がたまっていた。
あまりに先進的な器の形状。
そして不気味なほどに美しいオレンジ色の液体。花の蜜や、何かの果物を絞った飲み物なのだろうか?
ジャングルの中でこんなものを作り出すとは、かなりの文化水準であると言えた。
まさにオーパーツ。今我々探検隊は、新たな人類文化との邂逅を果たしているのであった!
「気をつけろ!! 油断するんじゃないぞ!!」
藤山は眼光鋭く辺りを見回すと、意を決したように体の前で十字を切った。
そして、その容器に人差し指をつっこみ、その液体を口に含んだのだ!
「……なんだこれは?」
恐怖に肩を寄せ合う隊員たちが、隊長に尋ねた。
「毒、ですか?」
隊長はたっぷりと考えてから答えた。
「いや……、甘い。どうやらよく冷えたオレンジジュースのようだ。……だが何だってこんな所にオレンジジュースなんて物があるんだ……?」
自然にその場に発生したとは到底考えられない。
あるいは神への捧げものなのだろうか……。
困惑する藤山は、頬杖をつきながら、刺さっていたストローのような棒を使ってその液体を吸い上げたのだった。
ちうー
そこへ突然、先ほど見かけた現地部族女性が、何かを持って現れた。
「オマタセシマシター」
「なんだ!? 今の声は何と言ったんだ!?」
「隊長!! これを!!」
女性が現れ、また一瞬で去っていく。
そしてそこに残されていたのは磨かれた真っ白な石だった。
平らで、皿のよう形状をした物体。その上には、美しく光る黄色い小山が乗っていた。
一体これは何だ?
それは湯気を立てていて、まるで我ら探検隊を誘うかのように輝いていたのだ。
「な、なんだこれはッ!!?」
これはなんだ? という問いに、ガイドのチィーラポンが答えた。
「カイヤッサイ デス」
「……?」
チィーラポンはそれだけ言うと、口に運ぶようなしぐさを示した。
これはまさか、食べ物なのか?
「何かに似ていますね」
一人の隊員のつぶやきに、藤山隊長はうなずき返す。
たしかに何かに似ている。だが、それが思い出せずにいた。
「よし。私が確かめてみよう」
その物体の隣に落ちていた、銀色のスプーンのような形状の物体を拾い上げ、藤山はそれをスプーンとして利用することにした。
そして、スプーンの様なものの先で、黄色い小山を崩すと、中から現れたのは――!!
桜色に炒められた米のような粒。輪切りにされた茶色い物体は、刻んだソーセージによく似ていた。刻んだ玉ねぎのような半透明の物体と絡まり合い、それら全てが混然一体となって、輝いている。
そして藤山は、鼻を近づけ匂いを確かめた。
「おおおお」
食欲を掻き立てる素晴らしい香り。
「なっ、これは、コメのような穀物と何かの卵を融合させた神聖な供物か!? 彼らは大地の恵みと生命の象徴である卵を、一つの器に込めている」
そして何より目を引く、黄色い小山の上の赤い印。
「ん? このドロッとしたソースのようなものは一体なんだ?」
それはまるでトマトケチャップのようにテラテラと赤く光っていたのだった。
「隊長、これは血の契約のようなものなのでしょうか……?」
だが藤山の目には、その形がまるでハート模様に見えたのだった。
「これオムライ――」
何かを言いかけた和田隊員を押しのけて、藤山隊長が絶叫した!
「愛!? そうか愛だ! 愛こそが彼らの祈りの中心なのだ」
「え?」
「来たぞこれこそが決定的な儀式の証拠だ! 彼女たちはモンベチェ召喚のための供物としてこの食物を生産し、それを私が食べる事でコミュニケーションは完成をみるのだ!」
そしてがっつく藤山隊長。
「あぁ、たまらん。神聖な義務とは言えこれは、はふっ、なんとも!」
みるみる減っていく黄色い小山。
見つめる隊員達から不満の声が上がった。
「ずるい」「分けてくださいよ」
「ならん! 私以外がこれを食すことは断じて禁ずる。お前たちでは危険だ! 取り込まれるぞ!」
けちだ。隊長だけいい思いをしている。隊員それぞれが不満を漏らし、すきっ腹を抱えて振り返ると、人数分の黄色い小山が準備されていることに気づいた。
そして、隊長の許可も待たずにそれぞれガツガツ食べだすと、アッという間に全てを平らげたのだった。
◇◇
腹も膨れ、必然の小休止。まったりとした時間があたりに漂っていた、がっ――!
「うわぁ」
静寂を切り裂く隊員の悲鳴。一体なにがおこったのか?
「どうしたッ!!? ――うッッ!!」
なんとまたしても最年少の和田隊員が、今度は巨大な生物に襲われていたのだった!
「モンベチェだ!!」
モンベチェが現れたのだ!!
ついに姿を現した怪物。
頭から伸びた二本の三角の突起。見るものを震え上がらせるほどに、鋭利に尖った牙。黄金色の体毛と、殺人爪。
あの書物に描かれていた生き物そのものだった!!
間違いない! コイツがモンベチェだ!!
「いてて」
「和田ッ!! 今助けるぞ!!!」
何か猫状の物体に足元を絡めとられた和田隊員を、必死のチームワークで救出に向かう探検隊メンバー!
これぞまさに日本男児! 命も惜しまぬ献身に、さしものモンベチェもひるんだようだ。
「それぇ!!」
絞殺される寸前、全員がその生物を引きはがしにかかる。だが、ものすごい力で抵抗するモンベチェ!!
強力な爪と牙が和田隊員の足にがっちりと食い込んでいる。
激痛のあまり和田隊員が悲痛な叫び声をあげた!
「ちょっと~。痛いよぉ」
なんたるおぞましい光景! モンベチェの恐怖をまざまざと見せつけられ血の気が引いた!!
我々は驚愕しながらも隊員を救おうと必死でモンベチェの口をこじ開けた。
「しっかりしろッ!!」
「え? え?」
錯乱し、自身に何が起きているのかさえ把握できていない和田隊員。
「おいッ!! 今すぐ血清を持って来てくれ!!」
「いや、平気です」
「どこだ!? どこを嚙まれたんだ!?」
「あの、今のねk――」
「担架はまだかッッ!!? 一刻を争う事態だぞッッ!!!!!!」
余りに対応の遅い隊員たちにしびれを切らした藤山が、遂に大声を上げたのだった。
「……」
「ダメです! 携帯の電池がありません!」
「何ぃッ!! よし! それなら人工呼吸だ!」
藤山は、死の淵で動転する和田隊員を抱きしめ、
「しっかりしろ和田。必ず俺が助けてやるからなッ!」
「すいません。あの大丈夫だと」
「いいか? 今は人工呼吸を受けるんだ。それからのことは、それから考えるんだ!!」
「え? え?」
「よし!!」
藤山は必死だった。自分が指揮する隊で起きた悲惨な事故。
同じ釜の飯を食べた隊員が、今まさに命を落としかねない危険な領域にいる。
その事だけが、藤山の思考を加速させる。
『ここで満を持して、和田』
和田に人工呼吸。
「んまっ。んまっ。んまっ。リップよし!」
『リップ充填よし』
「唇構え!」
すぅううう。
「人工呼吸! はじめっ!」
いざ! 救わん!
やっほおおおおおーーーー!
『やっほお』
隊長藤山は、あるいは山男の様に、和田の体にやっほおを充填する。今、この時。
その刹那の時が、永遠に引き延ばされる――。
藤山は初めて「やっほお」と叫んだあの日に戻っていた。
なぜ人は、頂上に登ると「やっほお」と言うのか。
それは達成感。征服したという天上の達成感から降りてくる言葉。
――ゆっくりと近づいて来る和田の唇。
藤山の常人離れした感覚の中で、ぴったりと合わさった唇は、エーゲ海の二枚貝のように、その中で生命の音を反響させるだろう事を、キスする前から確信していた。
――もう唇はすぐそこ。
生と死。渾然一体となった
『帰ってこい和田!』
必死の祈りだ!
躍動するワンスアゲイン。おそらく私は二度唇を合わせるのだろう……。
お返しに逆に吸い込んで見たりして。そんな展開もあるかもしれない……。
濃厚な時間がバターのように、芳醇な空間が熟成ワインのように感じられた。
ああ和田よ! どうしてお前は和田なの?
『たっぷり』
それはたっぷり以外に言葉の無い光景であった――。
「和田ぁああ!!」「頑張れ!!」
隊員全員が一丸となって和田を応援する。
「みんな!もっと応援してくれ!!」
そして重なる寸前――!!!
下から伸びた二本の腕が、藤山隊長の顔を弾き飛ばしたのだった!
「――あの! どうなったら僕はいいんですか?」
「え?」
隊員たちの間に、そういえば何で人工呼吸が必要なんだっけ? という原初の疑問が浮かんだ。
「僕もう死にますけど……。死因はもちろん
「「「え?」」」
「そうか……。無事ならまぁ良かったよぉ」
藤山の心にぽっかり空いた穴。そこから、先ほどまでの勝負の熱が逃げていく。
隊長は唇をぬぐうと、荷物を点検する作業に戻ったのだった。
ちなみにモンベチェは、現れた時と同様に音もなく消えていた――。
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