神さまたちの華麗なる誤算。~破滅エンドで逆行をくり返していた令嬢、やっと自分ルートに突入します~

星豆さとる

1.見飽きた婚約破棄


「公爵令嬢ルクレツィア・ド・ヴァルセリオン! 本日をもって君との婚約を解消する!」


 ――はぁ……。

 私は思わずため息が漏れた。

 このセリフを聞くのはもう飽きてしまった。もう何度目だろう? 10回くらいは憶えてたけど、それ以降は数えてはいない。

 この世界の女神様の定めたルールとやらに、私はどうやら嵌めこまれてしまったらしい。

 私という存在――公爵令嬢ルクレツィア――が、神の決めたレールの上をきちんと走らないと世界は動かないらしい。これは一度目に会ったっきりの女神様に告げられたことだけど、どういう仕組みであるのかはわからない。

 王太子との結婚をもって安泰が約束されると言われて逆行をしたけど、結局私はそれを修正することが出来なかった。

 この後は謂れのない罪を着せられ、公開処刑される。何度も繰り返し首を跳ねられてきたのだから、嫌というほどその感触は憶えてしまっている。

 また数日後に私は強制的に逆行させられる。

 何度も何度もこの茶番を覆せと言われて、無意味なことを繰り返させられてきた。


(あぁ……いい加減疲れてしまったわね。……ギロチンを見るのも嫌になってきたわ)


 心でそんなことを呟いていると、私は急に閃いてしまった。

 ――死ななければいいのでは?

 そうだわ、断罪を覆せないのなら、先手を打てばいいのだわ。


「――ルクレツィア、聞いているのか!?」

「聞こえております、王太子殿下。婚約は破棄で構いません。――ですが、そちらのご令嬢に対する罪に関しては、犯した覚えは一切ございませんので認めることは出来かねます」

「……っ、レツィア、君は……!」

「殿下、どうしてもわたくしを裁きたいと仰るなら、これで我慢してくださいませ」


 私はそう言って、懐に隠し持っていたナイフを取り出した。そして私たちを取り囲む他の貴族たちにそれを見せつけてから、自分の自慢であった金の髪を首元あたりからザクリと切り落として見せた。


「まぁ、ルクレツィア嬢……なんて悍ましいことを!」

「か、髪を自らお切りになるなんて……女の宝の象徴が……!!」


 周りの貴族たちが驚きの声を上げている。

 この国では女性の金の髪は女神の賜物であると言われてるから、当然として誰もが驚愕しているのだろう。

 ――あぁ、なんだかサッパリしてしまったわ。

 大事な髪だったけれど、伸ばせばいいだけですものね。


「王太子殿下、これからはミリヤ様と末永くお幸せに。この国の益々の繁栄を祈っておりますわ」

「……っ、なんで、こうなるの……っ」

「レツィア、待つんだ……!」


 殿下と隣に立つ『ミリヤ様』がそれぞれの言葉を上げている。ミリヤ様とは、私から殿下を奪い寝取り将来の王妃の座をなんとしても欲した、胸だけがご立派な子爵令嬢のことだ。

 まともに教養も受けていない彼女が、この先の国を背負えるかどうかなんて……私にはどうでもいいこと。

 慌てふためく彼らを置いて、私は踵を返して一室を出た。


「……はぁ、なんだか何もかもがどうでもよくなってしまったわね。さっさとお屋敷に帰って荷物をまとめましょう」


 公爵家の馬車が丁度いい具合に呼びやすい場に待機していた。片手を上げて御者に合図を送ると、彼はすんなりと馬車を動かしてくれた。

 出来過ぎではないかしら? と思いつつも扉が開かれたその場所に乗り込めば、先に座っていたのはお父様だ。


「あら、お父様。お姿が見えないと思ったら……」

「いいから早く入りなさい」


 そう言われて、私は馬車の中に乗り込む。お父様とは向かい側の椅子に座ると、馬車は一刻も早くここを離れるべきと言わんばかりに駆け出した。

 大通りをあえて避け、見知らぬ道を駆け抜けていく。


「どこに向かっているのです?」

「……北の別荘地だ」

「あら、お母様のご実家のほうですわね?」

「あれももう、あちらに移動済みだ」

「まぁ……」


 お父様の言葉から察するに、お母様もすでに王都にはいらっしゃらない。今夜のパーティーへの参加もかなり早い段階でお断りの返事をしていた。

 ――となれば、両親は私のこの選択を予期していたという事にもなる。


「やれやれ、あの腰抜け馬鹿王子は追っても来ない……か」

「お父様ったら」

「まぁ、ある程度はこうなるだろうと思っていたがな。私も晴れてただの辺境伯に戻れるというものだ」

「えっ」


 我が家は少々変わった家柄である。

 お父様は王国きっての剣聖という称号持ちだが、私が14歳になるまではそれを隠していた。そのうえお母様も女性のみで編成された騎士団の団長という立場にありつつ、いつの間にかその座を退いていた。

 私が王太子の婚約者であるという理由だけで、二人はその任を背負っていただけのようであった。


「……爵位をお返しになるの?」

「私が公爵を名乗っていたのは限定的な話だ。……それに、とうの昔に退いたはずだったしな」

「はぁ……」


 この辺の事情については、敢えてお伺いしないようにする。

 それよりも今は、自分がこれからどうなってしまうのかのほうが大事なのだから。


(……とりあえず、今のところは逆行の兆候はなさそうね)


 私は自分の胸に手を当てた。

 レールなるものに乗れず、失敗をした後は必ず言葉には表しがたい浮遊感があった。それには抗えず、あっという間に私の意識は過去へと戻されてしまう。時間はバラバラで、一年前だったり五年前だったりと、毎回違うから厄介でもあった。

 どうせなら記憶もリセットしてくれたら……とは思うが、そこは失敗の記憶が無ければお話にはならないということらしく、私はそのたびに失敗の記憶ばかりが繰り返されてきた。


「……ところで」

「はい?」

「お前は王太子殿下には、思い残す部分は無いのだな?」

「……そうですね。最初こそは……こほん、出会った頃は純粋にお慕いもしておりましたけど、あのまま結婚していたとしても愛妾が増える一方であったと思いますし……」

「ふむ、あれの良いところは顔だけだからな」

 

 お父様はいつになく辛口だった。

 そういえば最初から、この婚約には乗り気ではなかった気がするわね。一番最初の婚約破棄の場面では、私よりもお父様が先にお怒りになって、殿下に向かって剣を抜いてしまうと言うところで――私は逆行されたのだったわ。何度か繰り返すことでこうした細かな現状はこそには変化は生じたけれど、殿下とミリヤ様の浮気行動だけはどうしても変えることが出来なかった。


(あら……これではお父様までもが私の逆行を把握されているかのような展開ね。実際はそんなことは無いのでしょうけど……)


 それにしても、お父様とお話したおかげで、私の気持ちもスッキリしたように思えるわ。

 どうして最初の頃は、あんなに純粋でいられたのかしら。お父様が仰るように、顔だけの王子様に憧れて期待して……私も、恋する乙女だったのでしょうね。だけどもう、そんな感情すら起こらない。誰かを好きになることでこんなに苦労するなら、一人でいたほうが幸せなのかもしれないわ。


「北の別荘地まではまだ時間がかかる。目を閉じて休んでいなさい」

「はい……そうします」


 お父様のそんな言葉が合図になったかのように、私は揺れる馬車の中でゆっくりと眠りについた。

 なんだか憑き物が落ちたかのような感覚になり、私は心安らかにぐっすりと眠ってしまった。

 あの国はどうなってしまうのだろう。ミリヤ様と王太子殿下はあのままご結婚されるのかしら。だとすれば子爵閣下はさぞかし優越なご気分になっているのでしょうね。

 とにかく、私は何もかもを投げ出し、ようやくの解放を迎えたような気がした。


「……はぁ、まったく。ようやくか……」


 遠くにお父様の声が聞こえたように思えたけれど、睡魔に打ち勝つことが出来なかった私は、瞼を開けることすら出来ずに意識を手放した。

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