第6話 武蔵野八幡宮

 玄関から外へ出ると、真之介と縁側から回ってきた双子が待っていた。

「すみません、お待たせしてしまって」

「いや、気にするな。行くぞ」

「はい」

 真之介が先に立って歩き出し、小夜は後をついていく。すぐに双子が左右を囲んできた。

「小夜姉、こっちの人みたいだな」

 と、朝彦が言い、小夜は首をかしげた。

「え、そう?」

「だってあの変な服より、袴の方が似合ってる」

 すると左から夕彦が言う。

「同じ日本人なんだから、似合うのは当然だよ」

「でも未来人だぜ?」

「未来でも一緒だよ。和服は日本の民族衣装だもん」

 朝彦は納得のいかない顔をしているが、夕彦はかまわずに小夜へ言った。

「しかも、小夜姉は日本的な美人だし」

 思わぬ不意打ちに、小夜の頬が熱くなる。

 日本的な、というと二〇二五年ではあまり嬉しくない言葉だが、一九二五年では普通に褒め言葉として聞こえる。

「あ、ありがとう……」

 ドキドキして落ち着かなくなる小夜だったが、ふいに真之介が振り向いて言った。

「あまりしゃべるな。小夜、こっち来い」

「えっ? あ、はいっ」

 足早に真之介の隣へ並ぶと、彼が小声でぼそりとつぶやいた。

「シャンなんだから気をつけろ。暴漢ぼうかんにでも襲われたらどうする」

 シャンがどういう意味なのか分からなかったが、真之介が小夜を守るようにそっと肩へ腕を回してきた。その手が震えていることに気づき、小夜は鼓動を高鳴らせてしまう。

「ありがとうございます、真之介さん」

 小夜が緊張しながら返すと、真之介は表情を隠すように学生帽を目深まぶかにかぶった。頬が赤らんでいるのが見え、小夜は何も言わずに口を閉ざした。


 外は春らしい陽光がやわらかく降り注いでいた。

 通りには意外にも電柱が並び、二〇二五年の原型のようなものを感じて、小夜は驚く。

 家々の軒先では薄桃色の桜のつぼみがほころびはじめており、いつの時代も花は変わらないのだなと思う。

 視線を下へ向ければ、道端みちばたにも小さな草花が芽吹き始めていた。

 川辺を通りがかると、急に小夜の胸がざわついた。

「あれ……?」

 小さく首をかしげた小夜を見て、真之介が聞く。

「どうかしたか?」

「あ、いえ……なんていうか、デジャヴを感じて」

 真之介がまゆを寄せ、小夜は言い換える。

「えぇと、既視感きしかんです」

 それでも伝わらなかったと見て、小夜は景色へ視線をやった。若い緑をまとった柳が、春風にゆれていた。

「なんとなく、この辺りの景色を見たことがあるような気がしたんです。もちろん、気のせいなんですけど」

 真之介は「ああ」と、うなずいた。

「きみのいた場所には似た景色があるのか」

「……ええ、まあ、そんなところです」

 細かく言うとそうではなかったが、小夜はそれ以上説明する言葉を持たなかった。少しもやもやしながらも口を閉じる。

 すると、気まずい空気を真之介も感じたらしく、話題を変えた。

「この先へ行くと、井の頭恩賜おんし公園がある」

 小夜は彼と同じ方向を見た。木々の密集しているのが見え、小夜の記憶にある光景が容易よういに浮かぶ。悠々と水をたたえた広い池のある景色だ。

 ベンチがいくつも設置されているため、小夜は昨日の昼、コンビニで買ったおにぎりをそこで食べた。

「昨日、行きましたよ」

 と、小夜が言うと、真之介は目を丸くしながらもそっけなく返した。

「そうか」

 周囲に人気があるためだろう。未来という単語を口に出せず、やりとりがぎこちなくなってしまった。

 小夜は会話を続けるための言葉を探すが、ふと気づいてしまった。

「あれ? ここってもしかして、吉祥寺きちじょうじですか?」

「ああ、そうだが」

「わたしがいたのも吉祥寺です」

 小夜がじっと真之介を見つめると、彼は察してくれた。

「すまん、説明してなかったな。場所はそのままなんだ」

 と、真之介。

「あっちとこっちで、同じ場所に門が現れる」

「そうだったんですね」

 ということは、ここは小夜が昨日訪れた吉祥寺であり、時間をさかのぼっているだけなのだった。


 電車だろうか、遠くからかすかにガタゴトという音が聞こえてくる。

 やがて商家の格子戸こうしどや看板が整然と並ぶ通りへ入った。子どもたちが駄菓子屋だがしやの前で遊んでおり、朝彦と夕彦の姿を見つけて声をかけてきた。

「どこに行くの?」

「八幡さま。厄除けしに行ってくるんだ」

 と、朝彦が返し、すかさず真之介がその頭を軽くこづいた。

「よけいなこと言うな」

「ごめんなさい……」

 素直に謝る朝彦の隣で、夕彦がくすくすと笑う。見た目はそっくりな双子だが、朝彦の方がやんちゃらしい。

 真之介の兄としての姿も微笑ましく映り、小夜も思わず笑みをこぼした。


 武蔵野八幡宮へ着き、石造りの鳥居をくぐった。

 境内けいだいは静けさに満ちており、どことなくおごそかな雰囲気だ。

「あんまり、変わってないんですね」

 と、小夜が景色を見ながら言うと、真之介がたずねた。

「ここも昨日、来たのか?」

「はい。探しものが見つかるようにって、お願いをしたんです」

 真之介が立ち止まり、小夜も足を止めたところで、後ろから朝彦が口を挟んだ。

「それだよ、それ! きっとそれで、変なもの連れてきちゃったんぢゃない?」

「ここでついちゃったのなら、ここに置いてくのがいいね」

 と、夕彦まで言う。

 小夜は何も返せずに真之介を見た。

 彼は困った顔をして考えていたが、やがて息をついた。

「ひとまずお参りするか。ここまで来ておいて、何もしないってのはないもんな」

 再び参道を歩き始めたところで、小夜は聞いてみる。

「ちょっと聞きたいんですけど、真之介さんたちにもそういう、妖怪みたいなものは見えないんですか?」

「当たり前だろう。おれたちはあくまでも、時の違えを直すのが仕事だ。妖怪とは何の関係もない」

「そうなんですか」

 小夜にももちろん見えないが、真之介たちにも見えないのは少々意外だった。特殊な家業を継いでいると言っても、門は妖怪とは別のものらしい。

 いくらか進むと、昨日見たのと同じ狛犬こまいぬが脇に並んでいた。風雨による汚れが多少マシに見えるものの、あまり変わっていない。

 そもそも武蔵野八幡宮そのものが、百年という歳月を感じさせないほど、変わることなくあり続けているようだ。

 拝殿はいでんへ近づくと、小夜は胸に感じるものがあった。目に見えない何かが「どうだい?」と、投げかけてくるような気がした。

 何がどうなのか、ちっとも分からない。

 小夜は内心で首をひねりながら、気のせいだと思うことにした。

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