020 窓の外の灯りは、ロマンティックに薬指で輝く




 水族館をゆっくり回って、公園を散歩して――光一とのデートは穏やかに終わりを迎えた。

 まぁ、今さら私たちが一緒に出かけても、なんてことはない。


 でも、だからこそ、光一は素直な気持ちを話してくれたのだと思う。


 指定された少しお高いシティホテルの前に立つ頃には、すっかりと夕方になっていた。


 本当に直樹さんは、何を考えているんだろう。

 まさか、本気で二人で「泊まれ」と言っているのだろうか。


「咲子、直樹さんからスマホにメッセージが来た。三十二階のクラブラウンジへ行ってくれってさ。春菜も待ってる」


「……そっか、ホッとした」


「俺は最初から心配していなかったけどな」


 ラウンジは、大人のための空間という雰囲気だった。

 ガラス越しの夕暮れの前で、春ちゃんが手を振っている。


「おまたせ。水族館、おもしろかったよ」


「光ちゃん、ちゃんと相手できた? 気が利かないから心配」


「うん、大丈夫だったよ」


 後から光一も遅れて席にやってくる。


「春菜。俺がプレゼントした服、着てくれた?」


「うん。でも少し、体のラインが見えすぎじゃない?」


「いや。……似合うな」


 今日の春ちゃんは、黒のオープンショルダーのニットワンピースを着ている。マーメイドラインのロング丈が、彼女の背の高さとよく合っていた。


 光一は春ちゃんに結構頻繁に服をプレゼントする。

 意外と堅実な光一の、唯一の趣味とも言える行為だった。

 二人の微笑ましい姿を眺めていると、そっと直樹さんに腕を引かれた。ようやく着いたらしい。


「直樹さん?」


「親密そうにデートしていたので、少々肝が冷えました」


「どこかで見てたの?」


「もちろん。あなた方がホテルに入るまで警護していました。仕事です。春菜君にも確認してほしいことがありましたからね」


「全然わからなかった……」


「これでもプロですから」


 光一と春ちゃんはラウンジの席で、嬉しそうに話し込んでいる。


「くれぐれもホテルのロビーには出ないように。光一君たちの部屋は二十九階、僕たちは二十八階です。お互い干渉なしで」


「ああ、わかっているよ」


 そのあと、直樹さんに連れられて夜景の見えるレストランで食事をした。

 食後、彼は小さな箱をそっとテーブルに置いた。


「咲子さんのために準備しました」


 箱を開けると、ダイヤの指輪が煌めいていた。

 直樹さんが私の手を取り、薬指にすべらせる。


「結婚相手は、僕でいいですか?」


 その声が少し震えていた。

 今日の光一とのデートを警護しながら見守り、直樹さんも平気ではなかったと知ることができて、少しだけ嬉しかった。


 もう、私の気持ちに迷いはない。

 光一との間にあった、些細な引っかかりさえも無くなっていた。


「できたら、今日、……直樹さんの奥さんにしてほしい……です」


「咲子さんが嫌でなければ、そのつもりです」


 私はその日、東京タワーが綺麗に見えるホテルの部屋で、直樹さんとお互いの気持ちを確かめ合った。

 彼は見かけによらない熱量で、私を愛してくれた。

 絡め合う指には約束の指輪が煌めく。夜景の灯りをひとつ、私のために用意してくれたようだった。


 明るい朝日の中、彼の腕の中で目を覚ます。

 昨日までとは違う、今日からの私たち。

 その証のように呼び名が変わっている。


さき、体はつらくない? 昨日、無理をさせたかもしれない」


「大丈夫だよ、直樹。……私、幸せ者だね」


「――さき⋯⋯」


 彼は羽毛のようにやわらかく名前を呼ぶと、ふわりと抱きしめ口づけを落とした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る