018 ロマンティックはとりあえず後回しにします。




 光一君と春菜君は、咲子さんをとても大切にしてくれている。

 友人として、これ以上ないほど信頼できる二人だ。

 だからこそ、彼らの生活に影を落とす存在を、僕は“教育的指導”という形で排除しようと決めた。


 そのためには、まず――誰にも邪魔をされないよう、咲子さんの夫になるのが先決だ。


 咲子さんが立ち上がった。春菜君と一緒にお茶の準備をしてくれるようだ。

 足元に小さな段差があるのを見て、僕は思わず立ち上がり、肩を支えた。


「咲子さん、段差が⋯⋯気を付けて」

「いくらなんでも、転ばないよ。直樹さん、心配しすぎ」

「すみません。つい……」


 柔らかく微笑んで、咲子さんはキッチンへ向かう。

 可憐だ。空腹にも似た気持ちで後ろ姿を見送る。


「咲子~、コーヒーと紅茶どっちがいいの?」

「うーん、アイスティー」

「もう寒いから温かいのにしなさい。冷やさないようにしないと。風邪をひいたら大変」

「大丈夫なのに~」

「心配だから。ね!」

「うん」


 二人のやり取りが穏やかで、まるで姉妹のようだった。

 咲子さんがふと立ち止まり、光一君を振り返る。


「ねぇ光一、直樹さんって誰かに似てると思ってたんだけど……はるちゃんに似てる!」


 光一君が固まる。

 僕の顔をまじまじと見つめ――ぶふっと吹き出した。


「ははっ、そうだな。似てるな。くくっ……咲子、でかした」


 春菜君がトレイにお茶を乗せ、キッチンから戻ってくると、にこやかに尋ねる。


「なに笑ってるの?」

「直樹さんが、はるちゃんに似てるって言ってたの!」

「なにそれ、どのあたり?」

「ふふふ、教えない~」

「もう!」


 春菜君は苦笑しながら、テーブルにカップを並べた。

 僕にはコーヒーをブラックで用意してくれた。咲子さんが好みをきちんと把握してくれている。

 春菜君は、動きに無駄がない。

 ――どこか、自分と似た合理性を感じた。


 三人の間に流れる空気は、家族よりも親密だ。

 飾らず、疑わず、ただ思いやりに満ちている。

 近頃では珍しい本当の絆。

 咲子さんの真っすぐな優しさは、きっとこの中で育まれたのだ。

 僕の直感は、やはり間違っていなかった。


「ねぇ、咲子さん」

「なに?」

「光一君にも春菜君にも会って、合格したようだから……僕と結婚してくれますか?」


「えっ……でも、私たち、会ってからそんなに経ってないでしょう?」


「時間は関係ないよ。光一君と春菜君がどれだけ長く付き合っても色あせないように、僕も君となら、これから先ずっと続くと確信してる」


 咲子さんは、しばらく考え込んで――おっとりと頷いた。


「うん。私も直樹さんと結婚したい」

「それじゃあ、保証人もいることだし、今日、結婚届を出しに行こう」

「今日なの?」

「そう、今日」

「結婚式とかは?」

「それはご両親に挨拶して結納をして、後でゆっくり準備しよう。順番が逆でも、戦略としては悪くない」

「どうしてそんなに急ぐの?」

「示談交渉前に、敵に手の内を見せられないからだよ」


 光一君が、ニヤリと笑った。


「めちゃくちゃだけど、最高だね。直樹さん」

「めちゃくちゃに関しては、光一君には言われたくないなぁ」

「はは、確かに」


「さぁ、反撃開始ですよ」


 咲子さんと外出すると、監視するよう尾行している女性がいる。あれが『高橋アイ』だろう。

 ご苦労なことだ。光一君のストーカーというよりは、むしろ、

 ならば―――。



「⋯⋯来週末、に派手にデートをしていただきます。その後二人で、⋯⋯ドーーーンと、女子が羨むような高級ホテルに宿泊です!」


「⋯⋯な、直樹さん?!(汗)」

「人妻咲子じゃん(笑)」

「さ、咲子? ⋯⋯この人、大丈夫?」






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