014 光一のロマンティックの代償はとても高い




 浅い眠りからふっと目を覚ますと、すぐ目の前に光ちゃんの瞳があった。

 最近は、あの切羽詰まったような鋭さが抜けて、やわらかな色をしている。その変化が、私には何より嬉しい。


 私はそっと彼の首に腕を回した。光ちゃんはやわらかく抱きしめてくれる。


「春菜。好きだ」

「え? 嘘、もう一回言って」

「嫌だ」

「もう!」

「春菜は俺のこと好き?」

「嫌い」

「ごめん。もう春菜以外見ないから許してください」

「嫌」

「これから一生、春菜の機嫌を取りながら尻に敷かれて生きる覚悟です。許して」

「しょうがないな。考えとくね」


 こんなふうに軽口を叩き合っていると、忘れそうになる。

 光ちゃんがいまも暴行事件の被害者であることを。そして咲子も、長年の脅迫について警察から事情を聴かれている最中だということを。


「そういえば、咲子に彼ができたみたいよ。今度は本気っぽい」

「そうか。あの咲子に彼氏か。半端な奴なら許可できないな」

「あのさ、いつも不思議なんだけど、光ちゃんは咲子が美人だって、わかってないの?」

「わかってる。どうしてこんなところにいるんだろうってくらい美人だ。だから心配なんだ」

「……どうして咲子じゃなくて、私なの?」


 腕を緩めて私の顔を見つめ、彼は真っ直ぐに答えた。


「どうしてって言われても。俺は春菜しか好きになったことないぞ」


 その言葉が嬉しい。

 でも同時に、ふとよぎる。光ちゃんがこれまで流してきた浮名の数々。

 直接目にしたことはないけれど、噂はいつも耳に入ってきた。

 街で偶然会った同級生や、家のレストランに来たお客さんから。

 あれは、どこまでが本当なのだろう。


「ねぇ、『高橋アイ』のこと、聞いてもいい?」


 光ちゃんは顔をしかめ、視線を逸らした。


「……その名前は聞きたくない。思い出したくもない。でも誓って言う、抱いてない」

「それって逆に失礼じゃ……?」

「だよな。俺もそう思う。でも脅されたって、無理なものは無理だ」

「じゃあ、数々の浮名は?」


 光ちゃんは気まずそうに瞳を動かす。

 そしてついに真相を語った。


「……俺も若かったから。ついムカついて、高橋兄の女と遊んだ」

「ちょっと、それって……高橋兄の彼女を寝取ったってこと?」

「黒歴史だ。思い出させないでくれ」


 どおりで、実態が見えないはずだ。中学生に彼女を寝取られたら隠す気持ちもわからなくもない。しかも、不良の顔役だものね。


「あきれた」


 光ちゃんもわかっているはずだ。見込みが甘かったことを。

 逮捕だけでは、解決しないかもしれない。


 いま高橋兄は逮捕され、弁護士を通じて示談交渉の最中だという。

 示談が成立しなくても、執行猶予付きの実刑判決になるだろうと弁護士は言っていた。


 そして何より、光ちゃんはわざと相手を挑発し、怒りの矛先を自分に向けさせていた。


 私への想いを貫いてくれたその姿勢は、とてもロマンティックだと思う。

 けれど、その代償はきっと、想像以上に重くて高い。


 穏やかな瞳で抱きしめてくれる彼の温もりを感じながら、私はそのことを胸の奥で黙って噛みしめていた。

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