003 セフレという名の好きな人。春菜の場合。




 今日は美里に呼び出されて、お気に入りのバー「月猫楼」に来た。

 中二階の奥まった席で美里が手を挙げている。共通の知人がバイトしているので、ここではいつも融通が利く。マスターも「来たね」と軽く笑った。


「どうしたの美里? 急に呼び出して」

「ふふーん。春菜がデートをドタキャンされたって光一から聞いたから」

「アイツ、自分がドタキャンしたくせに美里に尻拭いさせるとか……」

「すっごい心配しててさ。ほんと、不思議な関係よね。おたくら何?」


 ――光ちゃんとは、生まれた時から一緒だった。

 母親同士が孤児院育ちで、親友同士。だから私と光ちゃんも、兄妹みたいに育った。気づけばいつも隣に光ちゃんが居た。


 そんな私たちだったが、私が中学生になる少し前、光ちゃんは言った。

「春菜は俺のこと好き? だったら、してみたいことがあるんだ」


 軽い悪戯の延長みたいな気持ちで、私たちは体を重ねた。私は当然のように「いつか光ちゃんと結婚する」と信じていたので全く抵抗はなかった。


 けれど、ある日彼は言ったのだ。


「なぁ、俺さ、2年3組の高橋アイと付き合うことになった」


 耳を疑った。服を着ながら、彼は真剣な顔で続けた。


「このまま春菜と結婚するのって、親に決められたレールを歩いてるみたいで嫌なんだ」


 それでも彼は、一週間もせず私のところに戻ってきた。

「やっぱり、春菜とするのが一番気持ちいい」――行為のあとに真剣に考え込みながら言う。


 でも、高橋アイと別れたわけじゃなかった。

 私はそのとき気づいた。私たちは恋人じゃなくて、ただのセフレなんだ、と。


 黙り込んだ私に、マスターが気を利かせてオリジナルカクテルを置いた。

 美里にはライム色、私には紫がかった青。ひと口飲むと強いジンが喉を焼いた。


「……うん、セフレが一番ぴったりだと思う」

「セフレにしては心配しすぎだね」

「そうかな。じゃ、ソウルメイト」


 アルコールに体がじんわり熱くなり、光ちゃんの顔がよみがえる。切っても切れない時間の長さが胸に迫る。無条件に許せるような気がしてしまう。


そんな私に美里は微笑む。


「またまた、ロマンティックな事を。それじゃ、ロマンティック繋がりで、理香と咲子も呼ぶか」


 スマホを開いて文字を打ち始めた。


 セフレという名の好きな人。セフレという名のソウルメイト。今頃彼は他の女と何をしているのか。


 考えても仕方がない。

 もうすぐいつものメンバーが揃う。


 きっと今夜も、――ロマンティック同好会が始まる。


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