第22話 瀕死の陽太

 はるかが気づいた時、彼女に抱きしめられた陽太は「はるか、よかった...」という言葉を残して、ぐったりと倒れ込んだ。


「陽太くん!陽太くん!」


 はるかが必死に呼びかける。頬を叩き、肩を揺する。しかし、陽太は全く反応を示さない。まるで人形のように、ぴくりとも動かない。


「どいて!」


 紗夜が駆け寄ってきて、陽太の胸に耳を当てる。


「息はしてる...脈も...でも、すごく弱い」


 紗夜の顔が青ざめる。


「とにかく、私の家に運びましょう」



 ***



 紗夜のアパート。


 陽太はベッドに寝かされていた。顔色は蒼白で、額には脂汗が浮かんでいる。時折苦しそうに呻くが、意識は戻らない。


 はるかは陽太の手を握りしめ、ずっと見守っていた。


「わいのせいじゃ...わいが暴走なんかしたっで...」


 涙が零れ落ちる。


「違うわ」


 紗夜が静かに言った。


「陽太くんが私と契約したのは...私が精気不足で暴走しかけたのを止めるため」


 紗夜は窓の外を見つめながら続ける。


「東京の魔力に当てられて、制御できなくなった私を...彼は命の危険を冒してまで助けてくれた。二重契約なんて、普通なら即死よ。それでも...」


 振り返った紗夜の目にも、涙が浮かんでいた。


「決して、恋愛感情じゃなかったはず...ただ、目の前で苦しんでる人を放っておけない、彼の優しさだったの」


 はるかの胸が締め付けられる。


 陽太の優しさ。それを自分は勘違いして、嫉妬して、暴走して——


「うわあああん!」


 はるかは泣き崩れた。陽太の手を握ったまま、声を上げて泣いた。


 その時——


「はっ...はっ...」


 陽太の呼吸が急に荒くなった。顔色がさらに悪くなり、唇が紫色に変色し始める。


「陽太くん!?」


「精気が...完全に枯渇してる」


 紗夜が陽太の額に手を当てる。


「このままじゃ...」


 はるかは必死に心の中に呼びかけた。


「ルカ!ルカ、出てきて!お願いじゃ!」


『...はるか』


 久しぶりに、ルカの声が響いた。


『ごめん...私のせいで、陽太をこんなに苦しめてしまった』


 意気消沈した声。いつもの自信に満ちた口調ではない。


「ルカ!」


 はるかは心の中で叫ぶ。


「あんたが出てきてくれて、本当に嬉しか!一緒に陽太くんば助けよう!」


 髪がワインレッドに変わり、瞳が赤く輝く。はるかの意識のままサキュバスモードへの変身が可能となった。


「精気ば...戻さんと!」


 はるかが陽太の唇に自分の唇を重ねる。精気を逆流させようと試みる。


 しかし——


「ダメじゃ...全然戻らん」


 何度キスをしても、陽太の状態は変わらない。むしろ、どんどん衰弱していく。


「紗夜先生、どうしたらよかと!?」


 サキュバスから戻ったはるかが紗夜を見る。


 紗夜は躊躇うような表情を見せた後、口を開いた。


「一つだけ...方法がある。でも、あなた...死ぬかもしれないわよ」


「え?」


「それでも、彼のために...命を、賭けられる?」


 はるかの脳裏に、陽太との思い出が蘇る。


 初めて東京を案内してくれた日。迷子になった自分を、優しく導いてくれた。


 暴力スカウトから身を挺して守ってくれたこと。


 そして、初めて契約のキスをした夜。月光の下で交わした、運命の口づけ。


「陽太くんばためなら!」


 はるかは迷いなく答えた。


「私の命なんか——」


「その方法は...」


 紗夜が説明しようとした瞬間——


 空間が歪んだ。


 気がつけば月が浮かぶ砂丘のような空間に移動させられていた。


 見渡す限りの白い砂。空には巨大な月が浮かび、その光が砂丘に不気味な影を作っている。


『その方法は、させるわけにはいかないなぁ』


 レンの声が、どこからともなく響いてきた。


 三人が見上げると、月を背にして、レンが宙に浮かんでいた。


 金色の瞳が、月光を反射して不気味に光っている。


【お礼】


 ここまでお読みくださった方、本当にありがとうございます。


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 これからも続けていけるよう、頑張っていきます。どうぞよろしくお願いします!

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