ゲートライザー 後編
「和!」
この世界に送り出した時よりも年齢を重ねた彼の見た目は20歳前半の青年の姿となっていた。
その左目にはどういう訳か漆黒の眼帯が装着されており、何か怪我をしたのかと心配になったが、今はこの地獄めいた世界で生き残ってくれていた事と再会できた事を唯々喜んだ。
「和さ――」
ディアンと同じく私も彼の名前を呼ぼうとする。体裁も何も考えずに喜びのまま馬鹿みたいな大きな声で私の推しの名前を叫びたい――そんな心境であった。
「ん?」
しかしその前に私の目は見つけてしまった。
「初めましてノルン様、ディアン様。お会いできて光栄ですわ」
彼の両の腕に大切そうに少女が抱えられている事を。
「……」
絶句。それしかなかった。
何か挨拶をされた気がしたが、どうでも良かった。
重要なのは少女が和さんに横抱き――俗に言うお姫様抱っこをされているという揺るぎない事実があるという事だけだ。
これだけで絶対に許さない案件なのに――少女は女神の私が思わず嫉妬する程に美しかった。
まだ幼さが残りながらも端正な顔立ちに、髪は白に近い金色――ホワイトブロンドの長髪。左目は髪で隠れているが、それが逆に右で輝く黄金の蛇のような縦長の瞳孔の目のミステリアスさを強めている。
どこを切り取っても目立つ要素しかない容姿だ。
(しかも何ですかその格好は!)
次に私が気になったのは少女が身につけるのは和さんの元いた世界ではゴシックパンクに分類されたであろう黒を基本色とした改造ドレスであった。
独特な衣装は随所にふりふりとした飾りスカート等が着けられており、作った者の衣装に対するこだわりを感じさせる。
(あざとすぎでしょう⁉ 中世ヨーロッパぐらいのこの世界のファンタジーな世界観を真っ向からぶっ壊してんじゃねえですよ!)
以前仕事着とジャージしか着る服がない事により、推しの前でジャージを着るしかなかったという苦い経験から衣装に対して多少の勉強をした私だから分かる。
その衣装は他ならない少女自身が自作したものであると。
どうすれば自らの魅力を際立たせられるか、それを計算した上で作成されている傑作であると。
(あり得んぐらいのクオリティの高さです!)
そしてその出来映えの良さに、少女の整った容姿と衣装の完璧すぎる調和に、私は同じ物作りを行う者として打ちのめされた。
(しかも! しかも!)
この時点で女神である私に2勝しているというのに、少女は恐るべきリーサルウエポンを隠し持っていた。
その武器は女性の胴体に標準装備されているものだ。だが他と違うのはその規模。そしてその破壊力であった。
「……下ろすぞアンリ」
「はい。ここまで抱えていただきありがとうございました主様」
その証拠に、和さんが少女を床に下ろした瞬間にたゆんと柔らかそうに揺れ、その凶悪なまでの存在感を示してみせた。
(デカ過ぎんだろ……!)
少女の
(慎重は多分160cmぐらい……それに対してあの胸の大きさは多分Fカップはある……)
幼い頃からディアンの胸の成長を悔しがりながら見守っていた私の目利きなので間違いない。
(つ……強すぎます。こいつ無敵ですか)
現在両手で抱くような形で黒い本を持っているのにも関わらず、その後ろにはたわわな果実が自らの存在をこれでもかと主張していやがるのだ。
「どうかされましたかノルン様?」
思わず瞬きもせずに少女を無言で凝視していた私に、和さんが怪訝そうな顔になった。
(駄目ですね。落ちつきなさい私)
いくら魅力的だしても、あの蛇目少女が和さんと特別親しい関係であると決めつけ、恋敵として見るのはいくらんなんでも早計だ。たとえ色恋沙汰に奥手な和さんが何の躊躇いもなくお姫様抱っこをしたとしてもだ。
ここはまだ穏便に事を進め、少しでも多くの情報を得るべき所だと自らに言い聞かせ、冷静さを取り戻す為にも大きく深呼吸をする。
「兄様、姉様。来てくれたんだ」
「ぶげほ! げほ! 姉様ぁ⁉」
嬉しそうに和さんと少女に駆け寄っていたキイラちゃんの何気ない言葉を聞き、うまく息を吐き出せず、私はむせ込んでしまった。
「まあ。大丈夫ですかノルン様」
自らの頬に手を当て、小首を傾げながらこちらを気遣ってくる少女に、私は髪を振り乱す勢いで大きく首を横に振った。
「大丈夫じゃありません! まさかあなたが、キイラちゃんの言っていた姉様なる者ですか⁉」
問いかけながら記憶の中からキイラちゃんが言っていた姉様なる者の特徴を掘り起こす。
『ちなみに姉様もいる。すっごく美人で天才で、兄様の事が大好き』
『ちなみに姉様はおっぱい大きい』
……見事なまでに全部該当している。
(間違いない。この少女が――こいつが姉様なる者――)
つまり私の恋の宿敵だ。
「はい。血の繋がりはありませんが、私とキイラは紛れもない姉妹……家族ですわ」
「うん!」
そしてキイラちゃんもまた深く頷き、肯定を示す。
「でもごめんなさい姉様。キイラ女神様達の護衛を上手く出来なかった」
「何を言いますか。むしろキイラはこれ以上ない程によくやってくれました……女神様達を見つけただけでなく、お二方を救おうと尽力したあなたは私と主様の自慢の妹です……主様もそう思われますよね?」
「ああ」
話を振られた和さんは迷いなく頷いた。
「キイラ。お前は俺達の誇りだ」
「……えへへ。兄様と姉様に褒められちゃった」
尻尾をこれ以上なくぶんぶん振りながら、キイラちゃんが和さんと姉様なる者に抱きつくとすりすりと頭をこすりつけ始める。
「こらキイラ。まだ作戦の最中です。甘えるのは後にしてくださいな」
「……少しぐらいは許してやっていいんじゃないか?」
「良くありません。戦闘中ですし、私はまだ女神様達にちゃんとした自己紹介すら出来ていないのですよ? 主様がそうやって甘やかすからキイラが何時まで経っても甘えん坊なのです」
「でも本当は甘えられて嬉しんだろう?」
「何か言いましたか? 脳筋主様?」
「いやすまん……だが俺に良い考えがあるぞ時間がないなら、アンリがキイラの事を甘やかしながら自己紹介すればいいんじゃないか?」
「流石兄様。姉様ほどじゃないけど天才」
「……冗談ではなく本気で言っているのが、実に天然なあなた達らしいですわね」
しかし言葉とは裏腹に姉様なる者の表情は満更ではなさそうであった。
彼女がキイラちゃんと、そして和さんの事を大切に想っているのはその姿だけでよく分かった。
「という訳で、申し訳ありませんがこのような姿で改めて名乗らせていただきます女神様――私はアンリエッタと申します。どうかアンリとお呼び下さい今後ともよろしくお願いいたしますわ」
左手でドレスのスカートの端を摘まむと、片足を斜め後ろに引き、膝を曲げながら腰を曲げ深々と頭を下げた。
俗にカーテ―シーと呼ばれる挨拶の手法だが、それはひどく堂に入っており、少女の品のある容姿と雰囲気も合わさってひどく可憐であった。
だが私とディアンが注目したのは別であった。
「ほ、本当に甘やかしながら挨拶をしてやがりますよこやつ!」
「き、器用な子ね」
冗談みたいだが、金髪の少女アンリエッタ――アンリは先程の品のある挨拶をしながら、持っていた本を自らの頭の上に乗せると、空いた右手でキイラちゃんの頭を優しく梳くように撫でていた。
つまり和さんの提案通り本当に甘やかすと挨拶を両立させていたのだ。
「あの、大変なら私達の事は後回しにしてくれていいですからね?」
頭に本を乗せ珍妙な姿を晒しながらも、和さんの提案に全力で答えようとする少女にやや毒気が抜かれた私がそう言う。
「いえいえ。これぐらいどうという事はありません。この程度を片手間でこなせないようなら、キイラの姉と和様のパートナーは務まりませんので」
「ん?」
ちょっと待った。今聞き捨てらない事を聞いたぞ?
「和さんのパートナー? え。どういう意味ですかそれ?」
そんな関係の女性がいるなんて、運命の女神は聞いてないんですけど?
「あれですか? まさかとは思いますが、恋人同士……なんて言いませんよね和さん?」
無意識の内にそう想起してしまうのは、この世界が見せていた偽りの光景――豪華な部屋の中で仲睦まじく同世代ぐらいの少女と笑い合う和さんのあの姿だ見てしまっていたからだろう。
(和さんの事だから大丈夫でしょうが、万が一という事もありますからね。女神としてきちんと確認しなければいけません)
勿論嫉妬とかいう他意はない。
「……はい。俺達は恋人同士ではありません」
しかしどうしてか和さんはそこで全力で私達から目を離した。
「なんでそこで目を逸らすんですか和さん?」
「しかも凄い速さだったわね」
ディアンの言う通りそれはとんでもない速度であった。おかしいなぁ。そんなあなたの姿、ノルン様これまで一度も見た事もないぞ?
「ノルン様、ディアン様」
目を逸らすような理由があるのだと、詳しく問い詰めようとした私を遮るように、アンリが私達の話に割って入ってきた。
「お二方の事は主様から聞き及び、把握しております――ディアン様は治癒の女神、そして――」
アンリはニコリと同性の私でさえ見蕩れるような微笑みを浮かべ、こう言った。
「ノルン様は邪神様だそうですわね」
ぶちっと、その一言で少し前にぶち切れた堪忍袋の緒が違う理由でぶち切れるのを私は確かに感じた。
私は何度か意味のない頷きをすると、大きく息を吸い――
「運命の女神だよヴァアアカアアアア‼」
これまでの諸々の鬱憤を込めた八つ当たりじみた大絶叫を放つのであった。
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