逆転の策
「……間に合ったようで何よりだ」
アンリの策が始動を始めた事に俺は安堵の吐息を吐かずにはいられなかった。
『はい主様のお陰です……本当にありがとうございました』
アンリは改めて礼を言ってくれるが、言われた俺とはいうと素直にそれを受け取る事は出来なかった。
「……すまないなアンリ。あれだけ大口を叩いて置きながら、ここまでのダメージを負ってしまった」
外見上は特に何の変化がないように見せているが、その実今のソドムは満身創痍と言っても過言ではない程の状態であった。
両腕はとっくに粉砕骨折しているし、内臓にいたってはかろうじで生命維持に必要最低限なものしか残っておらず、それ以外は全壊――損傷が酷いものにいたってはペースト状に磨り潰れてしまっている。
(正直、途中で敵の暴走体の心が折れて戦闘が中断しなかったら危なかったかもな……)
策の準備に忙しいアンリに頼み、ノルン様の時のようにこちらの言葉が外にも聞こえるようにしてもらい、会話で時間を稼げなかったら今頃こうして立っている事は出来ていなかったかもしれない。
『何を仰いますか。むしろ暴走体相手にこれだけの損傷で持ちこたえたのは偉業ですわ』
「フォロー助かる」
相変わらず俺の相棒はどんな時も気遣いが出来る優しい奴だと申し訳ない思いを抱きつつ、礼を言う。
『そこでフォローと捉えてしまうのが実に主様らしいのですが……とにかくあなたのお陰で、策は無事に実行できました……どうがご照覧下さいませ』
「……ああ」
アンリの言葉に従い、俺は意識を暴走体に向けた。
災厄の化身たる暴走体は相棒の策の術中にはまり、空へと打ち上がっていた。
『『『ナにコれ⁉ ナにコれ⁉』』』
その原因は先程まで暴走体が立っていた足下の地面にあった。
『『『ミず⁉ ナんデ⁉』』』
そう――巨体となった暴走体の身体を空へと打ち上げている物の正体――それは水であった。
暴走体の立っていた足下の地面から間欠泉の如く凄まじい勢いで水が吹き出し、暴走体と共に天へと昇っていたのだ。
『『『ドうナっテるノ⁉』』』
突如として起こった驚天動地の出来事に暴走体は逃げる事すら忘れ、混乱の極致に追いやられているようであった。
無論言うまでもなくこの現象は偶然の産物などではなく、アンリの策によるものだ。
「いけそうだなアンリ」
『はい。固有能力【潮の
アンリ曰く、これもソドム・リキッドの固有能力である液体操作の応用らしい。
なんでも液体操作で自らの肉体をスライム状に変換――それをこの土地の地下水脈の水と同化させる事でそれらを操り、アークノアの巨体をも宙に押し上げてしまう程の激流として、奴の足下から間欠泉のごとく一気に吹き上がらせたのだという。
「凄いな。こんな事が出来るならどうしていつもやらないんだ?」
始めて見るソドム・リキッドの固有能力の扱い方に感心しながら尋ねると、アンリはやや憂鬱そうに答えた。
『色々と発動条件を整えるのが厳しいのもありますが、一番の理由はソドム・リキッドの姿を始めて晒した初戦にしか使えない手だからですわ』
「――というと?」
『全てではないとはいえ地下水脈程の規模の水を操るのには、ソドムリキッドの肉体の一部を媒介にし、同化させる必要があるんです……それも目で見て分かるほど程の大きさの規模の肉体が」
「ああ……」
そこで俺は変身直後に尋ね損ねていた普段の変身との差異点がある事を思い出した。
「だから今回のソドム・リキッドは尻尾がなかったのか」
そう――どういう訳か今回のソドムの変身した姿には全形態に必ず存在する尻尾がなかったのだ。
『はい。なのでリキッドの元の姿――尻尾がある事を敵が知らない初見の戦闘のみで有効なのです――流石にいきなり肉体の一部が欠損していたら何かあると相手に勘ぐられてしまいますので』
「確かにな」
俺でも気が付いた程だ。
「ソドムへの変身時間には限りがある為、可能であれば変身した直後から準備を進めないと、間に合わないというのも問題ですわ』
「よく間に合わせたものだ」
地下水脈とやらが地下のどの位置にあるのかは知らないが、かなり下にあるイメージがある俺がそう漏らすとアンリは少しだけ笑った。
『間に合うように事前の段階で、攻撃のついでに地面に穴を空けておりましたから』
「……ああ。あれか」
ちらりと俺は一点を一瞥する。そこにはソドム・ソリッドの姿の際、レプリカントの防衛部隊を殲滅する際に空けた大穴があった。
(全てアンリの計算通りという訳か)
ソリッドの時、数ある【固有技】の中で【必殺技】を選定して使用したのも、この策を行う為の布石とする為だったのだ。
『そうでもしなかれば、この短時間でリキッドと同化するのに最も相応しい地下水脈――主様の世界で言う所の、被圧体水層にまで到達する事が出来ませんので』
「なんだそれ?」
『失礼いたしました。聞き流してくださいませ。それより地下水脈から仕上げを行う為の水のくみ上げも完了しましたので、リキッドと連結いたしますわ』
「分かった」
アンリの言葉通り、地面に空いた穴からスライムのような形状の流体が飛び出すと、ソドムリキッドの後方――本来尻尾がある場所に連結させる。
「……成る程。水だけでなく大地の魔力も吸い上げているのか」
体内に循環するものが水だけでなく魔力も含まれている事に気が付いた俺が呟くと、アンリは『はい』と肯定を示した。
『これなら攻撃方法が豊富でも、攻撃力に乏しいソドム・リキッドの【固有技】にも瞬間的な火力を与える事が出来ます……』
「本当か?」
『はい。もっともリキッドの全魔力を使用いたしますので、撃てば変身が維持出来なくなります』
「つまり一発勝負という訳か」
面白いと俺は暴走体に意識を向ける。
『『『ウわアあアあアあァ!!!』』』
激流によって地面から打ち上げられながらも、乱雑に暴れる事で、何とか水から逃れようとしている。
普通ならそれで逃れる事が出来るだろうが、暴走体の身体を打ち上げているのはただの水ではなくこのソドム・リキッドの一部であり、アンリによって完全な制御下に置かれている為、早期の脱出は不可能だ。
『『『イやダ! いヤだ! イやダあアあア!!』』』
それでも暴走体は暴れるのを止めない。 目前に迫る戦いの決着――自らの終わりを敏感に感じ取ったのか、文字通り最後の足掻きを披露していた。
「よくがんばる」
見る者にとっては無様と称されるかも知れないが俺はそういった想いは抱かず、むしろ当然の行動だと思った。
『『『ワたシたチはイきル! イきタい! イきラせテ!』』』
生への執着。
それは一つの命として当然の権利であり、資格だ。
その為の行動を、どうして無様と言えるだろうか。
だが――
「……無理だな」
それはそれ《・・・・・》として、殺す。 同情も共感もあるが、暴走体を生かすという選択は絶対にあり得ない。
そうした場合にどれだけの被害が発生するのかを教訓として理解している身としては、暴走体の生への懇願は到底容認できる願いではないからだ。
「仕上げるぞアンリ」
『了解いたしました――ソドムリキッドの
地下水脈から大量の水と魔力を際限なくくみ上げ、ソドム・リキッドはその身に溜め込んでいく。
『――
全ては次なる攻撃――必殺の一撃の為。
「了解した」
肩幅にまで足を広げ、空を仰ぎ、怪獣の顎を開く。
「
ソドム・リキッドの必殺。
現在扱えるソドムの形態の中でも、唯一の遠距離攻撃技。
故にその名は――
「ギガ・タイダル――撃ち貫け」
瞬間体内に貯め込んだ水と魔力をソドム・リキッドはその口から一気に解き放った。
『SYAAAAAAAAAAAAAA‼』
熱線の如き勢いで水の激流がソドム・リキッドの口から放射。
激流の槍と化し、暴走体に直撃する。
『んぎいいやああああああああああ‼』
強烈な水の一撃は宙に打ち上げられていた暴走体をその巨体事押し流していく。
(まさかこの技をこんな風に扱うとはな)
ギガ・タイダル。
本来であれば水圧カッターの如く水を超高速で噴射――敵を横断する必殺の切断技。
しかし今回は使用する用途が異なっているため、アンリによって放水の噴射速度にも調整が加えられており、ただ純粋にアークノアの身体を押し流すだけの技となっており、敵を遙か遠くに吹き飛ばす以上の効果は見込めない。
『完璧な角度ですわ主様』
だがそれでいい。
『これなら問題なく暴走体を彼等の元に吹き飛ばせます』
暴走体をとある場所に吹き飛ばす事こそがアンリの策――俺達の狙いだからだ。
何故なら、この不殺の技を必殺にするのは俺達ではなく、アンリが指定した空の箇所にいる存在――
『さあ。主様に傷を負わせた対価を払って貰いましょうか土星?』
つい先程こちらを狙撃し、今もこの戦闘を傍観しているクレイドルの幹部――土星だからだ。
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