ソドム・リキッド

『戦闘行動を再開いたします――変身時間は先程と同じ三分を予定。残時間のタイマーカウントをスタートいたしますわ』

 アンリの宣言通り、視界の片隅にあるタイマーが時を刻み始める。

『ソドム・リキッドへの変身はかなり久し振りですが、お身体の具合は大丈夫ですか主様』

「ああ。問題ない……むしろ身体が軽くて調子がいいぐらいだ」

 鈍重なソドム・ソリッドの後の変身の為か、細身なフォルムであるソドム・リキッドの身体がやけに軽く感じる。

(……いや、というよりこれは――のか)

 普段ソドムに変身する時にない違和感……とあるものがない事に気が付き、俺はその事をアンリに尋ねようとする。

『敵、暴走体と接触いたしますわ』

 だがアンリの警告に、今正に暴走体と激突寸前である事を思い出し、俺は意識を戦闘に集中した。

『『『ガあアあアああ!!』』』

『SYAAAAAAAAAAAA‼‼』

 敵とソドム・リキッドとなった俺は正面から激突。

 怪物の手と怪獣の手を合わせる取っ組み合いの形となった。

 本来であれば力勝負で怪獣であるこちらが負ける道理はない。

「っ!? この力!」

 だが敵の腕力はこちらの想定を遙かに超えていた。

『……大したものですわね。力があまりないリキッド形態とはいえ、敵暴走体の腕力は怪獣であるこちらとほぼ同等ですわ』

 アンリの報告通り、圧倒するはずの力勝負は完全に互角。

 不本意ながら手を掴みあっての拮抗状態となってしまった。

(いや、力だけではない)

 先程の暴走体の突進も考えてみれば妙であった。

 アークノア同士が接合し、巨大となった怪物はざっと見てもアークノア三体分の質量の増加が、分かるほど程の巨体を誇っている。

 だがそのようなサイズアップをしたというのに、先程の暴走体の突進してくる速度は、一般的なアークノアの突進速度よりも速かった。

「アンリ! さっきの速度と言い、ソドムと互角のこの力と言い、まさかこの暴走体は――」

 確認をとる俺にアンリは『どうやらそのまさかのようですわ』と肯定を示す。

『信じがたい事ですが、今相対している暴走体は先程戦闘をした兄弟二体のレプリカントの異能を同時に扱えるようです』

 速度上昇は西山 高司の速度加速の異能。

 腕力上昇は西山 赤司の肉体強化の異能。

 この敵はあろう事かその二つの異能を同時に扱い、自らの怪物の身を常時強化しているのだ。

(確かにそれであればこの馬鹿げた戦闘能力の上昇にも説明はつく)

 だがそれは本来あり得ない事の筈であった。

「どういう事だアンリ。レプリカントの異能は一人一つしか使えないんじゃなかったのか?」

 一人のレプリカントにつき、異能は原則一個。それは覆される事のない不変のルールであったはずだ。

『その筈ですわ。膨大な数のレプリカントを観察して導き出した結論なので、まず間違いないかと』

「だがそれなら、この暴走体が複数の異能を同時に扱っているのはどう説明する?」

『この暴走体が、三人のレプリカントの集合体であったとしたらいかがですか?』

「なに?」

 アンリの言葉に俺が疑問を浮かべる暇も無く、彼女の言葉が正しい事を俺は物理的に思い知る事となる。

『『『マだぁ!』』』

「⁉」

 取っ組み合っている暴走体の大柄の背中から突如として腕が生えたのだ。

 その総数四。今ソドムとつかみ合って、力勝負をしている両手を合わせて合計六。

「……流石だアンリ。ちょうど人間三人分の腕の数だ」

 相棒の推論が正しかった事が、最悪の形で証明されたという訳だ。

『『『クらエぇ!!』』』

 自由に扱える四本の腕が伸び、こちらに向かってくる。

(……少しまずいな)

 あれが今つかみ合っている腕と同じ腕力を持つのであれば、十分すぎる脅威となる事は明白。

「アンリ! 正直手が足りん。こちらも!?」

『勿論出来ます。では猫の手ではなく、怪獣の手を追加で借りるといたしましょう――固有能力【潮の王リヴァイア】発動』

 あらかじめこうなる事を予想していたのか、事前に準備をしていたようで、アンリの固有能力の発動は迅速であった。

 体内の魔力を使用。ソドム・リキッドの固有能力を使用し、を生成する。

水流の手アクア・ハンド

『『『っ⁉』』』

 暴走体が驚愕する気配を感じた。

 無理もない。怪獣であるこちらも対抗して背中から腕を四本生やしたのだから。

 最も実際の腕を生やした敵とは違い、こちらはリキッドの固有能力によって擬似的に生み出した水の腕だが。

 ソドム・ソリッドが体内の骨を自在に操る固有能力を持つのと同様にソドム・リキッドもまたとある固有能力を所持していた。

 【潮のリヴァイア】という名付けられたリキッドの固有能力は自らの体内の液体を自由自在に操作、使役する事にある。

 ソリッドの骨格生成に比べればインパクトにかける地味な能力ではあるが、その分応用が利き、今回のように即席の腕を生成する芸当だって出来る。

『腕六本の同時操作は始めてですが、いけますか主様?』

 アンリの問いかけに俺は怪獣の口角をつり上げる。

「普段動かしている両腕の動作がたかが三倍になった程度だろう? 気合いで何とかなる範囲だ」

『……普通は気合いでどうこうなるものではありませんが――脳への負荷はこちらで何とかしますので、お願いいたしますわ』

「任せろ」

 アンリの若干呆れた声に力強く応じながら、俺は新たに生えた四本の水腕で敵からの攻撃に相対する。

『『『コぉのぉオおオお!!!!』』』

『SYAAAAAAAAAAAA‼‼』

 何度も激しく激突し合う敵の異形の手と、こちらの水の腕。

「……成る程――早く、強いな」

 速度加速と肉体強化によって強化された腕の攻撃は確かに脅威的。

「だが拙い《・・》」

 しかしそれだけだ。

 暴走体になったとはいえ、元になったレプリカントが戦闘を知らない少年少女であった事がここに響いてきた。

 繰り出される攻撃はどれも力任せに闇雲に振るわれているだけ。格闘技術の基礎もなにもあったものではない。

「それでは無能な俺すら倒せんぞ」

 故に全ての攻撃の軌道を読み切り、捌くなど造作も無い。

 さて――敵の攻撃に馴れて余裕が出来た今、普段の俺であれば一気に攻勢に転じる所だが……

「アンリ。今の状態のこいつに攻撃を加えても、やはりこちらにダメージが返ってくると考えていいのか?」

 こいつが三体のレプリカントの集合体という事は、例の薄桃色のアークノアが所持していた厄介な共感能力も備えている事を危惧した俺が質問をすると、返答はすぐに返ってきた。

『おそらく。ですが情報が欲しいので、軽い負傷を与えてみて下さい』

「任せろ」

 アンリの要請に応え、俺は捌いている敵の増えた腕の動きを捉え、逆にそれらの手首をを全て掴むと、



「軽く! 負傷させる‼」

 


 それらを力任せに一気に引き抜いた。

『『『ギゃアああアああアあ‼‼』』』

 瞬間、敵が絶叫を挙げた。

「ぐあああああああああああ‼‼」

 だがそれは俺も同様であった。

 腕四本分を物理的に引き抜かれた激痛が、脳天を直撃したからだ。

『このお馬鹿野郎様! 軽くと言ったでしょう! 軽くと! どこの世界に六本ある腕の中の四本引き抜く馬鹿がいますか!』

「……本体の二本は残しているぞ?」

『どういう理屈ですか⁉』

 反論をしながらも、俺は負傷により隙が出来た暴走体の手を振りほどくと、がら空きになった銅に蹴りを叩き込んだ。

『『『グぉえエえエえエ!!!』』』

「ぐぉおおおおおおおお‼‼」

 胃の中のものをまるごと吐き出しそうな衝撃。暴走体はその巨体事、後方に大きく吹き飛んでいった。

『……あの、話聞いてますか主様? それとも軽くの意味が分からないのですか?』

「……今気付いたんだがアンリ、このダメージ共有も悪い事ばかりじゃないぞ」

『……一応聞いておきますわ。なんですか?』

「相手のダメージを、文字通り身を持って正確に把握できる」

『まあ。とんでもない発見ですわ。ちなみに何処が損傷しているか分かりますか?』

「ああ。今奴は追加した腕と内臓の幾つかを損傷し、戦闘能力を著しく低下している」

『でしょうね。おかげでこっちもまったく同じ所を損傷し、戦闘能力が著しく低下しました! しかもそのせいで折角貴重な魔力リソースを割いて作成したアクアハンドは全部使用不可になりましたわ』

「問題ないんじゃないか? 敵の追加の腕の為に生やした腕だ。暴走体の増えた腕は全部潰したんだから、もうお役御免だろう」

 両者痛み分けでこれにてイーブン。いや、それどころかややこちらが有利になったと言える。

「それにお前の事だ。敵を倒すのに必要な情報は今ので全て収集できたんじゃないか?」

 何故なら俺には聡明で優秀な相棒がついているのだから。

『……それは――否定しませんが』

「流石だ」

『おだてても何も出ませんわよ?』

「? 本心だが?」

『……主様のそういう所はいつも調子が狂わされますわ」

「すまん?」

 何だかよく分からないが、俺は怒られた。

「お前にはいつも苦労をかける」

『好きでやっているのでお構いなく……では収集した情報を報告しますわ』

「ああ」

 アンリは溜息を交えながらも、いつも通り丁寧に報告を始めてくれる。

『想定していた以上に厄介な影響を与える存在である事が分かりましたわ』

「そうなのか? 俺はダメージが共有されている以上の影響は感じないから、大した事はないと思うが――」

『それを大した事が無いと言い切る主様には色々と言いたい事はありますが今は止めておきます――影響を与えるのは、我々にではなくレプリカントに対してですわ』

「? どういう事だ?」

 俺達にではなくレプリカントに対して?

『これは周辺と最重要対象に警戒をしてくれている『ヤイバ』からの報告で分かった事ですが――この施設に向かっている敵の増援部隊のレプリカント達が先程突如として一声に苦悶の絶叫を挙げたそうです――まるで突然腕を引きちぎられたかのように自分の両腕を押さえて』

「!」

 驚き、俺は吹き飛ばした暴走体を思わず見た。

『『『いタい! イたイよオオおおお!!』』』

 暴走体は両肩を押さえて、三重奏の苦悶の絶叫を挙げていた。

 アンリの報告にあったレプリカント達と同様に。

「……これは偶然ではないよな?」

『間違いなく。おそらく原因は暴走体の異能――自らの痛みを異能によって他のレプリカント達に共感させたのでしょう』

「ちょっと待て」

 それだと一つの矛盾が生じる。

「奴の共感能力は接触時の時だけの筈だろう?」

『それは暴走前の時の話ですわ。暴走体となった事で異能が強化された為に新たな効果を獲得したのでしょう――これまで戦ってきた暴走体達にも見られた特徴です』

「……確かにそうだったな」

 三つの異能が同時に扱える事から失念しかけていたが、過去の暴走体達との戦闘では敵が本来所持していた異能はどれも強力で凶悪なものに昇華されていた。

「こいつも例外ではないという事か?」

『間違いありませんわ――暴走時に取り込んだ他二体のレプリカントの異能が扱えるのも共感の異能が何らかの作用をした影響でしょう」

「成る程」

 まとめると、現時点でこの暴走体の脅威点は二つ。

 一つ、三人のレプリカントの異能が扱える事。

 二つ、自らのダメージを接触した相手と離れた位置にいるレプリカントに共感させる事が出来るという事。

 たったそれだけ《・・・・》であった。

「……なんというか、これまで戦ってきた暴走体の中では優しい部類だな」

 正直肩透かしを食らった気がするのは否めない。

 今まで戦ってきた暴走体は、どれも生死をかけた死闘を余儀なくされる理不尽さを備えていたのだが、今回の敵にはそれがない。

(こんなに簡単でいいのか?)

 先にあげた脅威も、簡単に対処できる範囲だ。

 三人のレプリカントの異能を扱えると言っても、それを操るあの暴走体に戦闘技術は皆無。

 これまで数えるのも馬鹿らしい程の戦闘経験を詰んでいる俺とアンリならどうとでもやれる。

 自らのダメージを接触した相手と離れた位置にいるレプリカントに共感させる事が出来るというのも、正直大した事が無い。

 ダメージの共有は俺が我慢すればいいだけの話だ。暴走体になり離れた相手にもダメージを共感させられるようにはなったようだが、それもレプリカントのみという半端さ。

 他の敵に気付かれてはいけない隠密作戦中なら厄介かもしれないが、今回はバレる事前提の作戦。今更敵の注目を集めた所で痛くも痒くもないというのが正直な所だ。

「それとも今まで戦ってきた相手が異常であっただけか?」

 拍子抜けさえ感じている俺に対し、アンリは『いいえ主様』と緊張を孕んだ声で俺の甘い見立てを否定した。

『ちゃんとこの敵も異常です……むしろ放置した場合の危険度だけを言えば、この暴走体は今までの中で最悪ですわ――正直いつも冷静さを保てる私でさえ、軽い焦りを覚える程ですわ』

「……俺に対しては、結構冷静じゃなくないか?」

 むしろ感情表現が豊かな気がする……主に呆れたり怒ったり等だが。

『誰のせいだと思っているのですか、このお馬鹿野郎様と普段ならお説教をしている所ですが、今は暴走体です』

 溜息交じりにアンリは言う。

『戦闘力にのみ目が生きがちな脳筋主様に分かりやすく説明をするなら――放置すると、この世界のレプリカントが全員暴走する事になる可能性が高いですわ』

「……は?」

 これには鈍いと言われている俺も流石に息を呑んだ。それ程までに彼女の言った事は、最悪であったからだ。

「……いくらなんでも冗談だよな?」

『残念ながら冗談ではありません。主様、レプリカントの異能の元になる物が何なのかは覚えておられますか』

「本人にとっての最強……いや、理想の自分の姿だろ?」

 レプリカントの知識にとって基礎中の基礎だ。忘れるわけがない。

『正解です。そして暴走状態のレプリカントの異能は、その理想の自分となる為に、自らの能力を強化し続ける事も覚えておられますね?』

「ああ」

 これもまた忘れるわけがない。

『ではここで質問です。あの暴走体の元になったレプリカントの少女の理想の自分とは一体どんなものであると予想がつきますか?』

「……いきなりそう言われてもな」

 アンリと違って馬鹿な俺には簡単な予想しか出来ないぞ。

「共感能力なんていう異能になったぐらいだから、優しい自分とかそういう類いのものじゃないのか? それこそ他人と共感し合い、分かり合う事の出来る自分とか、そういう――」

 言いながら俺は血の気が引く思いを確かに感じた。

「……アンリ」

『はい。なんでしょうか主様』

「もし仮に、あの暴走体の元になったレプリカントの理想の自分というものが、他者と分かり合える自分等という至極真っ当な願いで、奴の共感能力は際限なく進化し続けた場合――」

 生唾を一度飲み混んだ後に、俺は相棒に尋ねる。



「痛みのみならず、今の奴の暴走状態すらも他者に――レプリカント達に共感させたりするのか?」



 俺の問いかけにアンリは簡潔に答える。

『ほぼ間違いなく』

 ……どうりでアンリが焦るはずだ。

「もし仮にそうなった場合、具体的にどれ程の被害が予想される?」

『このラタトスク王国は確実に滅びるでしょうね。あの暴走体の異能の効果範囲にあるレプリカントは全て暴走して暴走体が爆発的に増える事になりますので……下手をしなくても、周辺国に甚大な被害が及ぶのは間違いないでしょう』

「悪夢だな」

『はい。いかがですか主様? 私が焦るのに共感・・して頂けましたか?』

「……これ以上ないほどにな」

 アンリの皮肉交じりの問いかけに対し頷きを示しながら、俺はつい先程まで暴走体を楽観視していた自分の甘い考えを恥じる

(何がこれまで戦ってきた暴走体の中では優しい部類だな……だ)

 真実はむしろその真逆。戦闘力が低いだけでその危険度は、今まで出会った暴走体の中でも最悪だ。

(奴は言うなれば、存在するだけでレプリカントを強制的に暴走状態にさせる病原体のような存在)

 比喩抜きで、放置すれば世界を滅ぼしてしまう災厄となりかねない。

「話は分かった。今すぐに始末をつけるが、構わないな?」

『私もそうしたいのは山々なのですが、事はそう単純ではありません……少なくともこの場で倒す事はお勧め出来ませんわ』

「何故だ?」

『現時点であの暴走体が激痛などの強い刺激を他のレプリカントに共有する事が分かっています……つまり、この場であれを倒してしまうと、絶命に至るまでのダメージと精神的苦痛等は、確実に他のレプリカント達に共感させられるのは間違いありません』

 ……それの何が問題なのだ?

「俺には奴を倒せば、離れた位置のレプリカントも同時に始末出来るからむしろ良い事に思えるが?」

『その可能性も確かにあります――ですが私の読みが正しければ、この暴走体の絶命時の感覚を共感させられたレプリカントはかなりの高確率で暴走体へと変異してしまいます』

「なんだと?」

 これには俺も眉を顰めるしかなかった。

『そもそも今の暴走体の感覚を、共感させている時点でレプリカント達の精神にかかる負荷は相当なもの――そんな極限状態で絶命時の感覚なんて共感させてしまえば、レプリカント達の暴走を誘発してしまいます』

「……嘘だろう」

 つまりあの暴走体は放置しても他のレプリカント達を暴走させるし、かといって倒してしまっても絶命する際の感覚を置き土産で他のレプリカントに共感させ、暴走させる。

 どのような対処をしてもレプリカント達を暴走させる厄介極まりない存在という訳なのだ。

(あの暴走体はさながら導火線のついた爆弾のような奴だという事か)

 白状すると、俺にはそんな相手に対する対策などまったく思いつかない。

 力尽くで解決できる問題なら何とかなるのだが、こういう複雑な条件が提示される戦闘は俺の不得手とする所であった。

「正直俺には何の対策も思いつかないが、お前はどうだアンリ?」

 だからこそ俺は逆にそういう事を得意とする相棒を頼る事にした。

 それはアンリなら何らかの希望を見出だしてくれるという期待を込めての問いでもあった。

『勿論既に策は整っておりますわ』

 そして流石の相棒は、希望所か活路さえ既に見出だしていた。

『ここからは朗報をお伝えします……まず今あの暴走体が非接触の感覚の共感が行えるのは自分と同じ存在――つまりレプリカントにだけです』

「どうしてそんな事が分かる?」

『もしそれ以外にも送れるのであれば、先程何処かの脳筋主様が腕を引きちぎった際に最も近くにいる地上の私達にも影響があるはずですので』

「……なあアンリ。実はさっきの事、ちょっと根に持ってないか?」

 相棒の言葉には若干の棘があった。

『気のせいですわ。ともかく、あの暴走体に有効な攻撃が暴走前と同じで遠距離攻撃である事に変わりはありません』

 『それを踏まえた上で言います』とアンリは自信を持って断言する。

『私が現在行おうとしている策は、今のあの暴走体にも問題なく有効ですわ』

 アンリの策――リキッドに変身する前に言っていたアレか。

『しかしその策を実行するには一つだけ問題があります』

「問題?」

 アンリがわざわざそう言うという事は、相当厄介な問題なのだろうか?

『変身直後から主様のサポートの片手間で下準備を進めてきましたが、ここからは本格的な準備が必要なので、そちらの作業に集中する必要があります……つまり、私のサポートなし――主様の独力のみでソドムを運用し、あの暴走体から時間を稼ぐ必要があります』

「……成る程」

 それは確かに問題だな。

 ソドムは元々俺とアンリ二人の運用が想定された異能。

 その為、どちらかが欠けてしまえばその戦闘力は著しく低下してしまう。

 一般的なアークノア相手にならそれでも何とか戦う事は出来るだろうが、暴走体相手に行うのは自殺行為に等しい。

「具体的にどれぐらいの時を稼げばいいんだ?」

『……およそ一分』

 一分……アンリのサポートなしで暴走体を相手にするのであれば、決して短いとは言えない……むしろ長いと言える時間だ。

 ――しかし。

「問題ない」

 俺は心中での考えとは裏腹に、あえてそう力強く断言をした。

「準備に取りかかってくれアンリ」

『よろしいのですか?』

「勝てるのだろう? お前の策なら」

『それは間違いありません』

「ならばもたせてみせる」

 自信に満ちたアンリの返答に、俺もまた自信を持って答えた。

『……ありがとうございます。大事な局面ではいつもあなたには重荷を背負わせてしまい、申し訳ありません主様』

「構わない……」

 普段世話になっている分、むしろそんな時ぐらいは重荷を背負わせてくれとさえ俺は思った。

「その程度の無理を通せないような男であれば、お前の隣に立つ資格などない」

 災厄の化身とも言うべき暴走体を打倒する策等、俺には逆立ちしたって思いつかない。 

 俺に出来る事は精々身体を張って彼女の策に全身全霊で協力する事ぐらいなのだから。

「だから、俺を信じて任せろ」

『……はい。お任せいたしますわ主様』

 アンリがそう言うと同時に、俺の怪獣の身体ははっきりと知覚できる程に重くなる。

 相棒が本格的に策の準備に入った証拠だ。

(身体の動きは全体的に鈍くく、反応速度は半分程度。基礎の身体能力にいたっては半分以下……さながら20代の肉体から一気に倍以上の歳をとったものか)

 自らの今の身体状況を自己分析をした俺は思わず笑ってしまった。

(それなら何の問題も無いな)

 何故なら俺は前世で40代で死ぬ最期の時まで現役のスーツアクタ―だったのだから。

 この程度の窮地など何の問題もない。

(しかも……だ)

 対する相手は暴走体の化け物といはいえ、つい先程なったばかりの新米。

『『『ガあアあア!!』』』

「来るがいい化け物の新米アマチュア

 負ける道理などある筈がないのだ。



「化け怪獣専門家ベテランが相手をしてやる」



 再度こちらに攻撃を仕掛けてくる暴走体に対し、俺は怪獣の顔で不敵な笑みを浮かべた。

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