路地・1分で読める創作小説2025参加作品

かるびの・いたろ

路地

 ひさしぶりの休みの日。

 電車にのって遠くへいこう。

 きょうはいつもの電車にのってもゆっくり座れる。

 ゆられていると、あまりの心地ここちよさにうたた寝してしまう。

 ふと僕は目を覚ました。そのまま電車をおりた。

  

 初めておりる、しらない駅。

 散歩がてら、みしらぬ町をぶらぶらする。

 

 迷い込んだその路地ろじはたしかに初めてのはずだった。

 それなのに

 しってる、しってる。

 はじめてなのに懐かしい。

 どの家もたしかになじみがある。

 それは小さいころ僕が暮らしていた路地だ。

 

 いまは再開発でとっくになくなったはずなのに。

 もう十年以上あそこにはいってない。

 表札ひょうさつをみなくてもすべての家の苗字みょうじがいえる。

 それなのに、人の気配けはいがない。まるでだれも住んでいないかのようだ。

 

 僕の家は路地のいちばん奥だ。

 ここにあるのはどれも見慣みなれたものばかり。

 使つかれたふるびた三輪車さんりんしゃ。小さいころはいつもこれで遊んだ。

 さきれたアロエのはち

 これは父がさわってったもの。

 それを僕はたしかにみた。

 そのとき彼はおさない僕を抱き上げていた。

 

 路地ろじの奥へすすむとあのなつかしい家がある。

 たしかに両親とらしていたあの家が。

 

 僕はふるえながら自分の家の玄関げんかんの前で声をかけた。

「だれ」

 母がでた。

 若いころの母。

 彼女はついこのあいだ年老いて亡くなった。

 まもなく父もあとをおった。

 

 母は不審者ふしんしゃをみるまなざしで僕をにらみつける。

 まるで初めてみるみしらぬ男にするように。

 僕はおもいきって自分の名をなのる

 

 母はまったく警戒けいかいをとかない。

 もう一度たずねてきた。

「だれ」

 ねんをおすように僕は名乗った。

「そういえば生まれてくるはずの子がそんな名だった」

 うわごとのように母はつぶやく。

 それでもこちらをきついまなざしでにらむ。

「その子は生まれてこなかった。あんたじゃない」

 

 僕はとぼとぼ路地をひきかえした。

 そしてある光景にいきあたる。

 

 僕が小さいころいつも遊んでいた古ぼけた三輪車。

 いつのまにかそれにみしらぬ少年がまたがっている。

 僕はふるえる声で彼にたずねた。

「きみは、だれ」

 僕には生まれてこなかった兄がいた。

 少年が名乗ったのはその兄の名だった。

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