15 プロテスト。⑦ 美咲
耐える。しのぐ。堪える。
スキルを避ける分だけ、心に余裕が生まれる。
ゲームが上手いことを自覚したのは、暮らしていた孤児院にひろゆきからパソコンが届いて、あらゆるゲームで躓くことなくプレイできて、それでいて有希にボコボコに負けたときに、楽しいと思えたそのときだった。
孤児院を出たあとの美咲は、地元で有名なお金持ちの家庭の養子になった。両親が普通の女の子として育ってほしそうにしていたのを感じて、美咲は普通の女の子とは何かを考えてみる機会が一度だけあった。
一度だけしか考えなかったのは、その一回で明確な答えが見つかったからである。
普通の女の子というのは、自分が持っている才能や能力でどこまでいけるのか挑戦する、つまり人生というクソゲーにおける主人公やヒロインのことを言うのだと、美咲はそう結論付けた。
自分の実力がどこまで通用するのか試したいという気持ちが美咲にもあった。
もしかしたら、自分のプロゲーマーになれるかもしれない。
(こんなもんか)
澄み切った宇宙空間に浮かぶ、青い機体のハルトルは、独特な威圧感を放ちながら、斧でボールをコツン、コツンと壊していく。独特な威圧感の正体は、ハルトルを操作するプレイヤーの強者特有のリズムやテンポをそう感じているから。
LIPスライムと対面して思うのは、強者の持つ威圧感というのは、存外大したことないということ。こうして、ボコボコにされているのにも関わらず、美咲は自分の才能や能力が通用するという確信を得ていた。
チームは随分と調子がよさそうだった。トップでできた有利を使って、ボットでも有利を作り、生まれた自由なターンを使って、デブリの視界を確保したり、オブジェクトファイトを良い形でスタートしている。
トップとADCに十分なキルを集め、ファイトで勝つことでドラゴンやデスマシンなどの重要なオブジェクトを重ねていくことで、大量のバフを獲得したチームは、集団戦をしたら負けることはないだろう。
チームの戦術の都合で、各ラインを転々と移動し続けた美咲は、耐えの時間が長かった。相手は最強のプレイヤーであり、味方からの助けはこない。それでもLIPスライムに余計なキルを入れてしまえば、育ったハルトルがゲームを破壊してしまう。
美咲は宇宙に取り残されている。
0キル、4デス、0アシストというスコアが、その苦しさを物語っていた。
『……よく耐える』
『破壊するのは諦めた? わたしで育つことに固執したらいつのまにかチームが崩壊しちゃうよ』
どのライン、どんな状況でも美咲は虎視眈々と復活のチャンスを狙っていた。
LIPスライムが集団戦に参加した段階で、どれだけいい状況でもチームにはファイトを止めて下がって貰う。すると、自分はノンリスクでボールとスターを食べてお金と経験値を集め、カムバックすることができる。これを、ずっと企んでいる。
その企みにLIPスライムも気づいているから、美咲がいるラインから離れることができない。圧倒的に勝っているはずが、その自由にできる時間は少ない。宇宙に取り残されているのは、LIPスライムも同じだった。
二人はボットラインでその攻防を続けている。
お互いのチームはトップ側のピットに現れるデウスエクスマキナを獲得するための、ラインでの有利の取り合いをしていた。
当然、その攻防戦に育っているLIPスライムがいなければ有利を獲得するのは美咲たち青宇宙チームだった。有利を取り切った青宇宙チームは、相手の視界がまるでないデブリの中へ消えていく。
デウスエクスマキナを触っているのか、その手前のデブリで隠れて待っているのか、待っているにしてもどこで待っているのか、まるで分からない。しかしデウスエクスマキナをタダで取られるわけにはいかないので、不利が確定している状況だとしても敵チームはデブリに入らなければいけない。
『潮時か』
育ったハルトルが前に立てば、無理矢理にでもデブリのなかにいくことが可能だ。LIPスライムはテレポートを使って、ミッドライン付近に移動する。それは、美咲の勝ちを意味していた。
美咲はスターの下から飛び出して、敵のボールを食べていく。ミッドにテレポートしたハルトルを見て、味方はデウスエクスマキナの前からトップ側へ引く。たったこれだけの動きで、敵は困ることになる。
LIPスライムがテレポートを使ったので、ボットにいる美咲のファームを咎めることはできない。敵のとれる選択肢は、このまま下がってミッドライナーのフリーファームを許容するか、デウスエクスマキナを先に触るか、トップ側に引いた青宇宙チームの四人に無理矢理仕掛けて、5対4をするかである。
相手のトップスターが残っている状態で、トップ側で集団戦をするのは賢明ではない。せっかくへこませたミッドライナーにカムバックの機会をフリーで与えるのも賢い判断ではない。なので、人数差を活かして、デウスエクスマキナに触るしかない。
赤宇宙チームがデウスエクスマキナに触れるなら、青宇宙チームは前に出て、射程の長いメテオラで相手の体力を削っていく。デウスエクスマキナの反撃による弱体化効果によって、もりもり体力は削れていく。理想的なポークと呼ばれる戦術である。
美咲はその間、せっせこボールを倒してお金を経験値を集める。
味方のボールを敵のスターに押し付けて、ボットのスターを破壊する。一人でも簡単にスターが破壊できたのは、序盤に味方が獲得してくれたマシン・オレンジのおかげだった。
美咲がボットをしているのを見た、赤宇宙チームは、デウスエクスマキナへの攻撃から一気に反転して、青宇宙チームにエンゲージする。体力が削られていたとしても、4対5だから赤宇宙チームの有利は十分にある。
味方がエンゲージされたのを見て、美咲はテレポートではなく、再出撃を選択する。戦艦ハルケーに帰還した美咲は、先ほどのプッシュで獲得したお金をジャンク還元し、サンデーサイレンスをできるかぎり強化してから、味方の視界にテレポートをする。
慌てることはない。
虎視眈々と狙ってきた。
トップライン側のデブリのなかで、集団戦を行っている相手の後ろから、最もサンデーサイレンスの価値を高めることができる角度、タイミング、隙、ほころびを探すなかで、美咲は、浅い呼吸の停滞した遠泳のようなゲームにおいて、唯一の深呼吸のような、他者を圧倒する、至極の集中を手に入れる。
スターの下から射程を活かしてダメージを出す味方のADC。
高い体力と圧倒的な強さを活かしてゾーニングをするLIPスライム。
エンゲージに全てのスキルを使い果たしうろうろとしている敵サポート。
目についた敵からとりあえず殴っていくラブ・サイダー。
ラブ・サイダーに殴られながらもなんとかバリューを出そうとする敵のデブリ。
LIPスライムのゾーニングに対してADCを守る位置に立ち、さらには敵の後衛にも圧を出す林檎蜜柑。
その林檎蜜柑に対して味方の後衛を守るように立つ敵のトップライナー。
一番後ろから手前のラブ・サイダーに対してダメージを出していく敵のADC。
そして、テレポートで飛んでくる美咲に合わせるために回り込んでいたモロピッコロ。
(……ここだ)
集団戦の状況を完璧に把握した美咲は、サンデーサイレンスのアルティメットスキルを発動する。
混沌とするユニバースのなかで唯一、シンプルなフルバースト。
それに合わせて、ユニバースには毒の空間が広がる。
敵の後ろをとっていたサンデーサイレンスのガンビットたちが、敵の後衛から体力を削っていく。敵の後衛は、自分たちの近くにいきなり現れたサンデーサイレンスに攻撃のフォーカスを合わせる。サンデーサイレンスの体力は削られていくが、しかし、美咲は前進を選択する。
敵の後衛から1キル、2キル、3キル。
逃げようとするデブリも追いかけて、4キル。
残るはLIPスライムのハルトル、ただ一体。
ハルトルはサンデーサイレンスに突っ込んでくる。4キルを獲得して大量のお金を得たサンデーサイレンスをシャットダウンさせる選択肢をとった。試合を通してスケールを続けたハルトルは、体力が半分まで削れたサンデーサイレンスを確実にキルすることができる。
しかし、ハルトルの斧はモロピッコロの小さな盾によって防がれた。
そこに、ラブ・サイダーが突っ込む。
さらに、林檎蜜柑もエンゲージ。
そして、ADCの長距離スナイプが、ハルトルの胴体を貫く。
体力が20パーセント以下になったハルトルは、サンデーサイレンスの四体のガンビットによる四発の連続攻撃によってエスケープする。敵のメテオラはもういない。
みんなの頭の上に、ポンとスタンプが現れる。
美咲とサンデーサイレンスのペンタキルにより、ユニバースにはひとときの平穏が訪れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます