07 ランクマッチ100連勝。⑥
騎士ドックというハンドルネームはRTA界隈だとちょくちょく知られていた。走者の多い人気RTAであるメテオラシリーズのアイアンマンレースにおいて、世界一の記録にこの名前があるのだから当然といえば当然だ。それでもRTAのイベントなどに出演することがなかったので、僕について詳しく知っている人は、たまに行う配信に来てくれる人たちくらいだろう。
それに比べて石原抹茶という女性配信者は、フォロワー70万人を擁する有名人だ。現在の何の企画でもないゲーム配信でも、1万2000人の視聴者がいて、その人気の高さを伺うことができた。石原抹茶がすごい人であればあるほど、僕の緊張は高まっていくわけだけど、このMOU裁判という謎の機会は、僕がメテオラ・オンユニバースの界隈で知名度を獲得するためのチャンスでもあった。
「あ、こんにちわー。騎士ドックです」
ゲーミングチェアの上で正座しながら、招待されたトークルームに入室して、虎を目の前にした小動物のような怯えた声で挨拶をする。インターネットの向こう側の人と会話をするときの独特な感覚にはまだ慣れない。知っている人と電話をするのとはまた別の緊張感があった。
「……なんだか声が若いわね」
「若いのは当然です。高校一年生なので」
「……そう。わたしはね、今年31歳なの。つまり、騎士ドックはわたしの半分しか生きていないというわけね。……インターネットの恐ろしさが出たわ」
配信画面を見ると、石原抹茶は遠い目をしていた。年齢関して自虐的な言動をしているけど、ワイプに映る彼女はとてもオシャレで魅力的な女性である。
「31歳の女性も素敵だと思いますよ。理由は大人の魅力というのがありますから」
「……カバーが速いわね。ランクマッチを100連勝しただけのことはあるみたい」
31歳という年齢で容姿を晒しながらインターネットで活動する痛々しさからしか生まれない独特な魅力というものがある。石原抹茶にもその熟した果実のような魅力があった。
「一応、活動者なのよね?」
「RTAの界隈で少しだけ」
「うん。リスナーのなかには、君を知っている人もいるみたい。顔出しはOKなの?」
「行けます」
RTAの配信では顔を出すことはなかったけど、これからプロゲーマーになるのなら、顔を売っていく必要がある。応援してくれる人を増やすのは、プロゲーマーになる上で重要だ。勇気を出してカメラをオンにする。これで石原抹茶の配信に僕の顔が映った。
緊張で瞬きの数が多くなるのを感じるけど、他におかしなところはないはずだ。
「おほっ」
石原抹茶は妙に色っぽい声を出したが、そのあとすぐに咳払いをした。
「……ごほん。今回ここに騎士ドックを呼んだ理由だけど、なんと君にチーター疑惑が浮上しているの」
「チートなんて、そんな」
オンラインゲームでチートを使用して不正に利益を得ようとする人は、ゲーマーコミュニティーのなかでは極刑の大罪人として扱われる。チートを疑われるのは心外だったけど、勝率100%のプレイヤーが現れたら、誰だってチートを疑ってしまう。
「これからいくつか質問をするから、それに答えて身の潔白を証明しなさい」
「……はい」
「それではMOU裁判、開廷!」
石原抹茶はMOU裁判のスタートを宣言した。
ちなみにMOUとは、メテオラ・オンユニバースの略称だ。
「騎士ドックによるランクマッチ100連勝のうち、87勝でデブリリンドールをピックしているようだけど、これに理由はあるかしら?」
「リンドールのデブリフルクリアタイムが全部のメテオラのなかで一番速いからです。序盤の有利が確定するので、リンドールを選択してます」
「デブリのフルクリアが速いと強いのはなんとなく分かるけど、具体的にはどうしてなの?」
「あー、画面共有っていけますか?」
「いいわよ」
僕はメテオラ・オンユニバースの画面を、石原抹茶に共有する。彼女の配信で、僕のプレイ画面が映る。プラクティスモードを選択して、リンドールをピック。これから、リンドールの強さを説明する。
「まずは、リンドールのフルクリアなんですけど、これは3分22秒で終えることができます」
僕は普段ランクマッチでプレイするように、リンドールでデブリの中立モンスターを狩っていく。デブリには六体の中立モンスターが出現するが、今回は、赤バフ、クックル、ラポング、ウルフ、青バフ、プルングの順番で狩る。
「明らかに他のリンドールより速いけど?」
「有名な動画のリンドールより、14秒速いと思います。一レベルでQスキルをとるか、Eスキルをとるかの差です。動画でも根拠があってEスキルを取っているんですけど、ただ速度を求めるだけならQスキルの方が圧倒的に速い」
「動画でEを取っている理由は?」
「リンドールのEスキルは、槍で一閃するスキルなんですけど、このスキルが発動すればするほど攻撃力が上昇するので、早めにとればその分、たくさん使えて強くなります」
「なるほど、そのメリットを捨てて、速度を求めているから他のリンドールとは違うわけね」
「はい」
説明をしながらデブリをフルクリアして、味方デブリと相手デブリの真ん中を流れている川にリンドールの身体を出す。すると、川のなかからモリモリとカニが出現する。
「ユニバースでは3分20秒にスペースクラブが二体出現します。このカニが出現する前に、デブリのフルクリアをすることができるのは、1レべQとりリンドールの3分18秒が最速です」
「それが強さの理由?」
「リンドールが川に出た後、とれる選択肢は三つです。カニに触る、ボットレーン奇襲、そしてデブリに隠れておいて相手のデブリがカニにスキルを撃った瞬間に襲う」
「なるほど。基本的には三つ目ね?」
「相手のデブリのルートによります。ルートが噛み合っていることが、味方のダミーの視界によって分かれば、三つ目が強いです。基本的にはボットレーンがボールをプッシュしている場合はカニに触って、逆に相手に押されている場合は、レーンガンクです」
「……君が強いのはよく分かった。それでもAFKやトロールを味方に引かないで100連勝なんて考えずらいわね。五人もいれば、一人くらいは変なヤツがいるものよ」
「それなんですけど……」
かなりの確率で存在するというランクマッチに住み着くトロールやAFKは、わざと利敵行為をする闇のプレイヤーだ。彼らが味方にならずに、勝率100%を維持するというのは運の良さでは片付けられない要因があるはず。
「序盤明らかに勝っているのに、わざとトロールしたり、AFKしたりするものですかね? なんかじわじわ負けちゃって、もういいやって試合を投げ出すから、そういうのって発生するんじゃないですか? それに、試合が始まる前の段階で、そういう思考になっていたとしても、勝てると分かれば態度を変えるような気もします」
「つまり君はトロールやAFKと一緒のマッチになっているけど、リンドールによって序盤を支えているから、闇を浄化するかのように連勝を続けていると言いたいわけね」
なんでちょっとカッコよく言ったのかは分からないけど、石原抹茶の理解の通りだと思う。あとはシンプルに僕が他の人と比べてゲームが上手いというのもあるけど、それをわざわざ言うことはしない。上には上がいることを知っている。ゲームに自信がありますなんて態度を見せたら、美咲にバカにされてしまう。
「……君はプロを目指しているの?」
「はい。プロテスト・トライアウトリーグに参加します」
「よし。みんなで騎士ドックを応援しましょう」
石原抹茶は視聴者に応援を呼び掛けてくれる。
これで、MOU界隈に顔を売ることに成功した。
「そうね。何か、宣伝したいことはある?」
「あ、一つあります。ちょっと僕のカメラの画面見れますか?」
「うん。見れるわ」
僕はカメラに映るように、ラムネサイダーを掲げる。そもそも、これを宣伝するためにプロゲーマーになるのだ。コツコツと広報活動をするのを忘れてはいけない。
「これ、僕のスポンサーのラムネサイダーです。通販サイトのリンク送るんで、石原抹茶さんもよかったら購入してください」
「ふーん。いいわよ。ちょうど『みんなのオススメ商品全部買う』の企画が近いから、そのときにまとめてレビューするわね」
「ありがとうございます!」
一仕事終えた気分だった。営業職の人の達成感もこんな感じなのだろうか。
MOU裁判なんて物騒な企画に呼ばれたときは、首の皮が千切れる思いだったのだけど、身の潔白を証明し、ラムネサイダーも宣伝することができたので、良いこと尽くめである。
「さて、ここからが本題よ」
「……本題?」
「騎士ドック。フレンドからわたしの戦歴を確認しなさい」
僕はプラクティスモードを終了し、さきほどフレンドになった石原抹茶の戦歴を確認する。
「ひ、ひい!」
恐怖で思わず悲鳴が漏れる。
画面に現れたのは、真っ赤な文字で敗北と書かれたリザルトに埋め尽くされた血のような戦歴だった。いったい、何連敗したのかと気になるが、敗北を数えるという行為は、ゴキブリがいると分かっている岩の下を覗くようなものだった。
「ふふふ。騎士ドックのランクマッチ100連勝と、わたしのランクマッチ18連敗。どちらが強いかデュオランクで勝負しましょう」
こうして石原抹茶とのデュオランクがスタートした。
僕は連勝を109に伸ばし、マスターランクに到達した。
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