11 バイト先の先輩

「先輩、それ重いですから俺が運びます! テーブルの方お願いします」

「ありがと〜」


 デザートやスイーツなどに使う果物がたくさん届いて、先輩の代わりにそれを倉庫に運んでおいた。なんか久しぶりにバイトをしているような気がする。一週間も経ってないのに、俺にはとても長い時間だった。


 圭人とあや……。

 あの二人のせいで、あの時のことを思い出すたびに指が震えてしまう。

 バカみたいだ。みんなに責められた時のことをいまだに忘れられないなんて。


「えっと……。果物は全部入れておいたから、後は……」


 そしてスタッフルームに入った俺は、賞味期限切れの食材をチェックしておいた。

 バイトをするのは意外と楽しい。お金を稼ぐのもできるし、先輩や店長がすごくいい人だから良い環境で仕事をしていると思う。たまに先輩と二人きりになるといろいろ趣味のことで話したりするから、ここは俺にとって家より落ち着く場所かもしれない。なんとなくそんな気がした。


「よっし、これで終わりか。あとは掃除……、掃除……」


 すると、一瞬目の前が真っ暗になる。

 これは先輩の手かな? 温かい。


「えっ!?」

「だ〜れだ〜?」

「先輩、来年大学生になるのにまだこんなイタズラをするんですか?」

「えへへっ〜、留年して優と一緒に卒業しちゃおうかな〜」

「変なこと言わないで早く卒業してください……。で、なんですか?」

「あっ、そうだ! 実はね! 私……、食器棚にね……!」


 なんだろう。先輩、いきなり真剣な顔で話しているけど、キッチンで何かあったのか? もしかして、ゴキブリとか!?

 そのまま固唾を飲む俺だった。


「食器棚の……、一番上にチョコレートを隠したの……!」

「はい? チョ、チョコレートですか? なんであんなところに!?」

「普段はここにある引き出しの中に入れるけど、店長がこっそり食べて知らないふりをするから……」

「ああ……」


 マジですか、店長……。

 もう少しで40代になるのに、女子高生のチョコレートをこっそり食べるなんて。

 いろんな意味で仲がいいな。二人は……。


「で、食器棚に隠したチョコレートも店長が食べたんですか?」

「違う……。さっき踏み台が壊れて手が……、手が届かないの……」

「…………」


 なんで踏み台が壊れただけなのにすぐ泣き出しそうな顔をするんだろう。

 そういえば先輩は甘いもの好きだったよな。普段からよく甘いもの食べてたし。


「ほら……」


 そして食器棚の前で腕を伸ばす先輩、つま先立ちをしても届かなかった。

 確かにこれは踏み台がないとダメだね。

 てか、ちょうどチョコレートを食べようとした時に壊れるなんて、ついてないな。


「ううっ———! ううっ———!」


 腕を伸ばしたままジャンプをする先輩、それでも届かなかった。

 なんか可愛いな、先輩ってこんなに可愛い人だったっけ。


「と、届かな〜い。ひん……」


 その時、視界に入ってくる先輩の胸。

 見てはいけないことを見てしまったような気がして、罪悪感を感じていた。

 バカ、どこ見てるんだ。しっかりしろ……! 五十嵐優。思わず、大きいなと思ってしまった自分がバカみたいでどっかに隠れたい。


 ごめん、先輩。


「ねえ、そこでぼーっとしないで手伝ってよぉ……。優」

「はい。すみません。なんか一生懸命に魚を食べようとする子猫みたいで可愛いなと思ってました」

「むっ! 私はチョコレートが食べたいの! 早く取って!」

「お、怒られた……」


 すぐチョコレートを取って先輩に渡した。

 なんかあのチョコレート、すごく高そうに見える。箱のせいかな? でも、あんなチョコレートなら食べたくなるのも無理ではないな。店長のせいであんなところに隠すなんて、先輩が可哀想だ。


「ん?」


 てか、チョコレートを取ってあげたのに、先輩はどこに行ったんだろう。

 すぐ食べないのか? そんなに食べたがってたのに……。


「これと〜」


 そしてスタッフルームから戻ってきた先輩が後ろに何かを隠していた。


「なんですか?」

「ジャーン! ショートケーキ!」

「いちご消えましたね」

「ううん……、ほれね。あひたふはふはらだえだって」

「はい……? てか、先輩口の中に……」


 すると、急いで口を隠す先輩。いちごだな、あれはどう見てもいちごだ……。


「食べよっか!」

「はいはい」


 まあ、甘いものが好きな女の子にいちごを譲るのは当たり前のことだから気にしないことにした。それに先輩めっちゃ幸せそうな顔で食べてたし、それでいいと思う。


「このチョコね、すっごく美味しいから店長に取られたくなかったの。これは優と一緒に食べたかった」

「そうですか?」

「うん! 甘くて美味しいよ。買ってみてって言いたけど、けっこう高いチョコで私もお母さんにもらったの」


 そう言いながら先輩のチョコレートをショートケーキの上に乗せてくれた。


「いただきます」

「ふふっ」

「おっ? このチョコレート美味しいですね、なんか濃いっていうか。甘いものあまり食べないんですけど、スーパーで売ってるチョコと格が違いますね。美味しい!」

「ふふっ! だよね〜。めっちゃ美味しいチョコだから〜」

「ありがとうございます! 先輩」


 バイトをすると、たまに今みたいに余裕ができる時がある。

 その時はこんな風に先輩と何かを食べるのが当たり前のことになっていた。

 どうせ、誰も来ないし、あとは店長が来てお店を閉めるからさ。


「あの人たちが停学されて本当によかった。顔色が良くなったよ、優」

「あっ、そう見えますか?」

「うん、あの人たち本当に質の悪い人たちだったから心配してたよ」

「あ、ありがとうございます」

「へへっ」


 隣でニヤニヤする先輩がさりげなく頭を撫でてくれた。

 これは悪くない。

 そしてふと小柳の顔が思い浮かんだ。今頃、何をしているんだろうな。ラインが来てないから、心配しなくてもいいと思うけど、帰る場所がないって言葉が気になってケーキを食べながらぼーっとしていた。


 大丈夫かな……?


「何考えてるの? 優」

「いいえ、疲れてぼーっとしてました」

「へえ」

「で、いつまで撫でるつもりですか? 先輩……」

「あっ、つい……。えへへっ」


 バイトをする時はほとんど先輩と一緒にいるからめっちゃ可愛がられる。

 当たり前のようにペット扱いされている。

 でも、いろいろ教えてくれた先輩で、いつも俺のことを気遣ってくれるから、先輩の前にいる時は正直何もできない。こんな優しい先輩と一緒にバイトができるのはマジで幸運だ。俺は運がいい人だ。


「美味しい〜♡」

「うちのケーキは美味しいですよね」

「うん!」


 とはいえ、素朴な疑問だけど、先輩はどうして髪の毛を切らないんだろう。

 メガネをかけるのはいいけど、目が見えないほど前髪が長いからさ。

 そのせいで学校にいる人たちにいつも暗いオタクって言われている。でも、あの人たちは長谷川先輩がすごい美人ってことを知らない。これは空言ではなく、先輩は本当に美人だった。


 一回だけだけど、前髪を後ろに流した先輩を見たことあるからさ。

 多分、ケチャップが前髪に飛んだ時のことだと思う。

 前髪を洗って後ろに流した時、その場ですぐ「美人」って言葉が出てくるほど美人だった。だから、どうしていつもあんな格好をしているのか分からない。二年生が知っていることなら、多分三年生たちもこっそりあんなことを言っていると思うけど、大丈夫かな? 先輩は。心配になる。


 とはいえ、きっと理由があるからあんな格好をしているんだよな。

 というわけで、聞けない俺だった。


「どうしたの〜?」

「いいえ、なんでもないです」

「あっ、あごに生クリーム……ついたよ。優。拭いてあげるからじっとして」

「あっ、ありがとうございます。すみません」

「ふふっ、いいよ〜」


 そして最後の一口を食べてフォークを下ろした。


「あっ、今日店長来れないかも。用事ができたらしい、私たちに頼むって〜」

「そうですか。じゃあ、そろそろ帰りましょう。皿は俺が洗います」

「うん〜。あっ、そうだ! 優」

「はい?」

「今週の土曜日空いてる?」

「バイト……」

「それは店長に任せよう。午後には店長が来るから」

「そうですね、なら時間があるかもしれません。どうしましたか?」

「一緒に映画観に行かない? めっちゃ面白そうなホラー映画が上映中だからね」


 洗った皿を拭きながらどうすればいいのか悩んでいた。

 土曜日は小柳が来るかもしれないから……。

 でも、来るって言ったことないからあくまで俺の推測だ。なぜかそんな気がしたからさ、土曜日だし。


 まあ、何かあったらすぐ連絡してくれると思う。


「はい。行きましょう」

「やった〜、後輩と一緒にデート〜。ドキドキ〜」

「子供ですか」

「そうだよ〜。子供だよ〜」

「帰りましょう、先輩」

「うちに行くの〜?」

「…………」

「冗談〜」


 電気を消してお店を出る優と雪乃、そして鍵をかける二人の姿を電柱の後ろでこっそり撮っているあや。


「やっぱり、二人はそういう関係……? やっぱりそうだったんだ。優も浮気をしたくせに……、優も浮気したくせに! どうして私だけ。こんな目に……」


 そのまま二人が一緒に歩く写真を撮る。

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