5 信じていたことはすべて幻

 新学期だから学校に行くのは当たり前のこと。

 学校をサボるわけにはいかないからさ。

 でも、朝からあやに裏切られたことを思い出してすごくつらかった。天気はやっと晴れになったのに、俺がいるところには日が当たらないような気がする。誰かに捨てられるのは初めてじゃないけど、ずっと信じていた人にまた捨てられるのはけっこうつらかった。


 そしてあやには言わなかったけど、俺の中にはあやしかいなかった。

 ずっと一人だった俺にあやは傘を差してくれた小柳と同じ天使様だった。中学生の時からずっと一人。いや、周りにいる人たちがすべて消えたのは小学生の頃かもしれないな。


 だから、ずっとあやに頼っていた。

 あやの存在が俺が生きている意味だったからさ。


 そしてまたすべてを失った。俺に残っているのはお父さんの家。

 この家だけ。


「…………」


 その時、スマホにものすごい通知が来てびっくりする。

 クラスのグールプチャット。ここには一応クラスメイト全員が入っているけど、イベントとかがない時は誰も使わない形だけのグループチャットだったはず。どうしていきなりたくさんの通知が来たんだろう。


『五十嵐キモい。最低だ』

『彼女のことをなんだと思ってるんだ?』

『未練が残って前田くんの彼女を奪おうとしたって!』

『体だけの関係だなんて、マジで信じられない。今までみんなに優しくしてあげたのは全部嘘だったってわけ? 気持ち悪い』

『さっさと死ねばいいのにな〜』

『キモい』

『気持ち悪い』

『あやちゃんが可哀想だ。前田がいなかったらあやちゃん今日学校に来なかったかもしれない。優しいふりをする五十嵐より前田の方が何倍も優しい! さすが前田!』

『みんな、優がこれを見ているかもしれないからもうやめよう』

『前田! あんなクズも庇うの? 友達だから? 優しすぎじゃない?』

『さすが前田だ。カッコ良すぎる!』

『ええ、あんなクズを庇うなんて。自分の彼女に手を出したやつを!? どんだけ優しいんだよ。前田』

 ……

 ……


 なんだ、これは……? しかも、真っ赤になったあやの手首の写真を送っている。

 どうして俺がみんなにこんなことを言われているんだ? 俺は何もしてないのに。

 どうして、どうして……、クズになっているんだ? 手がすごく震えていてそのままスマホを床に落としてしまった。


 ……


 どうすればいいのか、もう分からなくなってきた。

 そのまま学校に来たけど、教室に入るのが怖くてしばらく廊下でじっとしていた。

 でも、ずっとこのまま教室に入らないのもあれだから、勇気を出してドアを開けるしかない。ちょっとだけどうなるのか想像してみたけど、最悪の結末しか浮かばなくて諦めた。


「…………」


 そして教室に入った時、俺はあの空気を読んでしまった。

 クラスメイトたちの視線が俺に集まる。怖い、怖すぎる。そのまま席に着いた俺はどうすればいいのか考えていた。さっきまでざわざわしていたはずの教室が俺が入ってから静まり返る。


 今更だけど、黒板には俺の名前と「変態」という単語が書かれていた。

 どうやらあっちで俺の悪口をしていたらしい。

 死ねとか、気持ち悪いとか、そういうのもたくさん書かれている。俺は何もしてないのに———。


「…………」


 その時、机の中から空き缶が出てきた。

 これは……ゴミ? 両手を机の中に入れた俺は、中がゴミでいっぱいだったことに気づいた。誰が俺の机にこんなものを……。


 やばい、教科書にガムがついている。

 しかも、濡れている。


「おいおい、変態。あんなことをしておいて堂々と学校に来るなんて、お前すごいな。俺なら学校に来なかったはずだ、絶対に」

「そうだよ、五十嵐。俺はお前のこと優しいやつだと思っていたのに、裏でこっそりあんなことをしていたのか? あはははっ。セックスのために一ノ瀬と付き合ったって噂本当なのか?」

「いや! どうしてそうなる! 俺は———」

「あの二人が全部話してくれたよ。一ノ瀬が断ったから我慢できなかったんだろ? ずっと優しくしてあげたのにやってくれないから我慢できなかったんだろ? お前マジで最低だな、彼女を殴るなんて」

「そ、そんなことしてない! 俺は……、あやに手を出したことない!」


 すると、圭人とあやが教室に入ってきた。


「あや! なんとかいっ———」


 ちょっと話をしようとしただけなのに、すぐ圭人に蹴られる。

 そのまま床に倒れてしまった。


「おいおい、優。お前、あんなことをしておいてまだ諦めてねぇのかよ。そしていきなり女の子の腕を触るのはマナーじゃねぇぞ?」

「何も……! 何もしてねぇよ! 俺は! 本当に何もしてない!」

「あやちゃんは! ずっと泣いていたよ? 五十嵐がいつもエロい目であやちゃんを見ていたから、あやちゃんそれが怖くて何もできなかったって。可哀想……。本当に最低だ!」

「そうそう! 最低だよ、五十嵐お前は!」

「…………」

「証拠ならいくらでもある! 今朝のグループチャット、見たよな? 五十嵐。写真もあるぞ」


 俺があやに手を出すわけないだろ?

 それにあの写真……、俺はしらねぇよ。


「…………」


 ダメだ、この状況で何を言ってもこいつらは聞いてくれない。

 なら、どうすればいいんだ?

 あやは教室に入ってから俺のことを全然見てくれないし、ずっと圭人とくっついている。二人の間に何があったのか分からないけど、少なくとも彼氏だった俺にそんなことをするとは思わなかった。


 あやはその場であのバカみたいなクラスメイトたちの話をすべて肯定した。

 やっぱり、俺はあの人の話通り死んだ方がよかったのか。心が完全に壊れた。


「おいおい、みんな。こいつ泣くかもしれないからもうやめてくれ、人はみんなミスをする。手を出したとはいえ、あやも優のこと許すって言ったからさ。クズだけど、もういい。可哀想だからやめよう」

「確かに……、優は私にひどいことをしたけど、これ以上騒ぎを起こしたくないからね。みんなもういいよ」

「圭人はマジで優しいな」

「まあ、二人がそう言うなら……」

「五十嵐のことを庇うなんて、圭人もすげぇな。いろんな意味で」

「まあ、こんな風に人をいじめるのは楽しくないからさ」


 やっぱり俺はいらない人か、生まれてはいけない人だったのか?

 価値のない人間……。


「優」


 そして圭人が手を差し出した。


「圭人……」


 その時、俺はあいつの顔を見てしまった。

 あいつはさっきみんなに「もういい」って言ったくせに、この状況をすごく楽しんでいるように見えた。

 ニヤついている。


「それでも俺はお前の友達だからさ、優」

「……友達か」

「そう、みんなに責められているのを見ると俺も胸が痛くなるからさ。あやに手を出さなかったら俺もお前のことを殴らなかったはずだ。あっ、これは言わない方がいいかも。ふふっ」


 わざとだな、わざとみんなの前であんなことを。

 でも、俺の話なんかどうせ聞いてくれないから諦めた。

 もうここにいられない。そのまま教室を出た。


 ……


 大袈裟だと思われるかもしれないけど、俺にとってあやはすべてだった。

 人を失ったことあるから好きという感情は持たない方がいいと思って告白を断ったけど、それでも俺のことを好きって言ってくれたからあやを信じることにした。好きという言葉に子供みたいに喜んでいたあの時の自分を思い出すとまた胸が痛くなる。


 すべてだった。あやは———。


「…………」


 そのまま屋上に向かった。俺に残っている選択肢はたった一つ。

 この面倒臭い世界から消えること。

 もう耐えられない。この喪失感が……、過去のトラウマとともに俺を苦しめている。


「五十嵐くん……!」


 そして屋上のドアを開けた時、後ろから小柳の声が聞こえてきた。


「小柳……」

「屋上で何をするつまり?」

「教室に戻ってくれ、一人でいたい。今は……」

「早く答えて! 顔色も悪いし、さっきクラスメイトたちが五十嵐くんのことで話していたから……。心配だよ!」

「小柳は俺のこと心配しなくてもいい。俺たちはしょせん他人だ。そんなことに自分の時間を使わないで早く教室に戻ってくれ」


 そのまま屋上に来た俺は目の前にあるネットフェンスを見てため息をつく。

 まあ、そうだよな。そんなことできるわけないよな。しばらく遠いところを眺めていた。


 その時、小柳が両手で俺の腕を掴んだ。


「一緒にじ、授業を! サボるのはどう!? 五十嵐くん」

「えっ? 小柳は戻ってくれ。優等生が授業をサボったら先生に怒られるよ?」

「い、今は……授業より大事なことがあるから戻らない! 五十嵐くん、さっき死のうとしたでしょ?」

「…………」


 腕を掴んでいる小柳の手がすごく震えていた。

 でもさ、どうして小柳が泣いているんだろう。


「泣くなよ……」

「だって……、変なこと考えてるから……。五十嵐くんが変なこと考えるのは嫌だ。死ぬとかそんなこと考えないで!」

「分かった。俺が悪かった。ごめん、小柳」

「うん……」


 泣きたいのは俺だけど、小柳がずっと涙を流しているから彼女が落ち着くまでしばらく屋上にいることにした。

 こんないい天気に女の子を泣かせるなんて。俺のせいだよな。


「はい。これで涙を拭いてくれ」

「……ありがとう」


 てか、そんなことしなくてもそうする気はないのに……、小柳はずっと俺のシャツを掴んでいた。片手で涙を拭きながらずっと俺のシャツを掴んでいた。

 どうして俺のことを気遣うんだろう。

 よく分からない。

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