~歴史を刻む遺跡~

気付いたら眠ってしまっていた。チュンチュンと鳴く鳥のさえずりが聴こえ、差し込む朝日に顔を顰め瞼を開く。

帰ってこれなかったことと夢じゃなかったことが確定し、少し落ち込むと同時に嬉しかった。

隣を見るとナーラはまだ眠っている。すやすやと可愛い寝息を立て、赤ちゃんのような寝顔をしていた。その唇に触れように手を伸ばす。

「んん"ぅ。」

突如獣のような唸り声を上げたナーラに、俺は慌てて手を引っ込める。数瞬後ナーラは瞼を開いた。

「あ、おはよぉ〜」


俺たちは昨日の食糧の一部を朝ごはんにして、マシクルに別れを告げ、次の場所を目指した。

しばらく歩くと、川が見えた。先程の海に繋がるのだろうか。チョロチョロと小気味良い音が流れ、俺は自然と目を閉じていた。川の音色が体の中に染み込んでいくのを感じる。

「あっ、見て見て!ワカヒコ!」

今度はなんだ?とナーラが指さす方を見つめる。

今度は空虚ではなかった。そこには石でできた大きな遺跡がそびえ立っていた。

「なんだこれ、この大きさに今まで気づかなかったなんて」

この世界は遠くの輪郭がぼやけている。だから一定距離に近づくまで認識できないのだろうか。

「もちろん、行くよね?」

ナーラがGoを待つ犬のような顔でこちらを覗き込む。

「あぁ、行こうか」

その言葉にパッと顔を明るくし、ナーラは先に駆け出していった。


遺跡の壁面にはひびが走り、その間隙から苔がむし始めている。近づくと微かに石灰の香りが鼻腔を擽った。中に踏み入ると、コツンと靴の音が遺跡内に響く。空気が冷たくひんやりとしたものに一変した。先程の川は遺跡の中へと続き、地底湖を作り上げている。

中の道はかなり複雑な構造をしていた。1部崩れかけて通れない道もあり、俺は気を引き締めた。

「すごーーい!!うわー湖じゃない?これ!みて、エメラルド色だよ!底見えなー!」

そんな俺の緊張をナーラは1秒で砕ききった。好奇心の赴くままにパタパタと遺跡内を駆け巡るその姿を見て、俺は頭を抱える。

「ナーラ、崩れかけてる道もあるから気をつけてね。落ちたら怪我じゃ済まないかも」

「わっ!」

注意を呼び止める声も無意味、壁湿ってる〜硬〜いとペタペタしていたナーラはその壁と共に奥へと倒れていった。

「ナーラ!」

焦った俺はナーラのもとに駆け寄る。幸いにも奥に空間があり、ただ壁面を壊しただけで済んだ。へへへと気まずそうにこちらを見るナーラに俺は手を差し出す。

「お、ありがとう。気が利くじゃん〜」

「うるさい、早く立って」

ナーラが俺の手につかまり、立ち上がる。

「いや〜焦ったね、死ぬかと思った。崩れるもんだね、こんな硬そうな石でも」

「だから言ったじゃん...か」

すいません、とヘラヘラしているナーラの奥に興味深いものを見つけ、俺は奥の部屋を進む。

「お、どうした?何かあった?」

最奥部の石壁。

そこには猫の頭、羽のような腕と逆三角形の胴体を持つ天使の壁画が文字と共に刻まれていた。

「これって...天使?可愛い、けど美しい。

こっちはなんて書いてあるんだろうね?」

そう言って笑いかけてくるナーラの声に、しかし俺は全く反応できなかった。

「『この世界を創造した神、カナタハルカ』」

「えっワカヒコこの字読めるの!?知ってる文字ってこと?」

いや、知ってるはずはない。それでも何故か分かる。この文字はそう読むのだと確信があった。

「いや、知らない。けど読める」

「へ〜凄い、私にはサッパリだよ。

それで?なんて書いてあるの?」

俺はその文字を一通り読んで聞かせた。

内容はなんてことない、創世記の神話としてはありがちな内容ばかりだった。

「『カナタハルカは生命を守りたかった。故に力で争いを治めようと試み、その生命を奪ってしまう。深い悲しみに包まれたカナタハルカは二度と繰り返さぬよう、双世界を慈愛で照らし続けている』...だって。文字はここで終わってる」

「は〜、なるほど、そうだったんだ!え、私たち凄いこと知っちゃったね」

「いやいや、神が世界を作ったなんて、そんな非科学的なことあるわけないじゃない」

「え?でも私は有り得ると思うけどな〜」

「まさか、世界なんて既に原子レベルで解明されてるのに」

「...じゃあ、この世に物質が存在するのはなんでだと思う?」

「えっ?」

「この世界がはじまった理由だよ」

「...インフレーション理論でのビックバンの前は無だ。なぜ無から有が生まれたかは分からない。でも、『科学』が現在の世界を記述できているのもまた事実だ。」

「そうだね、でも真実とも思わないかな。確かに『科学』は理論が通るし再現性もあると思う。でも、理論が通る説明かどうかと真実かどうかは別だと思うの。」

「じゃあ、実際その理論を元に便利な道具も生み出されてるのはどう説明するのさ。」

「それは、既知の現象の範囲内での話だから。まだxの値が1~3までの物質にしか遭遇してないだけで本当は世界には+(x-1)(x-2)(x-3)という変数が隠れていて、x=4に当たる新物質と遭遇した瞬間、世界の物理法則が根本から転回する大きなパラダイムシフトが起こるかも。違う?」

「そんなの極論だよ。それに、限定条件下では真実であるままだし、検証反証を繰り返してる分、よっぽど真実らしいと思うけど。」

「それは真実じゃなくて仮説の一つに過ぎないって言ってるのと同じ。それに、将来覆るかもしれないけど現在の理論を真実として信じろってそれは宗教と一体何が違うの?」

「それは...」

「ワカヒコは『科学』という宗教を信仰してるんだよ。別にそれを否定はしないよ。豊かな生活や大切なものを守るための知恵の結晶である『科学』はとっても大事。でも、他の論を排斥しちゃダメ。心が貧しくなって、何も見えなくなっちゃう。」

「...」

「ワカヒコ。ワカヒコはホントは気づいてるよ。何が大切なのか。」

「...分からないよ、そんなの。」

「すぐには認められないかもしれない。だけど、私はワカヒコが心で自然を慈しんでくれたことを知ってる。今はそれで十分!」

ナーラのその言葉に、俺は何も返すことができなかった。二人の間に訪れた静寂に、地底湖へ水が滴るポチャンという音が響く。

「さっ!私はもう1回地底湖でも見てこよっかな!」

パンと手を合わせ、ルンルンと口に出しながらナーラは崩れた壁をくぐっていく。

俺はしばらく瞼を閉じて思考をめぐらせた。

うん。俺も地底湖、見に行こうかな。

そのとき二人で見た地底湖は、エメラルド色をしていると思った。

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