~はじまりの海~
耳元から、さざめきが聞こえた。
ザザーン、ザザーンという音がどんどん近づいてくる。
海だろうか。
いや、教室で波の音なんて聞こえるわけが無い。
バッと上体を起こして音の正体を探る。
目の前には虹色の海と白い砂浜が広がっていた。
空は綿あめのように淡くピンクがかっている。
遠くの方の輪郭がぼやけていた。淡い宝石のような、どことなく儚さを感じる世界だと思った。
これは夢か?そう思い波に左手を伸ばす。
想定していた水の感触は指に伝わらない。代わりに届いたのはシャリシャリとしたかき氷のような感覚。砂のように細かい7色の粒が波打っていた。手のひらにくっつく事はなくサラサラとこぼれ落ちる様は砂ではない未知の物質であることを証明していた。
「あ、起きた〜!良かった。生きてたのね」
思考を巡らす俺の上空から不意に声が響く。
独特な芯の強さを感じる少し高めな少女の声。
見上げると、いつの間にか右側に同い年くらいの女の子が立っていた。
胸元程度の黒髪、丸く優しそうな瞳、白いワンピースがよく似合い、ついでに胸も大きい。
「あんた誰?」
「ナーラよ。」
「いや、名前じゃなくて」
「ここ、私のお気に入りの場所なの。五感を使ってこの世界のはじまりを感じられる」
「...お前、タカヒコ系の人間か」
「タカヒコ?何それ?」
「話聞かねえやつってことだよ」
よく分からなそうな顔をするナーラと名乗る少女に俺はため息をつく。
「じゃあ行きましょ!ワカヒコ!」
そう言い無理矢理手を引っ張るナーラに満更でもない気持ちにさせられるのが悔しい。
だってコイツ、顔が可愛いし、女の子だし。
「で、当てはあるのかよ?」
「あるわけないじゃない。そもそも異世界から来ました〜なんて人初めてなのよ」
そりゃそうだ。そうホイホイと神隠しのような非科学的なことが起きてもらっては困る。
「でもお前、俺が帰る手伝いしてあげるって」
「えぇ、嘘はついてないわ。面白そうだし。」
「はぁ、何でこういうヤツはこうなんだ...」
俺はつい頭を抱えてしまう。
「あっ、みてみてワカヒコ!」
なにか見つけたのか?と思いナーラが指さす方を見る。そこには砂浜という名の空虚が存在した。
「お前、スピリチュアル的なものも持ってる?」
「スピリ...なに?」
「いや、なんでもない」
「あぁ、ワカヒコストップ!!」
急に強く言われ今度はビックリして固まる。
「あぁ、良かったぁ。もう気をつけてよね」
「お前が待て、説明足らずが極まりすぎて全く何を言ってんのか分かんねぇよ...」
「もう、目が悪いんじゃないの。下、見てよ」
下?と思い見ると、子ガニが砂浜を歩いていた。
「向こうで1匹発見したと思ったらここにもいたのね。親子かしら。それとも兄弟?」
「カニに家族なんて概念ないだろ。バカだし」
「あら、手のひらに乗ってきたわ。こんにちは」
「全然話聞いてねぇ。」
「あなた、足怪我してるのね。それで助けを求めにきたの?分かった、ちょっと待っててね」
そう言って肩にかけていたカバンから見たことのない塗り薬を取り出す。
「それは?」
ナーラはこちらを笑顔で振り向いて答えた。
「これはこの子たちの足が再生しやすくなる塗り薬よ。ワカヒコの世界にはないの?」
ないだろ。需要がない。
「うん、ないよ。」
「そっか、悲しいね。いつかできるといいね」
ナーラはまるで宝石を扱うかのように丁重に足の切断面に塗り薬を塗っていく。ナーラの視線は恋人を見つめるかのごとく愛おしさに溢れていた。相手はただの子ガニだというのに。
俺は何故か自らの足と子ガニの欠けた足を見比べていた。
「これで大丈夫。みんなの元に帰りな。またね」
俺は、人生で初めて、カニに対して小さく手を振ってみた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます