二十話 作戦会議

ハイレイ集落



 研究施設区画の中央に存在する棟の一室には、ハイレイの生活の基盤と言っても過言ではない重要施設があった。各地に散らばった白銀や白銀に友好的な者たちで形成される情報網からは、技術から新型魔術理論、加えては世界情勢などの情報が入ってくる。

 要はワイェイン立憲君主国にばら撒かれたスパイからの情報が集結しており、これによってインリンという危険地帯に自らを封印して白銀だけの生活圏を築き上げた封鎖地域は最も進んだ技術力を誇る文化圏となった。


 その情報網を繋げる通信器具の部屋でいつも通り資料を読み漁っては研究内容に思考を巡らせていたフウハは緊急信号によって現実に引き戻された。


『総統!灰色連中から緊急情報が送られました!』


 集中のあまり気づかなかった場合は大問題であるが故、伝えてくれるよう言っておいた通信室の管理を担う研究員は大声で宣言し、その内容を記した紙を読み上げた。


『…え、キリカー?嘘でしょ、少人数でも危ないのにあそこ大軍で越えたら兵站持たないわよ。』


 何かの冗談だと思いたい。だが、灰色連中がこのような誤情報を送ることに何もメリットもなければ、本気でこれを間違えるほど無能でもない。

 自分の表情が困惑一色に染まっていくのを感じつつも、思考する。


 魔物処理?いくらキリカー山脈の魔物が強くてもそれは帝国軍相手では赤子も同然だろう。しかし、それは充足率がまともである前提だ。

 あらかじめ越える分の物資を持って行くことは全くもって現実的ではない。では、どうするだろうか。兵站課の部隊が陸経由で物資を届ける?少なくとも越えた後すぐ攻撃に移れるほどの万全な状態は実現できるわけがない。


『ねえ、シンツァちゃん、帝国は飛行魔術を使える?』

『そのような話は聞いていませんね。帝国は魔物運用によって効率よく戦闘しているらしいので、それの可能性が高いかと思われます。』


 なるほど、魔物運用か。自分の中で状況の全体図が形成されていく。


『…だとしたらまずいわね、一刻も早く援軍を出すべきかしら。シンツァちゃん、兵舎区画に飛行魔導官の招集をかけて。』

『ですがヤネルニ閣下、灰色連中に飛行魔術を披露することになりますよ?おそらく彼ら以上の魔力操作補助能力を有す飛行演算機を引っ提げた精鋭部隊を送り出すのですか?』

『そうよ、帝国の方が危険だわ。出し惜しんでワイェインが崩壊すれば、もはや私たちは無力。癪だけど連中の資源を密輸してもらえなければハイレイは終わりよ。応じてくれるかは分からないけど、あのリヲウ族の子も呼んでほしい。』


 頷いた通信室の管理研究員は手慣れた動きで操作パネルのスイッチを次々と切り替えていった。


『さあ、カンネル帝国、答え合わせさせてもらおうかしら。』


 咄嗟に書いた雑なメモを睨みながら、通信室の稼働している機械の音に紛れるようにフウハはそう溢した。




ハイゼルグ司令部



 新たに形成されたカヒラカル戦線の状況は芳しくない。通信兵からもたらされる情報から浮かび上がる状況は明確に帝国が有利。しかし、被害が大きすぎる。デンカール中将は報告書を睨み、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。


『…連中も飛行の戦闘運用の可能性に気づいたか。まだ切りたくはない札だったが、ストレッファラ部隊を送り込む必要性が出たかもしれないな…』



 会議室に集められた士官は皆暗い表情を浮かべていた。最初に口を開いたのは、ほぼ放心状態になったツァレグ少将だった。


『飛行魔術?そんなものが実現できるわけがない、魔力操作で空気の圧縮と噴出による基礎的な加速術式ですらまともに安定しなかったのだぞ…。しかし報告書には騒音無しでの飛行だったと、噴出式では無いのか…?魔力場操作を採用したのか…?正気の沙汰じゃ無い、否、あれは机上の空論であるはず、そうだ、我々帝国研究者が実現できなかったそれが実現されているなど何かの間違いだろう…』

『…ツァレグ少将はこの状態ですが、いかがなさいますか、デンカール上官。』

『彼女の知見は欠かせない。ツァレグ少将、我々帝国は魔物運用による空軍の実現といった、実用的な手段を取ったに過ぎない。そろそろ話を進めさせていただくが、いいかね?』

『…失礼しました。』


 沈んだ表情のツァレグ少将からは、技術部としての悔しさと屈辱がありありと滲み出ていた。


 全く、技術的にどれだけ凄くても非実用的な魔術理論に基づく兵器の需要は無いというのに、これだから技術部の狂人は。


 内心そう呆れつつも、デンカール中将は机の作戦図を参照しながら状況の確認を進めていった。


『実現可能であれば、戦闘用のストレッファラ部隊を最前線に直ちに展開するべきかと。』


 何も迷いなくそう宣言したのは、その冷徹さが評判のファイゼア少将。自分と一致した意見が彼女から返ってきたことはありがたいことだった。


『立憲君主国の抵抗がどれほど無理をしている状況なのかが判断しかねます。敵空軍による空襲で多大なる被害を被りましたが、それも防御部隊を中心とした布陣によって対策が進められつつあると。しかし、同時に少し引っかかる点があります。』


 自信満々なファイゼア少将を抑えるように、ヴァオディン少将がすかさず返す。


『ああ、連中は絶対防衛線であるはずのその地区で、大軍が確認できているにも関わらず総じて挑発する程度の遠距離攻撃以外は常に撤退して行っている。これまでの抵抗からして、あまりにも不自然だ』


 自分のその発言に対して頷くヴァオディン少将を見て、同じ懸念点を意識している士官の存在に安心感を覚える。現状帝国に欠けるものは、このような慎重さだ。残念ながら本国の参謀本部はこの帝国の欠点に感染しているが。


『森林地帯でのゲリラ戦を狙っているのかと。であれば敵国の制空能力は低いのではないでしょうか。森林地帯での空襲は有効な戦法ではない、その見解で間違いありませんか、ツァレグ少将。』

『現時点では、と付け加えさせていただきます。敵が投下してきた遅延爆裂魔術は防御部隊で何とか対応できますが、敵の飛行技術が上がり砲撃部隊のように対物砲弾のようなものを投下するようになれば探知された瞬間壊滅的打撃は否めません。森林地帯で悠長に塹壕を掘る余裕も与えられないことも予想できますので、迅速に目標地点を制圧する必要は出てきます。』


 それを聞いたファイゼア少将はニヤリと笑い、追加質問をする。


『では、ストレッファラ部隊で制空権を取ることはどうでしょう。』


 ツァレグ少将は特に興味無さそうに細めた目でファイゼア少将を見つめた。


『犠牲は出ます。連中が実現したであろう飛行魔術は世界中の研究者が皆諦めた理論体系の基成り立っていることでしょう。自ら発生させた魔力場で飛行するという、要は術式投射機の理論上の最大射程で曲射して相手が正面に展開している防御魔術を避けて一撃撃破を狙うようなことを実現した連中です。理論上できてもそれをまともに運用できるはずがない、にも関わらずそれをやり遂げた以上、警戒は必要でしょう。』


 それを聞いたファイゼア少将はその笑みを崩さずに頷いた。デンカール中将も何となく彼女の考えが理解できた。


『ファイゼア少将、間違っていたら訂正してもらいたいが、ストレッファラにより敵に制空権を取り返す対策を取る必要性を強制し時間稼ぎをする。その間に電撃戦で包囲網を形成する、そして制空権に重点を置いていた敵空軍による空襲が激化する前に塹壕を形成して戦線を堅める。どうかね?』


 ファイゼア少将に視線を向けてそう説明していくと、彼女は少し頰を引き攣らせた。


『はい、そう愚考しております。』

『…不利になればストレッファラ部隊を撤退させることが可能である、制空権を前提としない戦法。電撃戦での制圧が叶わなければ撤退する必要性があれど、こちらの航空戦力は壊滅的打撃を受けない為撤退時の兵站確保もできる…。自分もこの方針に異議はありません。』


 ヴァオディン少将は脳内で模擬戦を実行していたのだろう、目を閉じて思考を整理するようにかろうじて聞こえる程度の声で独り言を言うと、目を開けて賛同の意を示した。

 ツァレグ少将も頷き、技術的懸念点が致命的にならないと知ったからか、これ以上は発言しなかった。

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