十六話 ハイレイの捕虜

 ハイレイ第一部隊の四人は、お世辞にも友好的とは言えなかった。インガはそうでも無いかもだが、彼の言動からしてユィンヒと関わっている理由の根底はただの知的好奇心だろう。

 それでも彼の場合は会話ができるだけよかったが。他の皆は最低限の事務連絡的な発言以外彼女に向けなかった。

 ユィゼルグの研究員達も同じく、彼女を外部の敵である可能性を秘めた危険因子といったように扱ってきた。一人隔離されていた以上、どれだけ快適さは確保されていても囚人のような感覚に陥ることは当然だろう。


 立憲君主国は帝国と敵対している、そして自分は帝国の軍人であったと言う事実は忘れさせてもらえないらしい。


 だからこそだろう、噂からして超がつくほど排他的なハイレイの白銀達の捕虜となると聞いた時は不安以外の何物でもなかった。そしていざ到着すると、意外にも一番気楽に過ごせることに安堵した。

 帝国での共通認識としては、捕虜は強制労働に駆り出されて良くても最低限の生存権が保障されている程度のものだったが、ハイレイでは普通に他の皆と同じような生活が保障されるらしい。

 無論、それはここまで連れてきてくれた四人組のような兵士層や機密事項を取り扱っているであろう研究員層といった、この社会におけるエリート層ではなく農民や鉱山労働者、魔物などの敵の発見信号を担当する哨戒官などの層としての生活だが。


 帝国から直接被害を被っていないハイレイの者のほとんどはインガに感情を持たせたような雰囲気で、明らかにこちらに情報を与えないよう気をつけているだろうが特段強い警戒心は露わにしてこなかった。

 特に研究員は興味津々にユィンヒから情報を引き出そうと質問しにわざわざ彼女が働いている畑区域まで来ることもあった。もはや帝国への忠誠心など粉砕されている以上、尋ねられたことに対してはそれ以上の答えを返すようにしているが。

 唯一警戒心を露わにしてくるのは帝国の残虐さを知っているごく一部の兵士層だが、彼らもユィンヒに敵対心が無いと判断しているためだろうか、距離を感じる堅苦しい言葉遣いではあるが話しかければ対応はしてくれる。


 そのような、違和感を感じるほどの待遇に慣れつつもあるとき、いつも通りに畑の管理用機械のメンテナンスに励んでいると後ろの方から呼びかける声が聞こえた。


「あ、いたいた。ユィンヒだっけ、ちょっといい?」


 その声に反射的に背筋が伸び、速攻振り向いた。ハイレイの白銀はほとんどが補助語を知らないらしく、補助語が聞こえるときはせっかちな研究者組であることがほとんどである。

 彼らを待たせると勝手に話を始められて対話の機会を失い、結果長時間拘束されるためすぐに対応することが身に染み付いた。そして思わずそこに立っている人物を見て後ずさる。


「どしたの、別にここは軍じゃないんだから気楽にしなよ。」


 そうユィンヒの反応を見て愉快に笑うヤネルニ総統を見ても、士官学校で叩き込まれた習慣はそう簡単に崩れるものではない。ハイレイで最も偉い人物を前に、その上捕虜の立場で言われた通りに気を抜くなど不可能に近い。


「ヤネルニ閣下、本日はどのような要件でしょうか。」


 ハイレイでは身分関係なく皆が生活しているとはいえど、元研究員の総統が畑区画に来ることはまず無い。現に他の農民は興味津々に作業を辞めて見に来ている。

 これまでも何度か総統と話したが、大抵ユィンヒが呼び出される形でだった。緊急性が高いのだか、それとも総統の研究者気質から暴走して研究関連で勝手にユィンヒのところに突撃してきたのかは判別できないがそのどちらかで間違いないだろう。


「君が信頼に値することはこの数週間で証明されたからねぇ、そろそろその通信兵としての魔力操作能力を私たちの研究に活用してもらいたいな、って思っただけよ。」

「…内容は何でしょうか?」

「飛行魔術の効率化と安定化ね。今だとモディツァルしかまともに継戦能力を維持した上で飛べないわ。圧倒的にデータ量が足りないの、そこであなたにもやってもらいたくてね。あと、通信魔法との並列使用が実現できそうなら通信機とか言う余計な荷物を魔導官に与えなくても済むわ!これは通信魔法適性のある数人にしか通用しないけどね…でも、これはハイレイの警備にも活かせるはずだわ!あ、もちろん対帝国戦にもね!」


 息を荒くしながら頭の処理が追いつくのに苦しむ速さで事情説明するヤネルニ総統を見つつ、彼女がきた理由は十中八九後者だなと若干頰を引き攣らせながら思った。


「…参加させていただきます。しかし、この作業だけ終わらせてからでお願いします。」

「え、あ〜それは大丈夫、みんなに伝えとくから。」


 そう宣言して直後に彼女は周りに集まっていた皆に向き直った。


「Drher jarhenyev mye, lyon?」

「「「Lyonrhn!」」」


 ハイレイでは補助語話者が絶望的に少ないが故、若干理解してきたハイレイ方言のおかげでなんとなく内容が理解できた。作業を中途半端に放置してみんなは本当にいいのかと問いたかったが、畑区画の仲間たちは皆いい笑顔だったので考えることをやめた。


「Yiwki, lyoghavn!!」

「falow, aw, falov myen…」


 ユーキ、おめでとう!

 そう言われて、改めてハイレイ文化における研究の重要性を確認した。技術と理論を崇拝するかのようなこの文化さえ取り入れられていたら帝国も戦争せずに豊かになれたのではと思考するあまり、お礼で噛むというなんともパッとしない形でユィンヒは畑区画の仲間たちと別れた。

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