十二話 転換の兆候
ディアテリール陽暦1134年7月 ユィサック研究所
『…すごい量の帝国兵器ですね。こんな良い状態で鹵獲された大量の兵器、見たことありませんよ。』
そう感想をこぼしたのは、衛生兵の制服に身を包んだどう見てもまだ専門学校はおろか、基礎教養学校も卒業していなさそうな少女だった。
彼女が言う通り、ほとんどの場合は鹵獲できた兵器は敵によって破壊された後のものだった。そのままでも安全性をガン無視すれば使用できそうな程度のダメージの鹵獲兵器は異様だ。
彼女、ハンロ・レイカはその容姿からは想像できないほどの専門知識を用いて兵器を能動魔力探知で分析した。
『魔術投射機と術式演算機、ですかね。術式演算機は攻撃性を伴う回路設計かと。私の専門外なので、他の修士に回して欲しいです、師匠。』
彼女は冷静に隣に立つ博士、ゼユメイ・ユーマに告げた。
彼は淡々と予想できた、嫌な任務を告げる。
『ハンロ君、君に頼みたいことは改造班としての内容ではない。正常に動作する鹵獲兵器を装備した部隊を戦線の援軍として送るらしいが、帝国軍と同等の射程での殴り合いになるだろう。衛生兵である君も援軍に向かって欲しい。』
『…承知しました。』
『余裕があれば鹵獲兵器の異常も検知してくれ、どうも威力重視で安定性に欠いた回路設計だからな。あと、回路をオーバードライブできるように軽く改造したらしいから危険度は上がってるらしい。』
『…』
異常検出?そんな余裕があるわけない。それは軍医である師匠もよく理解しているのだろうが、普通に無理を言ってくる。
それに加えて、突貫改造による強引な射程延長?魔力理論に疎い訳ではない、要は術式圧縮機構を強化したのだろうと容易に予想できる。
臨界点に到達しないよう絶妙に圧縮した術式を形成してより遠方まで届かせる。つまり兵士が体の近くで爆薬を抱えて敵に届くことを祈って発射するということだ。
一歩間違えると大惨事、敵兵は大歓喜という最悪な兵器でさえ運用をせざるを得ない程壊滅的な充足率は未だ改善の目処が立たない。
一刻でも早く自国の安全性が保障された兵器が普及して欲しいのだが、それは無い物ねだりだろう。
一人でも多く救う。それが今の自分の任務だと、レイカは改めて気を引き締めた。あわよくば、全員無事に帰って来れることを祈りながら。
ハイゼルグ司令部
立憲君主国の反撃は苛烈になっていく。加えてイェンハリールの険しい自然環境も帝国軍を襲っていた。強力な魔物に祖国の荒野や平原、砂漠といった開けた場とは大きく異なる森林は最悪な環境の一言だった。
要塞化されたハイゼルグに移動された司令部では、帝国軍の士官が複数人作戦計画図を睨んでいた。
『諸君、我々は現在危機的な状況にある。戦線の停滞、敵の我々の戦略への適応、そして優勢が崩れつつある状況での士気低下。立憲君主国軍は地理優位を見事に活かして要塞線を構築してきたと、誠に遺憾ながらそう評すことが妥当だろう。』
ゼヴン人特有のストレートヘアの男は響く声で宣言する。
『デンカール中将、これ以上敵要塞線への攻撃を続けるのは得策ではないでしょう。これは戦略の変更が必要かと。』
そう言った女は冷徹な目線を作戦計画図から先ほど発言した男、リャンヒ・デンカール中将に向けた。
『ファイゼア少将、一応言うが弱腰と捉えられかねない戦法は上が認めない。ハイゼルグから撤退し、別地点からの戦線突破は諦めたまえ。』
それを聞いた女、コンフェイ・ファイゼア少将は不敵な笑みを浮かべた。
『もちろんです。私が提案しているのは人的資源の無駄な浪費を削減するためであって、戦略的撤退ではありません。』
『続けたまえ。』
『目的の再定義です。イェンハリール・ハイゼルグ戦線は今や停滞、強行突破は不可能と考えていいでしょう。しかし、同時に敵は我らが有利な土地まで出てこれば押し込むことは不可能です。目的を敵の意識をこちらに引き留めておく、そう定義すれば突破ではなく圧力をかけるだけで済むため、こちらの犠牲者は減らせます。要は別の突破口を作るまでの時間稼ぎです。』
ファイゼア少将の提案を聞いた技術部の隈が濃い女、フォンリャン・ツァレグ少将が怠そうな表情で付け加えた。
『魔物制御による空軍運用の目処はついています。それが実現可能となれば沿岸部周辺の平坦で航空攻撃と陸上部隊の突撃攻撃で敵部隊の圧殺を狙うことも可能でしょう。それまでの時間を稼げば連中が使用し始めた遠距離爆撃術式や森林地帯で猛威を振るっていると報告を聞く魔力圧縮式狙撃術式による射程の暴力も意味を為さないことでしょう。』
沿岸付近の戦線。それを聞いてあからさまに嫌な顔をした男、ツィンラン・ヴァオディン少将は注意をするように言った。
『沿岸部からの戦線拡大ですか、制海権がなければ後方上陸を許して包囲される危険がありますよ。海軍の運用にかかる時間的にも時間稼ぎが成功しなければ逆に戦力分散で沿岸戦線部隊とイェンハリール・ハイゼルグ戦線部隊ともに大打撃を受ける可能性があります。博打するべきかは決めかねます、空軍でハイゼルグから森林方面を焼き払って強行突破をしてはダメでしょうか。』
尤もな懸念だった。帝国海軍は特段強力なわけではなく、また海軍のドクトリンに機動性は存在しない。大陸国家で強い海軍を持つ理由は精々防衛目的であり、海を超えた領土がない以上海上国家からの本土攻めに抵抗するための戦力程度でしかない。
立憲君主国のように島も勢力圏に組み込んだ国家ほどの海軍戦力が無い以上、仮に自国の船団が目的海域に到達しても制海権が取れるとは限らない。
敵から新型砲で艦砲射撃をされたらたまったものでは無い。
『残念ながら森林を焼き払う為に魔力を消費してしまえば空軍の継戦能力に大打撃を与えることでしょう。』
それはそうだ。魔物とて魔力は有限。疲れていれば戦力外もいいところだろう。
『キリカー山脈から突破すればどうでしょうか。空軍のサポートが無ければ不可能ですが、だからこそ敵は警戒しない。』
『ほう、空軍運用で何をする気だ?敵は警戒していないが故、殆どいない想定のはずだが?』
『ええ、攻撃のためではありません。兵站です、充足率が山脈越えで底辺まで落ち、部隊は壊滅。それが敵の想定であれば、物資を航空部隊によって届けられ、まともな充足率の陸軍が山脈から雪崩れ込んできた場合たまったものでは無いでしょう。』
ファイゼア少将の考えに、一同頷いた。膠着状態の打開が現実的に感じられるその案は、採用の価値があった。
立憲君主国と帝国の兵器開発。全てはこれで決まるだろう。
インリン・ヒサック戦線
圧倒的な射程有利で能動探知に引っかかった敵に次々と帝国式爆裂術式をお見舞いする友軍。それを眺めるレイカはとてもではないが落ち着ける状況になかった。
既に欠陥品の圧縮ミスで術式投射機が爆散し、二名犠牲になっていた。レイカが駆け寄った頃にはそれを発動していた兵士は防御魔法が間に合う訳もなく凄惨な最期を迎えていた。
苦しまなかっただけ喜ばしいのかもしれない、そう自分に言い聞かせて辛うじて防御できたもう一人に治療しようとするも、それは絶望的な傷だった。至近距離で食らった術式投射機だった破片が横腹に食い込んだ彼はもう救えない。毛に流し込んだ魔力で実現された魔力場による防御領域も、高度な魔術理論によって展開した防御領域補強も、全てが即死を阻止しただけの無意味な行為だった。
『…ごめんなさい。できることは…?』
申し訳程度にかける痛覚麻痺魔法と的確な霊力破壊による苦痛軽減。それしかできないことが悔しい。
『ありがとな、嬢ちゃん…そう暗い顔をするな、この任務に参加した時点で分かっていた。』
倒れた中年兵士は、既に半分は意識がここに無かった。
『…あぁ、くそ、仇を、取れなかった…』
一瞬、倒れた兵士の目がレイカを捉えた。
『…嬢ちゃん、これ、を、娘…の…分を……』
弱々しく押し出された魔術投射機を両手に握り、目を固く閉じた。
命を救えない無力感。以前からの、いくら押し込んでも這い上がってくる思い。
衛生兵は飾りだ。自分の努力は一体、誰を救っているのだろうか。
…殺してくる あ い つ ら を消した方が味方の被害は少ないのではないだろうか。
…そう、全てを奪った、帝国の連中、を。
手が震えて、まともに兵器を構えられない。それでも、感情が無理矢理それを敵に向けるよう命令する。
こちらに気づいているであろう敵の魔力波は接近と共に強くなる。レイカは手を引き金にかけて、寸でのところで止まった。
自分は何をしようとしたのだろうか。
手を下ろす。深呼吸と共に、平常心を呼び戻す。
私情は駄目だ、命を救うべき自分が復讐で殺してどうする。
何をしようと、死んだ家族は帰って来ない。どれだけ敵が死んでも、味方の死は覆らない。
レイカが再度武器を構えたとき、その手は安定していた。引き金をゆっくりと引き絞る。流れ込む魔力は安定し、オーバードライブで強引に圧縮された術式も異常はない。
これは救えなかった兵士から託された一撃。
これに自分の思いを乗せてはいけない。戦闘員の道ではなく、味方の支援による貢献を選んだ自分が復讐と殺戮の道に進んではならない。
しかし、救えなかった味方への贖罪としての攻撃、それくらいは許されてもいいだろう。
発射による光が次々と発せられた。今度は誰も爆裂に飲み込まれることはなかった。そして全員の魔力探知から、綺麗に帝国小隊の反応が消滅していた。
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