四話 対話
ヴァイラーン立憲君主国旧都ハイゼルグ西部森林地帯
息切れのパルチザンはこちらを睨む。警戒されているが、敵認定はされていないようだった。ユィンヒは安心しつつも、すぐに行動に移った。悠長にしていたら援軍が来て殺される、そんな予感がした。
「こちらの武器は要らないのですか?」
補助語でそう尋ねると、相手は呆けたようにこちらを見る。は?こいつは何を言ってる?と言うかの如く、訝しんで睨みつけてくる彼女からは相変わらず殺気を感じる。しかし、構うことなく告げる。
「では、死体とともに消しまs」
「待った。武器は回収させて貰う。」
相手が遮ってすぐに言うと、ユィンヒは頷いた。想定していた通りだ。せっかくの保存状態の良い敵兵器を鹵獲する機会だ。それは今後の戦争でも有利に働く事だろう。そのような考えに至ったことに驚きを覚えたが、よくよく考えると致し方ないのではなかろうか。これまで見てきたことから確かだ。祖国が戦勝国となれば、血に染まった歴史が刻まれていくことだろう。
帝国は立憲君主国に負けるべき、そう本気に思えてくる。
武器の回収が終わり、残った死体は爆破魔法で次々と粉砕していく。仮に帝国軍が確認に来ても、誰が死んだか判らないように。自分が生存したこと、いや、裏切ったことが判明しないように。
何故そこまでするのだろうか。その疑問が浮かぶが、すぐにそれを抑え込む。この裏切りをきっかけに疑われ、冤罪で処刑される同胞を考えると自然とこの対策をとる選択肢以外が消えた。自分にまだ彼らを思いやる気持ちが残っていたことに驚きを覚えたが、どうやら完全に祖国を捨てる事はできなかったようだ。
「…何故助けた。メリットが無いだろう、意味が分からない。」
リン族の兵士はそう言ったが、躊躇なく味方の死体を処分するユィンヒを見て若干警戒心を解いたようだった。敵の敵は必ずしも味方では無いが、この条件下ではユィンヒが敵であると結論付けることは色々と無理があるだろう。相手から見れば、彼女は暫定味方といったところだろうか。
「なんででしょうか、私もよくわかっていません。」
「そうか。一応言っておくが、私は敵だ。」
そう始めた立憲君主国兵は瞬時に刀を抜刀し、斬撃を飛ばした。後ろの細めな木がバキバキと折れながら退路を塞ぐように倒れた。
「そして君は捕虜でもなんでも無い帝国兵。悪いが私にも任務がある。」
睨みつけてくる相手の兵士は、どこか殺意に欠けていた。無理して威嚇しなくてもいいと思うのだが、何か狙いがあると考えた方がいいのだろうか。
「…私は帰る場所などありません。そして、あなたと戦いたくはありません。好きにしてください、捕虜になる以外の選択肢はもはや残っていませんから。」
相手は初めて視線を和らげた。戦意はない、そう手を上げたユィンヒを眺め、彼女は頭を横に振る。
「悪いがそれはできない。命を救ってくれた恩人だ。そんな人を殺したくはない。行け、次会った時は死ぬと思え。」
「…捕虜を獲ってないのですか?」
「…君はこちらの憎悪を理解していないようだ。ああ、捕虜は居る。その殆どが収容所への輸送中で死ぬがな。皮肉にも、脱走兵は戦線近くで野宿する方が安全だ。」
言葉が出ない。自分の愚かさに反吐を覚える。当たり前と言われると反論できないが、先入観がその思考を遮断していた。いくら平和主義的な立憲君主国であっても、結局その人民は自分たちと同じく感情を持つ。祖国を不当に攻められ、全てを失った者は復讐に燃えて当然だ。その矛先が捕虜に剥くことは容易に想像できる。
「行け。インリン地方の奥地まで。魔物は強いが、封鎖区域ハイレイが周辺では最も安全だろう。そこに住む者は、特段君達を恨んでいない。」
そう言ってパルチザンは森に溶け込んでいく。
「彼らは、君たちよりも私たちを恨んでいるかもな。」
自虐的にそう笑った彼女の表情まで、遂に見えなくなった。残るは彼女の微かな匂いと魔力、そして闇の中できらりと光る目だけだった。
「Luheim, falowmya. 見逃がしてくれて感謝します。」
心なしか、光る目は消える前に和らいだように見えた。
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