第一章
一話 接敵
ディアテリール陽暦1134年7月 ヴァイラーン立憲君主国旧都ハイゼルグ西部森林地帯
なんで自分はここに居るのか。自問自答を繰り返してはすぐに頭に浮かぶ解答で諦観を覚えて任務に勤しむ。より豊かな生活、それを夢見て祖国の為に戦う。愛国心などとっくの前に捨てた。残るのは無辜の民への義務感と、生への執着心だった。
できればもう殺したくないが、戦場の現実を理解しているつもりだ。自分が生きる為にも軍人としての社会的立場を維持する為にも敵は排除する。ユィンヒ・ヨーヴァという人物はその切り替えができた。
だからといって好きでやっているわけでは無いのだが。帝国軍人の鏡として合理的かつ容赦無いといった点を買われて周りから褒められることは誠に遺憾である。配当された食材を食べる時、連中は嗤いながら「無力化」した人数を競う。そのような狂人どもから尊敬されるなど、誰が好き好んですることだ。勝手に胸糞悪い話を横でイキイキ語ってるだけなら文句は無いが、是非ともその話題をこちらに振らないでいただきたい。そして、そんなくだらん数字を記録して何になる、と突き放すと何を間違えたのか英雄と謳われる殺戮兵器の仲間扱いしてくる。
憂鬱を冷静の仮面で隠し、ユィンヒは今日も機械的にハイゼルグ周辺地域の偵察部隊と行動する。
『Trhaimiher03 からハイゼルグコントロール、Trhaimiher03 からハイゼルグコントロール、通信連結を確認。』
『こちらハイゼルグコントロール、感度良好。Trhaimiher03、応答されたし。』
『こちらTrhaimiher03、感度良好。これより目標区域の偵察に向かう。』
『了解した。Rheanaigh02 とTrhaimiher06 も接敵の確認は無し。可能であれば目的地点まで進軍せよ。』
『承知した。Trhaimiher03、アウト。』
無茶を振ってくるものだ。夜行性相手に夜間作戦とは、なめ腐っているのか無能なのか。どうせ両方だろう。しかし、遺憾ながらこちらは軍人であり、上からの命令は絶対だ。不満を抑え込みながら、ユィンヒは通信魔法を解除した。どこから敵が出るかもわからない、魔物と敵兵の独壇場に不利条件で突っこんでいく中、私情を持ち込むのは自殺行為である。
合理的判断に基づいた最善策をとり続けてもなお生き残れるか怪しいのだ。せっかちな作戦本部に災いあれ。泥沼戦争を長引かせる無能政治家どもに災いあれ。そして、危機感のない帝国の戦闘狂どもは少しは共に戦わなければならない者のことを考えていただきたい。ハイゼルグ制圧戦で連中は何を学習したのかが謎でしかなかった。
ユィンヒは視線を絶えず周囲に向ける。魔力探知には何も引っかからないが、生命が蔓延る森林地帯ではそもそもノイズが酷い。昼行性の彼女らの目では、暗順応したところではっきりと見える訳ではない。頼りになるのは己の聴覚と嗅覚のみで、敵との情報量の差が絶望的すぎる。能動探知の索敵範囲が恋しいが、魔力波を周囲にぶっ放すことは得策ではないだろう。受動探知で敵から位置ばれして終わりだ。敵が同じく発達した準眼を持つリン族では、彼女ら同様に魔力波を感知できる。せめて準眼が退化した他の種族であれば能動探知の長所が短所をカバーできたのだが、と現実逃避したくなりながらも、ユィンヒは組と共に進んだ。
ワイェイン立憲君主国旧都ヒサック西部森林地帯
『魔力探知機に微弱な魔力源の移動を確認しました。現状それの正体は判りません。』
『味方、ではなさそうだ。カガ君、ここに残って魔力探知を続けてくれ。必要があればそのまま撤退してくれ、機械を帝国に鹵獲されることは全力で避けるべきだ。私は索敵に向かうが、念の為周辺のパルチザンにも警報を出してくれ。接敵する可能性がある。』
それを聞いたリン族の青年は頷いた。黒い毛で闇に溶け込むその青年、アカルシ・カガは、森の中へと消えた相方、ミャコ・カラサを見送りつつ長距離通信機に警戒信号を流した。同時に他の区域で活動している魔力探知班からの情報を参照していた。
進行方向とその速度、生命活動を示唆する魔力源が規則正しく布陣を取っているかのような安定感のある魔力波干渉。間違いなくそれは魔物の物ではない。帝国軍だ。
カガは無意識のうちにため息を吐いていた。不利状況でも帝国軍が自信満々に進軍してくる。立憲君主国軍はその程度にしか思われていないらしい。妥当な評価だろう。環境的有利、地の利、索敵成功、戦力の量的拮抗と言った圧倒的にこちらに部がある現段階でも勝てるか怪しいと評するべきである。
『はぁ、カラサ、冷静を保って援軍を待ってください。』
※
魔力反応は強くなってくる。遠方には味方がいることが確かだが援軍が素早く合流できるとは考えにくい。明らかにそれは局所的人数不利と言ったところだろうか、不意打ち以外は現実的ではない。無論、不意打ちしたところで敵の援護射撃で戦闘不能になるだろうが。敵は最低でも四人、おそらくもっといる。カラサは森林を駆けながら次の行動を決めるべく算盤を弾く。勝算は低い。加えて、敵方面から規則的なノイズが魔力波の形で発信されている。通信兵、すなわち強力な魔導兵が最低でも一人はいることが確定した。対するこちらは軽量化重視で刀と小型爆破魔術の演算機を携帯した、言わば近接戦闘用装備である。圧倒的理不尽以外の何物でもない。
当分の間は適切な距離から援軍を待つしかない。魔力波の自然放出を抑えるべく、隠密魔法を展開して接近する。霊力消費に伴う嫌な精神疲労で気が狂いそうになる。過剰霊力消費だ。無意識に気合が入って無理をしたようだった。隠密魔法を緩めるが、その瞬間背筋が凍るような感覚があった。敵からの魔力波が移動していない。探知されたのか。息を潜めて茂みに身を隠すが、魔力反応は接近してくるのみ。カラサは自分の不注意を呪ったが、こうなってしまえば仕方ない。復讐心と言った感情的動機が邪魔して来たか、と彼女は自虐的に嘲笑した。合理的判断をしているつもりだったが、どうやらそれが過剰評価だったようだ。
戦場で感情を持ち込んだ自分に非があるのだろう、論理に基づいた行動から外れた愚者となった彼女への因果応報だろうか。よかろう、どうせこの不利状況は打開不能なのだ。せいぜい足掻いて、道連れにしてやろう。
笑みを浮かべるカラサの目は、笑っていなかった。
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