第24話 幼馴染の憂鬱
「ねぇねぇ、馬場さん」
頬張ったピザを飲み込んで、根津が亜加里に声を掛ける。
「何?」
「馬場さんって歌上手いよね。この後一緒に歌わない?」
「……」
根津はデンモクを見やりながら尋ねる。その直後、少しだけ亜加里の手が止まった。
「……止めとく」
「そう? 残念」
その申し出を断る亜加里。根津は食い下がることはなく、次のピザに手を伸ばす。
「アカリ、歌が上手いんですか?」
しかし、その話題を掘り下げるソニア。亜加里はソニアの歓迎会で歌っていたのだが、クラスメイトの相手をしていたので知らなかったのだ。
「別に、普通だけど……」
「謙遜しなくていいのに」
根津は首を傾げながらそう言って、ピザを口に運ぶ。咀嚼して、コーラで流し込んだ。
「謙遜はしてないけど……」
喉の渇きを覚えて、グラスに口をつける亜加里。しかし、中身は既になくなっていた。
「ちょっと、入れてくる」
「はーい」
これ幸いと、グラス片手に部屋を出る亜加里。
ドリンクバーのコーナーまで来て、そっと溜息を漏らした。
「……しんどい」
溜息と一緒に、弱音も口から出てきた。
亜加里は友達が少ない。ソニアがやって来るまで殆どいなかった。幼馴染の枝垂が唯一と言っていいくらいだ。
いや、正確に言えば、幼少期はもっと友達が多かった。それが成長と共に減っていき、中学に入る頃にはほぼゼロになっただけで。
「ほんと、嫌になる……」
思い出したくもない、今までの人生の記憶。それが亜加里の脳内を埋め尽くしていた。
◆◆◆
馬場亜加里の人生に最盛期があるとすれば、それは小学校低学年の頃だ。
当時の亜加里は絶好調だった。同年代の子たちと比べて、体は大きく、運動が出来て、頭もいい。そのため、常に自信に満ち溢れていた。
大人たちからは、良く言えば神童、悪く言えばガキ大将といった評価をされていた。
しかし、彼女の栄華は長くは続かない。
年齢が二桁になる頃には身長が伸び悩み、勉学でも躓くようになった。高学年になると、身長はクラスで小さい方になり、勉強も中の下くらいに落ち着く。
弟の頼人や幼馴染の枝垂にも両方追い抜かれてしまい、彼らとの立場は逆転した。
成長が頭打ちになるにつれ、彼女自身の態度も変わっていった。自信は失われ、卑屈になり、更には他人を避けるようになっていった。
今まで人生イージーモードだった彼女にとって、この挫折はそれだけ大きかった。背が伸び悩んだこともあって、周囲の人間から受ける威圧感が年々増していたというのもある。
身体能力でも学力でも誰にも敵わなくなり、次第に他人を恐ろしく感じるようになった。元々格上であった大人や年上だけでなく、同学年の子供たちが、どう足掻いても太刀打ちできない存在となった。畏怖の対象と言っても過言ではない。
そんな者たちの中で生活することを余儀なくされたことで、亜加里の心はゆっくりとへし折れたのだ。
そんな彼女に例外があるとすれば、それは頼人だ。弟の頼人は、亜加里が唯一脅威に思わない相手と言ってもいい。
客観的に見て、頼人は亜加里よりも優れた人間だ。しかし、いかにあらゆる点で自分より勝る相手であっても、亜加里が姉で頼人が弟であることは揺るぎない事実だった。
ほんの僅かに早く産まれた、そんな些細な年功序列だけを心の支えにすることで、亜加里は弟相手に畏怖を覚えなくて済んだ。
姉に気を遣ったのか、頼人も枝垂以外の友人と接することが減っていった。クラスメイトとの表面上の付き合いは続けていたが、個人的な交友は殆ど絶ってしまった。それ以降、亜加里、頼人、枝垂の三人で行動するのがお決まりとなっていた。
枝垂は亜加里が過ごしやすい距離感で接してくれるため、亜加里も彼には気を許せていた。脅威に思わない訳ではないが、自分を害することがないと信用できる相手になっていったのだ。
そんな経緯から、亜加里には同性の友人が長らくいなかった。しかし、高二になってソニアが留学してきてからは違った。
枝垂を通じてソニアと接するようになったことで、幼少期以来の女友達が出来たのだ。
とはいえ、亜加里はソニアのことが苦手だった。外見も性格も良くて、運動も出来る。更には日本語を高いレベルで習得したバイリンガル。完璧で非の打ちどころがない女性だ。
女として、人間として、自分の完全上位互換となる存在。そんなソニアと一緒にいると、自分の矮小さを思い知らされるのだ。
◇◇◇
「……帰りたい」
先程までいた部屋に目線を向けて、本音を漏らす亜加里。
ソニアと接したことで多少は慣れたと思っていたが、やはり他人と一緒にいるのは苦痛だった。ソニアだけならまだしも、他に二人もいるのは厳しかった。
根津は明るく元気で働き者。ザ・陽キャの勝ち組女子であり、亜加里が最も苦手とする相手だった。
また、皆川も苦手だった。この少女はクラスの中でも特に垢抜けている。女性として、格の違いを見せつけられる相手だった。
「……そもそも、親睦を深める必要とかあんの?」
後ろ向きな思考が高まって、そんな者たちと交友関係を築く必要性を疑い始めた亜加里。
今回の懇親会は、学園祭の模擬店で同じシフトの者同士で親睦を深めるという名目で開催された。しかし、亜加里はキッチン担当であり、他の三人はホール担当だから持ち場が違う。ただ同性というだけで仲良くする意味があるのだろうか。
同じホール担当の頼人を呼ぶのならば理解はできる。或いは枝垂も呼んで六人で、というのであれば、まだ。
それなのに、女子だからというだけで孤立無援の状況に連れ出されて、不満が募るばかりである。
「……でも、バックレる訳にはいかないか」
だからといって、逃げ出す訳にもいかなかった。それはいくら何でも感じが悪い。
そもそも、嫌なら適当に理由をつけて参加を辞退しておけばいい話である。同調圧力に屈した自分の責任だ。ここまで来たのに今更中座することは出来なかった。
「……戻るか」
グラスに飲み物を注いで、部屋へと戻る。そこまで長引くこともないだろうから、終わるまでの辛抱だ。そう自分に言い聞かせて。
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