第8話 演算能力は素早いですよ。アタシ!


 ホテル・三日月の間――空の缶とカップがある満天の星明かり注ぐ窓際テーブルで、浴衣姿の舞香が外の桟橋を見て髪飾りと目をサファイヤ色に輝かしている……『了解里奈』。


 同・弦の間――良男とその父がシラケ顔で畳の上に立って、里奈の両親と話す。

「里奈さんは、どうして来なかったのだろうか?」と良男。

「申し訳ないですね。良男さん」と里奈の母さん。

「仲良くなれんではないのかな。そちらの娘さんにも困ったものですな。ハアッハハハ!」と嫌味な高笑いも放つ良男父。

「はあ、はあ。申し訳御座いませんでした。先生……」忌憚なき土下座する里奈の父さん。

 しらッと出て行く良男とその父……。土下座を続けている里奈の父さんと、母も四十五度のお辞儀をして……中襖の閉じた音はしなかったが、廊下に出る戸のピシャッ! と言う音が聞こえてようやく頭を上げるご両親。

「あなた!」「仕方ないよ、母さん」「そうね。国も動かす力もある先生ですものね」

 途方もなくの無気力状態で……佇み続けるご両親。


 同・ロビー――エレベーターを降りたその父と良男。もう早々とたばこのケースを出して……吸いはじめる良男。「加熱式だから」と一応人目を気にしたか? その父がやんわりと周囲を見たことに、言い訳がましい良男らが……やっと、『喫煙ルーム』に入る。

 ロビーの大型テレビは民放のバラエティ番組が映っていたが……一瞬ブルーバック状態になって、『フィストリーこの親子あり』のタイトルが出て、見知らぬ番組が放送され始める。ロビーに多数いた他の客らは煙たい顔をしながらも、見入っている。

「これって」「この父親は」「あの先生?」「国会議員だよな。あの」「フィストリーって!」

 と呟き。そこにいる誰もがその父の顔を知っている重鎮ぶり先生で。喫煙ルームを見る。

 喫煙ルームから出てきて……人だかりに気が行って、その矛先を見ると。覚えのないフィストリーを報道しているではないか!

「おおい。お前! これはなんだ? 地方局か?」とロビーの目に入った制服スタッフに問うその父。

「え? あ。はい」と慌ててテレビリモコンで局替えを図るスタッフだが。どのチャンネルもこれが映っている……。「申し訳ありません。分かり兼ねます。先生」

 その声に矛先を向ける客たちが良男父を一斉に認識する。「ああ」「たか、び」「先生だ」

 スタッフからリモコンを無理やり取り返し、電源を消す高尾先生。

「怪しからん。突き止めてやる」とご立腹でその場を去る高尾先生とその息子の良男。


 同・新月の間――フィストリー番組を見ていた里奈の両親が見合って変顔をしあう。


 同・三日月の間――窓際テーブルで髪飾りと目をサファイヤ色の輝きが納まる舞香。



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