第4話 おまえはよいちか?

 お日様位置が先より高く。煌めく水面でスワンボートに一人乗っている新月舞香。ブルーライダースーツで身を包む以外はニュートラルな舞香が……湖畔のキャンプ場をボート陰から気にしている。

 湖畔キャンプ場――朝っぱらから開かれた祝賀パーティーも午前中だというのに盛り上がっているが。周囲推定半径5メートル外にはさほどうるさくはない。『乗入許可書』が目立つようにマグネットで側面に貼られた3台のワゴン車でコの字に囲って防音効果をなしている。中には賢い者もいるようだ。

 一人湖畔に出てきて……遠くを見るともなくの里奈。

「里奈」呼びかけて後ろからゆるりと近寄る良男。

「……」沈黙を保ち振り向きもしない里奈。

「おい」里奈の手を引く良男。

「お願いします。今は一人にしてください。良男さん」湖畔を見たままの里奈。

「俺は夫だよ。一人になんかできないよ」

「たとえ夫婦になったとしても、プライベートは欲しいわ」

「どんな秘密でも共有し合うのが夫婦だよ」

「では、ここに来る途中でナンパしたって。太志さんが」

「ああ。あれは太志だよ。俺じゃないよ」

「……」一瞬振り向いて良男を見るが。すぐさま揺らぐ水面を見る里奈。

「ねぇ」里奈の項をモゾモゾと擦る良男。「俺が慰めるよ」

 良男を見ようとはせず、正面を向いたまま……一筋の涙を頬につたわせる里奈。

「君は俺の許嫁だよ。大学コンパで、ここで出逢ったときからパパに頼んで探ってもらったら。同じ大学の学生と判明して。知り合いの伝手でやっと見つけた」

「……シクっ……」目頭が熱くなり涙を沢山溜めている里奈。

「君の両親も納得したし。結納も済ませたよ」

「……お金、権力、クスン」目の表面張力状態の里奈が歯切れ悪くボソッと。

「この話が駄目になれば。君も両親も美久ちゃんも多額のリスクが襲い掛かるよ。今更ね」

 良男は里奈の真後ろで……性感を刺激しつつ……なだめているつもりだが。

 体を揺らす里奈。「ごめんなさい。今だけは。お願いします。一人にして欲しいです」

「どうして? 俺たちはもう22歳だよ」

「結婚初夜まで。お願いします。堪えてください」肩の震えを押し殺し強張る里奈。

 項に軽くキスをして。「分かったよ。でもそのときは遠慮なくエッチするからね、里奈」と未だキャンプ中の仲間の方へと歩んでいく良男……。

 今は無風で、静かな湖に向いて……シクシクと可能な限り声にせずに泣く里奈。

 スワンボートで屋根の陰から様子を窺っていた舞香が指でピストル真似をして去り行く良男の背に向けて、「パン!」と撃ち抜くふりをする。

 戦ぎだす風に水面が波うつ。この程度の揺れでも舞香なら実弾を命中させていたはずだ。



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