『三度目の滅びを阻止せよ ―サラリーマン係長の異世界再建記―』

KAORUwithAI

Mission0: 神の依頼

 耳をつんざくようなクラクションが響いた。

 帰宅途中の佐藤悠真(さとう・ゆうま)は、ビル街の交差点でそれを聞いた瞬間、心臓を鷲づかみにされたような感覚に襲われた。


 横断歩道へ飛び出した小さな影。ランドセルを背負った少年。

 その視線の先から、大型トラックが猛スピードで迫ってきていた。


 「――危ないっ!」


 考える暇などなかった。

 四十五歳、営業部係長。上からの無理難題と下からの不満の板挟みで、慢性的な胃痛と残業に疲れ切ったただのサラリーマン。

 だが、この瞬間だけは身体が勝手に動いていた。


 全力で駆け出し、少年を抱きかかえて歩道に突き飛ばす。

 その直後、視界いっぱいに迫る鋼鉄の塊。

 ブレーキの悲鳴が耳を劈き、轟音と衝撃が世界を覆い尽くした。


 ――そして、すべてが暗転した。


 ◇


 次に目を開けた時、悠真は真っ白な空間に立っていた。

 上下左右の感覚すらなく、地平も影もない。どこまでも続く純白の光の海。


 「……ここは……病院か? いや、違うな……」


 呟いたとき、背後から気楽な声がした。


 「ご苦労さん。よく飛び込んだな、係長」


 振り返ると、そこに立っていたのは一人の男。

 無精ひげ混じりの顔、くたびれたローブ姿。まるで酒場の片隅に座っているような“おじさん”だが、その眼光は底知れぬ光を帯びていた。


 「……誰だ、あんた」


 「神。って呼ぶのが一番分かりやすいな」


 男はにやりと笑い、気安い調子で言う。


 「はぁ!? ……いや待てよ。俺はただの会社員だぞ? 四十五歳の係長だ。胃薬と残業がライフワークの、くたびれたおっさんに……神様が何の用だよ」


 神は大げさに肩をすくめた。


 「頼みがあるんだ。この世界を――何とかしてほしい」


 「……は?」


 唐突な言葉に、悠真は頭を抱えた。


 「ちょ、ちょっと待て! 世界を何とかって……そんなの勇者とか魔法使いの役目だろ!? 俺はただのサラリーマンだぞ!」


 「いやいや。サラリーマン係長ってのは万能職だろ?」


 神はひょいと指を立てて数え始める。


 「上司の無茶を処理して、部下の愚痴を受け止めて、数字を回す。要するに“潰れかけの組織”を何とか維持する人材じゃないか。滅びかけの世界に打ってつけだ」


 「……世界と会社を一緒にすんな! 数字と人命じゃ重みが違う!」


 「似たようなもんさ」


 茶化すように笑っていた神の表情が、ふいに引き締まる。


 「二度滅びを経験した世界だ。戦乱と疫病で、一度は文明を失い、また一度は国々が崩壊した。

 そして三度目――これで立ち直れなければ、もう放棄するしかない」


 冷たい声に、悠真は息を呑んだ。


 「……放棄?」


 「そうだ。世界ごと切り捨てだ。人々も子供も未来も、すべてここで終わり。

 君が断るなら、それでいい。この世界はもう見込みなし、ということだ」


 にやけ顔は完全に消え、底冷えするような冷徹な光が神の瞳に宿る。


 「さあ、どうする? “ただのサラリーマン”の君は、この世界を見殺しにするのか?」


 悠真の喉が鳴った。胃の奥がきりきりと痛むような感覚。

 (……俺に何ができるんだよ……。でも……子供を助けて死んだ俺が、今度は世界中の子供たちを見殺しにするなんて……そんなの……)


 「……分かったよ。俺に何ができるかは分からんが……やれるだけはやってみる」


 神の口元に笑みが戻る。


 「いい返事だ、係長くん。じゃあ報酬を授けよう。“ワールドサーチ”だ」


 「……ワールドサーチ?」


 「探索魔法だ。ただの探索じゃない。お前の頭にある“地球の知識”まで検索できる。石鹸でも農業でも、スマホみたいに引き出せるぞ」


 「……マジか。けど、知識だけあっても実現できなきゃ無駄だろ」


 「だからこそ、お前が必要なんだ。人をまとめ、組織を動かす力があるだろ?」


 神は指を鳴らした。

 悠真の体が光に包まれ、鈍重だった身体が羽のように軽くなる。固まっていた肩や腰の痛みも消え去っていた。


 「なっ……これ……若返ってる? ……二十歳くらいか?」


 「そうだ。老眼も胃薬も不要だ。もう“おっさんだから”は言い訳できんぞ」


 「……マジかよ……」


 光が強まり、足元が崩れていく。


 「さあ、行け。滅びかけの世界に、新しい係長を送り込むとしよう」


 「……ったく、押し付けやがって……」


 最後のぼやきを残し、悠真の視界は光に包まれた。


 ◇


 ――風の音。


 目を開けると、そこはどこまでも続く草原だった。

 青空の下、白い雲が流れ、風に揺れる草の匂いが心地よい。


 「……ここが、異世界……か」


 胸に残るのは不安と、ほんの少しの高揚。

 佐藤悠真、四十五歳で死んだサラリーマン係長。

 二十歳の青年となり、“ワールドサーチ”を携えて、滅びかけの世界に降り立ったのだった。

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