よからぬことは次から次へと

「そ、そりゃ~藍緒さんはみんなのことが好きだよ⁉」


 咄嗟に言うと、三人にジト目で見られた。

 お望みの答えじゃなかったらしいので、プリンで許してもらうことを試みる。


「ねぇねは?」

「えっ、あっ……いやその」


 プリンが揺れた。慎重にテーブルに置きながら、言い訳を考える。


「やっぱりハルちゃんが好きなの~?」


 言う秋穂はニマニマとしていた。これはマズい。

 勢い余って『秋穂が好き』と答えてしまいそうなくらいマズい。


「そりゃあ好きだよ。みんなが好きだから」

「え~、そういうんじゃなくてぇ」

「そういう秋穂は誰が好きなの?」


 秋穂だって明確には答えられないだろう。

 家族か、唯月ちゃんか、もしかしたら男子組の名前を出すかもしれないけど。


 秋穂は少し考えてから、俺の耳に口元を寄せた。


「アオくん」


 わずかに不安げな、囁く声。

 秋穂の顔からしてからかっているのは分かる――が。

 これを言われて表情を緩めずにいられるだろうか、いやいられない。

 

「藍緒ってやっぱりロリコンなの?」

「やっぱりってなんだよいつから思ってたのッ⁉」


 そんな誤解をされるくらいなら、春乃さんが好きだと認めてしまった方がいい。

 ……俺は春乃さんのことが好きなのか、自信はないけど。

 というかどうしてもって言うならショタコンも一緒に付けてほしいな。


「で、何の話してたの?」


 プリンを配りつつ無理やり話を逸らそうと訊くと、唯月ちゃんが。


「……好きな人へのプレゼント、何をあげるのが普通かなって考えてたんです」

「ユーちゃんがフユくんに――むごっ!」


 秋穂は口を塞がれた。

 おくちが奔放すぎるだろ。唯月ちゃんが茹ダコになってきたぞ。


「昨日、そうかなぁとは思ったよ」

「うっ……」


 唯月ちゃんは深く息を吐いた。


「そうです、そうですよ。プレゼント用意したけど不安になったんです」

「私たちはまるで参考にならないから藍緒に、と思ってたの」

「なるほどねぇ」


 年上だから、いつも頼ってるから、とアテにしてくれたのだろう。

 期待に応えたい――が。そろそろ俺にも限界があるってことを知る時期だろう。


 好きな人へのプレゼント、何が喜ばれるか。

 ――んん知るわけがないッ! なぜなら渡した経験がないからッ!

 だから一般論でしか答えられない。


「まぁ相手の好きなもの渡すのが良いと思うなぁ」


 あまりにも好きすぎるものだと、付け焼き刃じゃ逆効果になることはあるものの。

 相手は小学生――それに冬樹なら唯月ちゃんの想いは汲み取ってくれるだろう。


「ほら、やっぱりそうなんだよ!」

「ああ、好きなもの渡そうと思ってたの?」


 秋穂に身体を揺らされる唯月ちゃんは、小さく頷いた。


「お兄さんがそう言うなら……安心しました」

「よかった。じゃあ渡しに行く?」

「ぇ……あ、あとにします! 今は……えっと、これで忙しいので!」


 唯月ちゃんは近くにあった番犬ワンワンを拾い上げた。

 順番にエサを奪って、番犬が起きたら負けのおもちゃ。


「えー! やろー!」

「とりあえずプリン食べちゃいな。逃げちゃうよ」

「え”、だめ!」


 秋穂は目にも止まらぬ速さでプリンを口に運んだ。

 夏凪と唯月ちゃんは落ち着いてトッピングを盛る。

 

 この間に男子組にもおやつ配ってこようか。

 ――最強のCPUと4対4やってた。楽しそうだった。


 さて、秋穂の部屋に戻り。


「じゃー、アオくんから」

「はいはい」


 カラフルな骨のうち、ひとつを摘まみ上げる。


『ワンワン!』

「あ! アオくん負け~」

「初手で負けられるのね、これ」

「よわ」


 口々に言われるが、俺は驚かなかった。


「もう一回やっていい?」


 やり直し、もう一度骨を取る。


『ワンワン!』

「「え?」」

「……何が起きてるの」


 何度繰り返しても、順番を入れ替えても、俺は番犬に襲われる。

 ゲームを変えても同じ。白ひげ危機一髪でもワニの歯を押すやつでも。

 必ず俺が負ける。

 

「俺、運が悪いんだよね」

「そんなレベルじゃないですよ⁉」

「もうそういう特殊能力でしょ」


 俺は運のパラメータが0なのだ。

 二分の一を必ず外すし、テストでヤマを張れば必ず外れる。


「あ、アオくん……こっちにしよ」

「ごめんな、俺がザコなばかりに」

 

 見かねた秋穂がジェンガを持ってきてくれた。

 気遣いが心に染み入る。

 

 ――序盤はそれぞれ問題なく、抜いては積み上げる。

 基本的には経験の差で俺が有利。


 ……だからだろうか。俺の番、唯月ちゃんが秋穂に何か耳打ちしている。

 よからぬことを吹き込んでいるのは確かだ。

 頷く秋穂は、俺に密着するように近づき。


 

「ざ~こ♥」


 

 ――――……? ――?


「運よわよわ~」

 

 ???????????


「――あッぶねぇ!」

「チッ」


 神経、血管、細胞のひとつひとつに至るまでが、機能を停止していた。

 状況が理解できなすぎて。あわや塔を壊すところだった。

 唯月ちゃん、こんなことに本気出しすぎ。


「藍緒、喜んじゃうから意味ないわよ」

「怒ってくれたらと思ったんですけど……変態だったんですね」

「アオくんって、へんたいさんなんだ」

「秋穂に変なこと教えるんじゃないよ」


 順番に、またブロックを抜き積み上げる。

 そろそろ安全に抜けるのはなくなってきたな。


「運が弱すぎるザコの変態って、救いようがないわね」

「言いすぎだよ。いいところもたくさんあるでしょ」


 ……ちょっと強引に抜くしかないな。

 ここは慎重に――


「ざこのアオくん、だいすきだよ」


「ぉぐわッ! ――ぁあ危ないよ~~」


 ゆらゆらとするものの倒れはしなかった。

 ……いやもう、ジェンガなんてどうでもいいよ。


 唯月ちゃんの顔からして、命令されて言ったのではないだろう。

 でも秋穂の頬が膨らんでいるから、攻撃の意思はあったのだ。


 セリフだけもらってその意図を汲み取り、アドリブで……?

 役者の才能あるよあんた。


「モテモテで羨ましいわね」

「ナッちゃんのことも だいすきだよ?」

「ひっ――ぅ……はい、冷静」


 当たり前でしょみたいなテンションで言われると食らうよね。

 さぁ唯月ちゃんの番だ。妨害しよう。秋穂に俺の携帯を渡す。


「ユーちゃんこっち見て」 

「いま集中してるの」

「えい」


 ブロックを引き抜く瞬間、視界の端に携帯の画面が入り込む。

 そこに映るのはオオカミ着ぐるみの冬樹。

 唯月ちゃんは吸い込まれるようにその写真を見た。


 ドガシャァン!


「あ。ひ――卑怯ですよ!」

「誰が言うか」


 ジェンガは無残にも崩れ、テーブルに散らばった。

 唯月ちゃんは携帯を両手で持ち、食い入るように見つめている。


「はい、そこまで。見たのナイショね」

「うぅ~……チクって信用なくしてやる……」

「お、チクりに行くの?」


 片付けながら言ってみると、唯月ちゃんは唸ってから鞄に手を入れた。

 取り出されるのは小さな紙袋。


「行く」


 どうにか冬樹だけ引っ張り出すか。

 そう考えながら、みんなでトコトコ階段を下りるが。


 リビングには誰もいなかった。


「あれ? フユくんたちどっか行っちゃった?」

「ちょっと外見てくるから、ここにいて」


 玄関に靴がなかった。……どこまで行った?


 最悪の想像ばかりが頭をよぎる。

 ……いや、落ち着け。冬樹や玄がいながら遠くに行くとは考えにくい。

 庭でも十分に外で遊びたい欲を発散させられるはずだ。


 俺は飛び出し、庭を駆け回る――と。

 

「なぁにやってんの~~」


 木に集まる男子共を見つけた。


「にーちゃーん! ここやっべぇよ」


 木の上には奏士。よく登ったな。

 本当に小学生男子とかいう生き物は。


「やっべぇから降りてくれ」

「はーい」


 もし枝が折れ、あの位置から落ちたら。ただでは済まない。

 怪我をした時のこと、その後の対応のことを考えたくない。


「あっ」

「バカッ」


 足を滑らせた奏士は落下し――俺の腕に尋常ならざるダメージを与えた。

 危ない……本当に危ない。


「俺のいないところで危ないことすんな」

「にーちゃんカッケー……」

「まず反省しろ」

「ごめんなさい」

「よし」


 さて。言い訳くらいは聞いてやろうと男子共に目をやると。


「「「奏士が」」」


 と、いっせいに指をさした。


「え、おれ⁉ ……まぁ、おれか」

「素直だな。言わなかった俺も悪いけど、外出る時は声かけてほしかったな」


 もし外に出て、道路に飛び出したりなんかしたら。

 ……猛暑の中、何も持たずに外に出るのも怖いしな。

 

 男子を引きつれて帰り、汗を拭いて水を飲ませて……と。

 こっからどうしようか考えないと――電話? 春乃さんからだ。


「どしたの」

『忘れ物! 台本があたしの部屋の机にあると思うんだけど』

「見てみるよ」


 朝、持ち物の確認はさせたはずなんだけどな。

 ラジオの台本はちゃんと鞄に入れていたはず。

 

『駅まで行くから持ってきてほしいです』

「わかった」

『ありがとう……愛してる』

「はいはいどうも」


 春乃さんの部屋、机の上に確かに台本が置いてあった。

 ……でも、これは。


「夏凪ー。忘れ物届けに行ってくるから一瞬頼む」

「……うん、見とく」

「ありがとう!」

「今は一番お姉ちゃんなんで」


 なんて頼れるお姉ちゃんなんだ。

 みんなで仲良くしといてくれることを願いつつ、駅に……。


「自転車を買おう!」


 走るしかない。恐らく10分弱かかる。気合いを見せよう。


 ――ということで俺は気合いを見せた。


「藍緒ぐ~ん!」

「はっ、はぁッ……朝あんだけ言ったのに! ……でも、これで合ってる?」

「うん、合ってる。ごめんなさいでした」


 ラジオの台本ではなく、たまに名前を聞く青春スポーツ漫画の台本だ。

 普段は持って行かないものだから忘れやがったのかな。


「こういうのもやってみろって言われてて。でもあたしは……」

「話はまた今度でいいから急ぎなさい!」

「はい! ありがとうママ!」

「性別すら守られなくなったな」


 女優業にも挑戦ってことか。むしろ今までやってなかったのが不思議。

 春乃さんならメインヒロインだって張れる器だろう。

 見てみたいなぁ……。


 ……見送って、帰るとしよう。

 体力を使い果たしたのでゆっくり歩く。


 増殖したチビたちだけでも手一杯なのに、デカい人が変なことしないでほしい。

 俺がいなかったら白瀬家、どうなってたんだろうな。


「……あれ?」


 靴が少ない。舌の根の乾かぬ内に?

 ――いや、チビたちの分はある。友達組の分がないのだ。

 解散した? 日が落ちるには早い。


 リビングに一人、夏凪がいた。


「夏凪、みんなどうした?」


 夏凪はデカぬいぐるみを抱え、顔をうずめていた。


「帰った」

「……そう。二人は?」

「部屋」


 何かよからぬことが起きたのだろう、と理解した。


 顔を上げた夏凪の瞳は、今にもあふれ出しそうなほど潤んでいた。


「藍緒だったら、どうにかしたんでしょうね。藍緒なら……」


 ついに頬を涙が伝い、夏凪はぐしぐしとそれを拭う。

 効くのかは分からなかったが、俺は反射的に夏凪を抱き寄せた。

 

「私は、お姉ちゃんには……なれない」


 夏凪は抱き締める腕に強く力を込めた。

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