冬樹の誕生日

 きょとんとする二人を連れ、照明の落ちたダイニングに戻る。

 食卓の上にほのかな灯火がふたつ。それを支えるものを見て、二人は息を飲んだ。


「……ケーキ?」

「食べてなかった!」

 

 冬樹くんがささやくように言うと、秋穂が跳ねた。

 まだ薄暗がりの中、そのケーキの姿はよく映っていないだろう。


「じゃあロウソクの火、消してくれる?」


 ロウソクは8の形の一本だけ。単に8本差すだけの面積がなかったのだ。

 二人は椅子に上り、ふぅと火を吹き消した。

 同時にまた照明がつけば――


「「わぁ……」」


 揃って声がもれた。きっと市販のものを想像していたのだろう。

 だがそれらは、夏凪が設計し制作したものだ。


「かわいい~! のが――いっぱい!」

 

 たっぷりのホイップと果物、海の動物を象るクッキーが乗るショートケーキ。


「綺麗……だけど、ぇ上、将棋?」


 夜空を思わせる上面に、駒を模したクッキーで詰将棋が行われるザッハトルテ。


 秋穂はいろんな角度から眺め、冬樹くんは盤面を見つめて頭を悩ませた。

 

「夏凪が作ってくれた、二人へのプレゼントだよ」


 言うと二人は目を丸くした。

 当の本人は春乃さんの後ろで、落ち着かない様子でいた。


「ほんとに? ほんとうにナッちゃんが作ってくれたの?」

「藍緒にぃじゃなくて……? っていうか、ケーキって家で作れるんだ」


 夏凪の視線を受けて、俺は頷く。もちろん夏凪100%というわけではない。

 でも俺がやったのは、用意と補佐だけだ。どちらの功績かといえば、間違いなく。


「うん。で、でも味は保証しないし、完璧じゃないし……」


 ここまで夏凪が不安がるのも珍しい。

 今までは一緒に料理をしていたから、俺への信頼で不安が消えていたのだろう。

 だが今回はそうはいかない。


「食べていい?」


 秋穂に言われ、夏凪は恐る恐るというふうに頷いた。

 食べやすいようにケーキを切り分けてやると、二人はフォークを突き刺した。


 それから、無理のない大きさを口に運ぶ。

 まず秋穂はみるみるうちに口の端を上げて、支えるように頬に両手を添えた。

 次に冬樹くんは、続けて何度か口にして楽しんで、おもむろに無理のある大きさをすくった。


「ちょっと、こら! 落ちちゃうよ」


 突然立ち上がるので春乃さんに補助されながら、冬樹くんは夏凪にフォークを差し出した。

 夏凪は意図を汲もうとするように冬樹くんの顔を窺ってから、それに食いつく。


「……おいし」


 驚いた顔をする夏凪に冬樹くんはどうしてか、したり顔になっていた。


「え、秋穂もやる! アオくん手伝って!」


 呼ばれたので向かうと、秋穂は両手を頬に添えたまま立ち上がった。


「手が塞がっちゃったんだ」

「ほっぺたが落ちないように支えてます」

「あ~、大事なお仕事だな」


 それなら仕方がないので、代わりに夏凪の元までケーキを運ぶ。

 冬樹くんの時よりも躊躇をされたが、きちんと受け取ってくれた。


「甲乙つけがたい」

「両方甲でいいんだよ」

「じゃあ両――……でもフルーツの切り方が甘いし、もっと綺麗にコーティングできたはずだから、両方乙で」

「プロ意識が高すぎるな」


 このまま料理の沼に落ちてくれないだろうか。それ全体というより製菓の沼に片足突っ込んでそうだけど。


「おいしいでしょ~」

「どうして二人がドヤってるのさ」

「ハルちゃんも食べてみなって。アオくんも!」


 勧められるままに俺も食べ――ああ、これもう天下はもらったようなもんだな。

 しつこすぎない甘さのホイップに包まれるフルーツ。

 アプリコットの酸味が重なる濃厚なチョコレート。


 春乃さんはカロリーを気にしてか抵抗しているが、全然もう、今更すぎると思う。


「はむ――あぁ……背徳の味がする」

「それは……おいしいの?」

「舌が千切れるほどには」

「つまり美味しいの?」


 春乃さんは涙をこらえるような顔をして、双子に首を傾げられていた。


「さ。もうちょっと切り分けて、あとは明日にとっとこうか」


 胃を爆発されても困るので、ここいらで留めておくとしよう。

 切った分はみんなで食べてもらうとして。


「お腹いっぱい?」

「砂ひと粒も入らない」

「砂は入れないだろ」


 夏凪は俺と一緒に眺める方を選んだらしい。

 こうしていると、俺は料理が好きだけど、それを食べるより与えて眺める方が好きなんだと気づかされる。


「……私は」


 俺の隣で、瞳は俺と同じ景色を切り取る夏凪が、ぽつりと。


「料理なんてできたものを買えばいいと思ってたし、手間かけて作る藍緒の気持ちがわからなかった」


 淡々と、あまり抑揚のない声音のまま夏凪は続ける。


「夏休み入ってから一緒にやるようになって、なおさら、どうしてこんなクソ大変で馬鹿みたいなこと平気でできるんだろうって思った」

「言い過ぎだよ」

「……でも」


 不意に夏凪は俺の顔を覗き込んだ。


「今、わかった。私の作ったものをあんなに嬉しそうに食べてくれるなら、大変とかどうでもいい」


 もし料理を食べてもらって何の反応もなかったら、俺もモチベーションを保てないだろう。

 笑顔になってくれたり、『美味しい』と言ってもらえたり――そんなことで苦労なんて吹き飛ぶのだ。


「知れたのはよかった。秋穂と冬樹に喜んでもらえてよかった。えっと……だから」


 夏凪は俺の顔から視線を逸らして、どこも見ないまま。


「協力してくれて、ありがとう」


 俺は気づけば夏凪の頭を撫でていた。不機嫌そうな唸り声が聞こえた。

 ふわっふわだなぁ、ほんと。


「でももう、料理はいいや」

「なんで⁉」


 どうして余計な一言を付け足したんだ。ありがとうで終わりでよかっただろ。


「だって、藍緒がいるし」

「いついなくなるかわかんないよ?」


 思わず、冗談でも言うべきでないことを言った。


「どうせいなくなんないでしょ」


 夏凪は怒るでも悲しむでもなく、そう言った。

 

◆◆◆


「おやすみの前に、ちょっといい?」


 全ての片づけを終えた後に、秋穂と冬樹くんを呼び止めた。

 着ぐるみパジャマは衣装判定を食らって片づけられている。


「俺からのプレゼントです」


 それぞれに一冊ずつ、アルバムを手渡した。


「え、アオくんも⁉」

「今日の写真……」


 冬樹くんの言う通り、それは今日の写真だけが収められたアルバム。

 それ以降は空白だ。


「これからみんなで思い出作ってこうね~って、アルバム」


 過去のことを忘れることはできないだろう。塗り潰すこともできない。

 ならばせめて、これからの空白を飾ってあげられたらというもの。


「ちょっと待ってて!」


 秋穂は自分の部屋に戻り、すぐに帰ってきた。その手にあるのはシールだろうか。


「ぴっぴっと……あ、フユくんにも貼ったげる」

「え、いいよ僕は」

「今日のとこだけでいいからー」


 なかば強引に、今日の写真たちはゆめかわに彩られていく。

 受け取ってもらえてよかった。


「可愛くなっちゃった……――?」


 複雑な顔をして眺めていた冬樹くんは、表紙の裏に貼り付けられたチケットに目を落とした。


「それは、『何でもチケット』~。一回だけ、俺が何でもするよって券。いつでも、いつまでも有効です」


 サプライズのためとはいえ、二人には少々嫌な思いをさせたからな。贖罪。

 

「いま使ってもいいの?」

「いいけど、もう使えなくなるよ?」

「うん」

 

 秋穂は丁寧にチケットを剥がして、俺に差し出した。

 あんま半端なお願いごとじゃ聞かないからな。券を使うくらいのことじゃないと。


「ずっと、いっしょにいて」


 …………。

 返答に迷った。喜ぶべきなのか、悲しむべきなのかわからなかった。


「そのお願いなら受け取れないな」


 でも、どちらにせよ――俺はチケットを突き返した。


「そんなもの使わなくたって一緒にいるよ」


 毎日起こしてとか、ご飯食べさせてとか、遊んでとか。

 そんなお願いごとはこのチケットでは聞けない。俺の当然の業務だからだ。


「もっと、本気で俺を困らせたい時に使って」

「あ……あるかな~?」


 秋穂が困った顔をしてしまった。まぁ、きっとなんかあるだろ。


「じゃあ、大切にする。藍緒にぃを本気で困らせられるように頑張る」

「やれるもんならやってみな」


 法律に反しない限り……とかつけといた方がよかったかな。


 

 ――さて、二人におやすみして……これで本当に終わり。

 長い一日だった。終わったことを意識すると突然疲労が襲い来る。


「話は聞かせてもらった」

「どぅわッ!」


 突如現れた春乃さんに驚かされたせいで、変な悲鳴が上がった。

 その春乃さんはポスターをひらひらさせた。


「夏の思い出といえば」

「……ああ~」

「そう夏祭りッ!」

「まだ答えてないんだけど」


 近くで規模の大きな夏祭りが開催されるようだ。

 たぶん、毎年やってるけど俺が認識してなかったんだろうな。友達がいないから。


「行こ~。みんなで浴衣着てさ~」

「あ~~~見たいにもほどがある」

「あたしのも?」

「そりゃあね」


 春乃さんの浴衣姿なんて、きっと周囲の人間を無差別に気絶させるほどだろう。

 チビたちも言わずもがな。


「えへへ。じゃあ絶対行こうね」

「はーい。浴衣あるの?」

「べらぼうにお世話になった咲良ちゃんちで買います」

「なるほど」


 俺もついに夏祭りデビューかぁ。それも春乃さんと…………?


「いや、ダメじゃない⁉ 死ぬほど人がいるんだから、永嶺の生徒――じゃなくても一緒にいるのを見られるのはマズい!」

「約束したから」

「みんな目立つんだからさ。春乃さんなんて、知らなくても目を引くんだからさ!」

「約束したから」

「Botになっちゃったぁ!」

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