想いは重なる
結局リビングに、俺と夏凪、そして春乃さんが集まった。
俺が床に、春乃さんがソファに――その膝の上に複雑な顔の夏凪。
「で、そもそも誕生日っていつ?」
「8月8日」
俺が訊くと、やはり不機嫌が抜けていない春乃さんが答えてくれた。
二週間か。激烈に派手なことをしない限りは十分間に合うな。
「今まで誕生日ってどうしてきたの?」
「普通に、プレゼント一緒に買ってケーキ食べてって感じかな」
「二人が言うような、『会』って感じじゃあないわね」
もう少し詳細を聞くべきではあったが、大方の予想はつく。
飾りつけをして、豪華なご飯を用意して、ケーキとプレゼントを渡すと。
「じゃあプレゼントは、二人が欲しいって言ったものを渡してたんだ」
「うん。みんなそうだよね」
膝の上の夏凪は、春乃さんに言われて頷いた。
……――あ。
「そういや夏凪、もう誕生日過ぎてる?」
「5月7日ですけど」
「……おめでとうございました」
「いや、いまさら」
出会うよりも前か。悔しいけど仕方がない。
と思っていると、春乃さんは夏凪の顔を覗き込んだ。
「じゃあ夏凪も一緒にやる?」
「いい。二人の日だし。別に来年でも」
俺は春乃さんと顔を見合わせた。
「――き、聞きましたか藍緒さん⁉ この子当たり前のように、来年も一緒だと思ってますよ」
「全米が泣いた」
「勝手に全米巻き込むな――っていうか、そこまで考えて言ってない!」
俺のことはどうであれ、会をやってほしいとは思ってるのかな。
まったくもう、覚えとけよ。
「で! 藍緒は何が言いたかったの?」
「ん、ああ。二人の欲しいのと別に、何か選んで渡したいと思って」
「はいはい! あたしあります!」
元気に手を上げた春乃さんは、携帯を操作して画面を表示させた。
それはパジャマ――だが普通のものではなく、着ぐるみのようなもの。
「絶対可愛いでしょ」
「ありありと思い浮かぶな、世界を席巻する姿が」
「自明の理」
春乃さんや俺はいいとして、案外夏凪も弟妹を溺愛しているらしく。
真剣な顔で画面を凝視していた。
「どういうのがいいかな。動物?」
「動物か。何が好きなの? 二人」
「シャチとオオカミ」
「戦闘力高いな」
どっちがどっちなんだろう。どっちにしろ可愛いけども。
せっかくなら好きな動物でプレゼントしようという話なのだが。
「ん~……でもないなぁ」
お眼鏡にかなうものは見つからないらしい。
ならば、と夏凪を抱き締める春乃さんは。
「白瀬家の家訓。ないなら作る」
「そうだったんだ……。春乃さん作れるの? 服」
「ははは、無理。だから咲良ちゃんに土下座する」
「なるほどね」
出番早かったな。春乃さんので足りなかったら俺も土下座するとしよう。
「じゃあパジャマは春乃さんに任せるとして、あとご飯とケーキの用意か」
「作るの?」
夏凪が言った。ご飯は作るつもりだけど、ケーキは買って済ませようとしていた。
――だがわざわざ訊くというのなら。
「そうだな、せっかくなら」
「ケーキも作れるの?」
「できるよ。でも俺一人じゃ難しいだろうなぁ」
ちらりちらりと夏凪の顔を窺うと、ジト目を食らってしまった。
「しょうがないわね」
「ありがと~」
千載一遇。夏凪に料理を仕込むチャンスだ。
ここでその楽しさを知り、そして双子の笑顔が見れたなら――。
俺の負担が減る! 負担が――減るッ!!
◆◆◆
作戦は失敗だ。
――いや失敗は言い過ぎだが、俺の想定通りとはいかなかった。
夏凪の興味はケーキの方だけだった。
ただ製菓に興味があるのか、あるいは誕生日ケーキが特別なのか。
どちらにせよ、夏凪は本気だった。
「いらっしゃーい」
一週間。ここ毎日、白瀬家では渾身の三時のおやつが振る舞われる。
「クレープ屋さん⁉」
秋穂が目を輝かせて言った。これも毎日のこと。
双子の目の前であからさまにケーキの練習をすることはできない。
だから単に、夏凪がお菓子作りを始めたということになっている。
様々なスイーツを作りながら、それぞれの技術を学ぶと。
嘘はついていないし――まぁ夏休みだからね、疑問に思わないでしょう。
「何にします?」
この家にはなぜかプリンターがある。
ので、メニュー表を毎回作って双子に見せている。結構楽しい。
「じゃあ、バナナチョコブラウニー!」
先に秋穂から注文が飛ぶ。
だが白瀬家のクレープ屋さんはここからが本領。
「ホイップ入れますか」
言うと、秋穂は数瞬硬直した後にメニュー表を見直し、口をぱっかり開けた。
「ホイップマシマシワールドエンドで」
「世界を終わらせるの⁉」
厨房から夏凪の声が飛んできた。限界を超えてホイップを増すトッピングだ。
ちなみに当然、春乃さんの命名。
「えっと……じゃあ、イチゴアイス。ホイップマシ、カラースプレーマシで」
「あいよ~」
俺が生地を焼き、トッピングを夏凪にお任せする。
ここ一週間でわかったこと――それは、夏凪は本当に天才であるということ。
一度手本を見せれば、寸分違わず再現してみせる。
「はい、どうぞ」
夏凪はクレープを紙に包んで二人に手渡す。
秋穂の方はもう、ホイップしか見えない。
「あ~む……あま!」
「そりゃそうでしょ」
秋穂は口の周りにべったりとホイップをつけて、満面の笑みだった。
「……おいしい」
「そりゃそうでしょ」
もくもくと食べ進める冬樹くんに、夏凪は微笑んだ。
「秋穂もやってみたい」
「お、いいよ。じゃあ俺たちの分、お願いしようかな」
おかわり用に生地は焼いているので、任せてみよう。
「何にします?」
「そしたら、おすすめを」
「はーい! ……ちょっと、フユくんぼーっとしてないで」
「え、僕も?」
まだ食べている途中の冬樹くんは、秋穂に力強く連れられた。
目を離さないようにしつつ、さて。
「どう?」
夏凪に話しかけようとしたら、先手を取られた。
「完璧だと思う。でも足りない」
驚いた顔の夏凪はちょっとレアだな。
「何が足りない?」
「愛情」
可憐なお顔に似合わず、めいっぱいにしかめられた。
「本当だよ。愛情込めて、おいしくな~れって思ってたら、丁寧に作るでしょ?
ダマにならないようにとか、慎重にホイップ絞るとか」
「やってると思うんだけど」
「そうね……あとは――」
秋穂に差し出されたそれは、ホイップクリームであった。
ただひたすらに、紙に包まれたホイップクリームだった。
「これよ!」
「どれよ⁉」
俺はそれに食いつき、どうにか生地に辿り着く。
――がしかし、その内側も果てしなく真っ白だった。
「秋穂ちゃんスペシャルです」
「まるで荒廃した世界のよう」
ホイップ以外は何もなかった。
秋穂にとっては、バナナもチョコもブラウニーも邪魔だったのだろうか。
「はい、夏凪ねぇ」
「……こっちは普通か」
夏凪は呟き、ためらいがちに小さく噛みつく。
咀嚼し、また噛みつき――首を傾げた。
「冬樹くんスペシャルです」
「……――全部盛り⁉」
中を覗くとどうやら、ありったけのトッピングが入っているようだった。
やることが正反対だな。
「まぁつまり、押し付けるような愛情よ」
「言われた通りに作ったのに」
「確かに。じゃあこれからは夏凪に任せるよ」
本番のケーキのデコレーションも、夏凪の言う通りにしよう。
「おいしい?」
「うん、とっても」
「……そりゃあね」
双子は顔を見合わせて、はにかんだ。
◆◆◆
〖Side:春乃〗
「痛っ……ぬわぉ……」
うっかり指を縫い付けるところだった。
「お姉ちゃんが代わろっか?」
「いい。やれることはやらないと」
あたしのやれること。それはボタン付けと簡単な刺しゅうのみ。
原案とサイズを渡すと、咲良ちゃんはものの数十分で型紙を作り上げた。
それからコツコツと――いやガツガツと、褒められないやり方で進めている。
「ふあぁ……。春乃、帰らなくて大丈夫なの?」
「まだ大丈夫。藍緒くんがいてくれるし」
「そっか~、同棲してるもんね」
「うッ……ぁ危な~」
針を持っている時に動揺させないでほしい。
ただでさえ睡眠時間が削られて思考が鈍っているのに、変な考えで頭がいっぱいになったら困る。
「咲良ちゃんこそ、ごめんね。大変なこと頼んで」
「いいの、趣味だし。チビちゃんたちにできること、これくらいしかないし」
「……ありがとう、お姉ちゃん」
「――わ~っ! もっともっと」
あたしは、周りの人に恵まれている。
なのに誰にも頼ろうとしないで……――だから! 余計なことを考えない。
過ぎたことは過ぎたこととして、先のことを考えないと。
「どう」
できた刺しゅうを見てもらうと、咲良ちゃんは眉をひそめた。
「うーん、へたっぴ!」
「正直すぎる!」
泣きたくなっていると、察されたのか、頭を撫でられた。
「でも真剣にやってるのはわかるよ。わたしが全部綺麗にやるより、気持ちは伝わるんじゃないかな」
「う~~~っ」
「こ、こら! 針! 人に抱き着くなら針をしまいなさい!」
◆◆◆
そして、当日。藍緒くんには先にあたしと夏凪だけ起こしてもらった。
まずあたしが、双子の欲しいものを買いに連れ出す。
お昼を食べたりなんなりして時間を稼ぎ、その間に藍緒くんと夏凪が準備。
そして帰った時に――ぱんぱかぱん、と。
「よし。二度と忘れられない誕生日にしてやろうぜ」
「これ以降、誕生日に満足できなくさせてやる」
「なんで二人は悪いお顔をしてらっしゃるの?」
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