第9話


「……ん」


 朝。

 今日は随分早くに勝手に目が覚めた。

 まだ外は暗い。

 昨日のことで体内時計が狂ったなこりゃ。


「……はあ。なんか二度寝する気にもならないな」


 珍しく寝覚めが良過ぎたせいもあり、せっかくだから外でも散歩してこようかと。


 部屋を出て下に降りると、店から物音と話し声が聞こえてくる。


「そうそう、上手。ほんと筋がいいわね、自炊とかしてるの?」

「と、時々。褒めてもらえてとても嬉しいです」


 聞き覚えのある声だった。

 柊だ。

 バイトを始めてすぐの彼女はとてもやる気に満ちていたから、今朝も来るんじゃないかって思ってはいたが。

 まさかこんなに早くから来ているなんて。


「あ、おはよう新。雪愛ちゃん来てるわよ」


 薄暗い店内に降りた俺のところに母さんがくる。

 そして厨房から顔を覗かせる柊が俺を見てぺこりと頭を下げる。


「おはよう母さん。あのさ、いくらなんでも早過ぎない?」

「別に私がこの時間に呼んだわけじゃないわよ。いつもの朝のウォーキングしてたらね、ばったり雪愛ちゃんに会って。それでよかったらって誘っただけよ」

「ふうん」


 まあ、成り行きなら仕方ない。

 それに、何を作ってるのかは知らないがいい匂いだ。


「あんたこそ随分早起きじゃない。ほんとは雪愛ちゃんが来てないか、期待して起きてきたんじゃないの?」

「そんなわけないだろ。たまたまだよたまたま。散歩行ってくる」

「はいはい。もう少ししたら朝ごはんできるから早く戻ってきなさい」


 俺はもう一度柊の様子を見た。

 彼女は真剣な表情で料理をしていた。

 声をかけて邪魔するのも悪いと思い、そのまま外へ。


 店を出ると、涼しい風が俺に吹き付けてきた。


「んー、気持ちいいな。さて、どこいこうか」


 早く戻ってこいとのことだったので近くに何かないかと考えたが、こんな時間に開いてるのはコンビニくらい。


 結局、この前柊と寄ったコンビニへ。

 そして何を買うでもなく雑誌を立ち読みして。


 飲み物でも買って出ようとした時、ふと近くにあったスイーツコーナーに目がいった。


「こういうの、好きなのかな」


 そもそもうちに来始めたきっかけはうちのパンケーキを食べにきたからであって。

 やっぱり、甘いものが好きなのだろう。


 毎朝頑張ってるし。

 それにこの後だって、彼女が作ってくれた朝ごはんをいただくわけだし。


 何もお礼しないってわけにも、いかないよな。


「……とりあえず買って帰るか」


 目についたプリンとシュークリームを手に取ってレジを済ませて。

 そのまま、店に戻った。



「あ、お、おはよう森崎君。ちょうどご飯できたよ」


 店に戻ると、制服にエプロンをかけてせっせと配膳する柊がいた。


「お、おはよ。あの、これよかったら後で食べない?」

「え? これって」

「あ、いや、さっきコンビニ行ったついで。朝からほら、ご苦労様っていうか」


 たかが数百円のコンビニスイーツを渡すだけなのに、改めて感謝を伝えるのが小っ恥ずかしくて言葉を詰まらせながら。

 レジ袋ごと差し出すと、柊は目を丸くしていた。


「私の、為?」

「そ、それは、まあ。疲れてたら甘いものとか、食べたくなるかなって」

「嬉しい……じゃあ、早く食べたいからご飯もさっさと済ませよ?」

「う、うん。いただくよ」


 朝食が置かれた席に着くと、向かいに柊も座る。


 手を合わせて食事を始めようとすると、向かいの柊の異変に気づいてしまった。


 泣いている?


「ど、どうしたの?」

「え? あ、ううん、な、なんでも」

「なんでもって……なんか辛いことあった?」

「そ、そんなんじゃないの。その、目にゴミがね」

「ゴミ?」

「うん。だから早く食べよ? デザートも早く食べたいから」

「そ、そうだね。いただきます」


 目にゴミが入ったくらいで目から溢れるほどの涙が出るのか疑問だったけど、その後は特に悲しむ様子もなく黙々と朝食を食べていたので、どうやら俺の考えすぎだったようだ。


 食べ終えると、柊は早速袋をカサカサと。


「わあ、プリンだ。ねえ、こっち食べてもいい?」

「うん、好きな方で。てか、両方でもいいよ」

「それはダメ。一緒に食べよ?」

「じゃあ、俺はシュークリームを」

「うん。いただきます……ん、美味しい」


 嬉しそうにプリンを食べる柊を見て、ホッとした。

 喜んでもらえてよかった。

 

「このプリン美味しいね。森崎君も一口たべる?」

「い、いや俺はいいよ。シュークリームあるし」

「そ、か」


 プリンがよほど美味かったのか、うっかり彼女が使っているスプーンでそのまま俺に一口渡そうとしてきたので慌てて断った。


 さすがにカップルでもないのに間接キスなんて、なあ。

 俺、彼女とかいたことないから、そんなことして平気でいられる自信ないし。

 これからしばらくうちで働く予定の柊と気まずくなるのは御免だ。


「ねえ、シュークリーム美味しい?」

「う、うん。俺、昔から好きなんだ」

「そーなんだ。ねえ、私も食べていい?」

「え? い、いいけどもう口つけてるし」

「私はいいけど、そういうの気になる?」

「それは……」


 もちろん気になる。

 潔癖とかそんなんじゃなく。

 むしろ柊の方こそいいのだろうかと、気にしてしまう。


 ただ、本人が気にしないというのなら、まあ。

 

「ど、どうぞ。あと少しだから全部食べていいよ」

「うん。いただきます」


 柊は小さな口を目一杯開けて、大きく一口で残りのシュークリームを頬張った。


 そしてゴクリと飲み込んでから「美味しい」と。


 指についたクリームをペロっと舐めながら俺を見て。


「ご馳走さま」


 そう言い残してから、空いた食器を奥に下げていった。

 

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