第14話 もう一人の山田
久しぶりに、目の前の釣りに集中する山田隼人。
沖での船釣りの心地よい揺れは、今の彼に安らぎを与えた。
小林が栗原との商談を成立させる中、山田は次々とアジを釣り上げた。
「山ちゃん、腕を上げたな。大したもんだよ!」
「ありがとうございます…栗原さん…。良いストレス解消になりました…。」
「また是非とも行こうじゃないか!男のロマンを求めて。」
山田は栗原に礼を述べ、釣り上げたアジの何匹かを、行きつけの居酒屋「わっしょい」に持っていくことにした。
栗原に別れを告げ、境界川に戻る山田と小林。
いつになく楽しそうな山田に対し、小林は帰りの車で切り出した。
「実は先日、山ちゃんがいきなり豹変して俺の足に噛みついてきたんだ…。覚えてないのか?」
その言葉に山田は愕然とした。
「犯人は捕まったが、あのコンビニ店員を殺したのは自分だとも言っていた…。山ちゃん…本当に心当たりはないのか?」
「わ、分からない…。でも、栗城さんが殺された時間には俺は家で就寝していたと妻は言ってたんです…。」
混乱しながらも、逃げ惑う血塗れの栗城の映像が脳裏に浮かび、それが自分だったと思うと、背筋が凍りつくようだった。
「小林さん…俺はどうしたら?やはり自首するべきなんですよね?」
「落ち着いてくれ、山ちゃん。俺の負傷はともかく、殺人に関しては動機も根拠もない。警察はストーカー男を逮捕して事件は終わったんだし、今さら山ちゃんが疑われることもないだろ?」
「でも、あのストーカー男は『自分は殺人には関与していない』って言ってたとニュースで…。俺が殺した栗城さんを発見して、案山子にして遺棄したんじゃ…。」
「考えすぎだ、山ちゃん。とにかく警察よりも、まずは病院に行って診てもらうんだ。実際に二重人格障害はある話だし、ちゃんと自分と向き合わないと…。」
「こ、小林さん…俺、怖いです…。」
「何も心配するなって。せっかく栗原さんの仕事も回ってきたんだし、現場には山ちゃんの力も必要なんだ。このことは、俺と山ちゃんの中だけで伏せておこうよ。」
「は、はい…。何から何まで小林さんに迷惑ばかり…すみません…。」
「いや、良いんだよ…。山ちゃんは悪くない…。この場合、山ちゃんをそこまで追い詰めた馬場さんに責任がある…。」
「社長…。」
山田は馬場の罵詈雑言を思い出し、腹立たしくなっていく。
「そ、そうだよな…。全て社長のせいだよ。」
「とにかく冷静にだよ…山ちゃん。あの勢いが会社で出てしまったら、本当に社長を殺しかねないからね…。」
小林の冷静な助言で、山田の怒りは落ち着いていったが、小林に「わっしょい」まで送ってもらい、山田は彼と別れた途端に独りごちた。
「も、もつ煮…食いてぇなぁ…。」
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