サイコパス山田(仮)

大田商会

会社員山田の闇

第1話 夕闇の瀬名町

満員電車を降り、ホームタウンの瀬名町に降り立った山田隼人は、まるで魂が抜けたかのように重い足取りで家路についた。今日は朝から、若き社長である馬場に執拗なパワハラを受け、心身ともに疲弊しきっていた。馬場の冷酷な言葉が、まるで呪いのように頭の中をぐるぐると回っている。

「本当に、このままじゃダメだ……」

​自問自答を繰り返しながら、自宅のドアを開ける。

​「おかえりなさい」

​愛する妻が出迎えてくれた。その優しい声と、心配そうに見つめる瞳を感じながらも山田の表情は暗い。


そんな夫を元気付けようと妻はテーブルを指差し、にこやかに言った。

​「あなたの大好きなもつ煮よ。今日はたくさん作ったから、ゆっくり食べてね」

​テーブルに並んだ、湯気を立てるもつ煮。その匂いは、山田の心の奥底に染みついた疲労と絶望をゆっくりと溶かしていくようだった。山田は静かに席につき、一口、また一口と、妻が腕を振るったもつ煮を口に運び、晩酌のビールを呑み込む。

​一口食べるごとに、全身の力が抜けていくような安堵感が彼を包み込んだ。二口、三口……。もつ煮の温かさと優しい味に、山田の心は徐々に満たされていく。

​その時だった。

​山田の脳裏に、馬場が彼を嘲笑う顔が鮮明に浮かび上がった。同僚たちが、その様子を見て陰口を叩いている姿も。

​安らぎに満ちていたはずの心に、どす黒い感情がじんわりと広がっていく。もつ煮の温かさが、彼の中に眠っていたドロドロとした憎しみを沸騰させるように感じられた。

​(あいつら、俺をバカにしやがって……。許さない。絶対に許さない……)

​穏やかだった山田の目に、ふと暗い光が宿る。もつ煮を食べる手は止まらない。咀嚼するたびに、上司や会社の同僚たちへの、抑えきれないほどの激しい恨みが全身を駆け巡っていくのだった。

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