第35話 人形と屋敷の秘密


「何から聞きたい?」


 聞きたいことはいくつかあったが、まずは屋敷と人形の話だろう。俺は切り出す。


「あの人形、生贄の代わりになったというのは?」

「きみは聞こえていなかったんだったな」


 彼に確認されると、俺は頷く。


「あの人形は、あそこに生贄になるべく閉じ込められていた子どもたちの相手をしてきた。何代も昔から、ずっと」

「それにしては新しい気がしたが」


 何代も前というには汚れが目立つだけでほつれはあまり感じなかった。俺から見たらまあまあ古いものではあれど、数百年単位のものではないだろう。

 俺が思い出しながら告げると、彼はふっと笑う。


「古くなったガワを中に詰めて、次の生贄のために新調したんだ」

「怖……」

「生贄とともに捧げてしまうか、用が済んだら適切にまつって処分するのだろうが、まあ、これも呪術的なものなのだろうな。だから、屋敷にきた生贄たるきみを招いた」

「小さな子どもじゃなくて申し訳なかったな」

「遊び相手になってくれたとは思っていたようだ」

「俺は何もしてないが」


 連れ出しただけである。話しかけたのは主に彼のほうだったし、俺は関わっちゃいない。

 俺が否定すると、彼は首をゆるりと横に振る。


「汚いとも怖いとも言わず、丁寧に扱ってもらえたことが嬉しかったそうだ」

「それ、気休めで言ってないか?」

「君がそう思うならそういうことでも構わないよ。僕は義理を通しただけのこと」


 彼は肩をすくめる。


「あの人形は、生贄が生贄になるために必要な道具でもあった。だから、長い年月をていても、僕のように具現化して動けるようにはなれなかった」

「生贄に力を与えるから、自身を生かすほど溜めきれなかったのか」

「そういうことだな」


 思いを注いでくれた人間は生贄として死んでいくから、人形自体に念がこもることもなかったのだろう。


「今回動けたり、条件付きで喋るくらいの力があったのは、正統な生贄がなかったからだな?」

「そうなるね。今回は自力で動ける程度の力が溜まっていた。だから、生贄の代わりを務めることもできた。あの状態であれば、生贄の生命力と同等のカロリーがある。あの山で育った生命力は、山の神にとっては御馳走たるだろう」

「……なあ」

「うん?」


 俺はふと思い出したことを告げる。


「あの触手みたいに伸びてきた黒い手、どれも子どものものみたいに小さかったのが気になったんだが」


 彼は俺の問いに困ったような顔をした。


「そこ、ぼくの解説が必要かい?」

「生贄にされてきた子どもたちは、たんに遊び相手が欲しかったんじゃないのか?」

「それは同意しかねるなあ」

「正確には、人形がほしかっただけ、とか」

「あの塊は屋敷には入れたのだから、いつでも人形は取りに行けたと思うよ」


 確かに、黒い触手は屋敷の中にも入り込んできた。彼らが来なければ、俺たちは追い出されることもなかったはずではあるのだが。

 俺は首を横に振る。


「そうかな。あんたが屋敷を使っていたから、簡単には入れなかったんじゃないか?」

「今回は例外だった、と?」


 彼は片目を細めて訝しがる。


「俺がいたから、中に入れたんだ」

「生贄を迎えに来る名目で、中に入れるってことか」

「そう」

「ならば、人形が外に出るチャンスもまた、生贄が用意されたときだけか」

「確認のしようがないけどな。もう屋敷はないんだろう?」


 俺が聞けば、彼は頷く。


「僕の力で維持している部分もあったけれど、そのほとんどはあの人形によるものだったようだからね。屋敷の外に出たときに確信した。窓を蹴破ったときも、ずいぶんと軽かったし」

「ああ、気づいたのはあのときなのか」


 屋敷の秘密に気づいたのが脱出のタイミングだったならば、これ以上語ったところで推論の域を出ないだろう。

 俺は話を変えることにする。


「――今後、この風習は残ると思うか?」


 俺が尋ねると、彼はふぅと大きく息を吐いた。


「さあ。僕が顔を出したから、状況が大きく変わったことは察しただろう。でも、管理者たちは行方不明者や自殺者を使ってしばらくは続けるんじゃないかな」

「その辺は釘を刺さなくていいのか?」

「彼らには彼らの道理があるのさ。それがこの社会では犯罪になるというなら、適切に裁かれて風習は絶える。僕は関与する気はないよ」


 こう切り返したあたり、生贄は必要がなくなったと彼は思っているように感じられる。

 俺は首をわずかに横に倒した。


「山の神は今後も生贄を求めると思うか?」

「どうかな。僕の話に耳を貸す気はなかったみたいだけど、人形を手に入れて喜んでいたようだから、当分の間は静かにしているだろうね。食事は気が向いたら、かな」

「人間側から提供せずとも勝手にやるってことか」

「子どもを生贄に選んでいたのは人間側の都合だからさ。これまでだって、勝手に入って荒らしてきた人間は適切に食ってたと思う」

「ここ最近の記事を漁った感じでは、あの山周辺では行方不明者や怪我人は出ていないはずだが」


 祠を壊しに山に入る前に調査してきた内容を思い出しながら告げる。あれらがすべてであるとは考えられないが、根拠にならないわけではない。

 彼は人差し指を立てて、軽く指を横に振る。


「入るのに申請が必要な場所ではないし、ふらっと来て消えてしまった人間はそれなりにいたはずだ。僕が見かけた人間で、まだ正気を保っていたやつは山の外に出してやったが……この街に送り届けたわけじゃない。もしかしたら、別の地域で変死体になっている可能性は捨てられないな」

「そういえば、川や海までは調べていないな」

「きみが山とその周辺だけ調べたというなら、消えるならそっちかもね」


 だいぶ身体が温まってきた。のぼせないうちに風呂を出たほうが良さそうだ。


「ほかに、聞きたいことは?」

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