第7話 並んだ布団と不死の呪い
◆◇◆◇◆
さっきまで自分が寝ていた部屋のはずだが、布団が二組、綺麗に整えられた状態で並んでいる。
「……おい」
「なにかな?」
「隣で寝るのか?」
「安全のために」
「まあ、うん……それはそうだな」
戸惑うように返せば、彼はけらけらと愉快げに声を立てて笑った。
「貞操の心配をしたのだと素直にいってもいい場面だぞ?」
「それはちらっとは
「そのために、僕はきみを抱くつもりでいるってのに?」
「……必要な処置だというなら、
俺は視線を外して、自分の荷物の場所に移動する。中をあらためておこうと思った。
「おや、潔い」
驚いた様子で、彼は新たに用意された布団の上に腰を下ろした。
「それが不死の呪いを解くのに繋がるならなお結構だが、まあ、あんたならいい」
「お。この姿はきみの好みだったか」
「姿は関係ないかな」
「そうか」
「理由をあげるなら、美味しい飯を用意してくれたこと、いい風呂を準備してくれたこと、そういうのが、嬉しくて」
仕事の、給料分のサービスとしてもてなされたものとは違う、情を感じたのだ。小さなところに、俺への気遣いを感じられて、それが俺個人を見ているように思えて、それが心底嬉しかったのだ。
「これから美味しくいただく相手の
こういうときにおどけてみせるのは、図星だったからじゃなかろうか。俺は笑いを噛み殺す。
「丁寧な仕事をしていると思えたからな。あと、楽しみにしているのも察した。あんた、好物は最後に食べるタイプだろ?」
「どうだろ」
彼は俺の作業を離れた場所で見守っている。近づかないほうがいいと本能的に察したのだろう。この荷物の中には怪異封じの道具が入っている。
荷物に異常はないし、携帯電話も圏外ではないにせよ電波は弱めで新着はなし、か。
「――そういえば、あんた、この荷物の中身、見たか?」
「食べ物持っていないかくらいは確認した。口にするものは気にすると思って」
「それは、嗅いで確認したってこと?」
俺が話を振ると、彼は首を縦に振った。
「僕は鼻がいいんだ。中身、触るとよくないだろう物が入っているのはわかっていたからさ」
「わかっていた?」
「祠を破壊するところから見ていたから」
そう言われて、俺はなるほどと納得する。祠を壊すのにも一応の手順はあるので、その様子をどこかから覗いていたということだろう。ならば、登山用リュックサックの中身をそのときに見て察していてもおかしくはない。
「荷物に異変はない。俺が連れてきてしまったということは、おそらくないと思う」
「ああ、そういう心配をしていたのか」
彼は両手を合わせた。
「きみは持ち込んではいないさ。ここは僕の結界の中だ。異変があれば察知できる。きみの体にあの祠がらみの異変が起きていないことは、きみを着替えさせたときに確認している」
そこでようやく彼に身体を見られていたことに思い至った。部屋で寝かされていたとき、俺は浴衣に着替えさせられていたのだから当然だ。
「新規のものはなかったよ。だから、今はまだ問題ない」
「着替えさせてくれたことについては感謝もしているのだが……肌を見られたことについては、その」
「とても綺麗だったよ」
「綺麗、だろうか。こんな仕事だから、傷だらけだし、呪いの痕跡もついているし……」
「ああ。隅々まできっちり呪われていて興味深かったよ」
「そっちか」
いい笑顔で物騒なことを言わないでいただきたい。概ね事実ではあるが。
「だが、それを気にして、他人に肌を見せたがらなかったのなら、ちと勿体無い気はする」
静かに彼は近づいてきて、俺を見上げるようにした。
「生傷が絶えないのは仕方がないとはわかっている。今残っている傷は、この山に入ったときについてしまったもので、過去の傷はほとんど消えている。それ以外の古い傷は、おそらく不死身になるに至る過程に関連したものだろう」
「そんなこともわかるのか?」
これまでいろいろな怪異や霊能者に出会ってきたが、俺の不死の呪いについて詳細を語ろうとする者には会えなかった。聞いてもはぐらかされるだけで、ずっと諦めてきたのに。
彼は興味深そうに笑う。
「しっかりと僕に肌を晒してくれるのであれば、手掛かりのひとつくらいは見つけ出してみせるよ」
「あんたはそういう専門家なのか?」
「少々長生きなだけだよ」
そう告げて、彼は俺の唇に自身の唇を合わせた。
「――長く生きる秘訣は、物事への興味関心を失わないことだ。そして、深入りしないこと」
「俺に深入りしようとしていると思うが?」
「気まぐれで、唐突に放り出すかも知らん。呪いを解くのに僕が必要だと思うなら、僕を飽きさせない努力をしてくれ」
「……確かに、そうだな。努力はしよう」
俺は頷いて、彼の唇に自身の唇を重ねた。
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