第5話「紅の色~くれないの色~」

 それから三週間後……

 姫菜ひめな黒蝶こくちょうは、林間学校に行くことになりクラスメイト達とバスに乗っていた。

 姫菜はりんと楽しそうにしゃべっていたが、黒蝶はひとり何か、嫌な予感がぬぐえなかった。




 その時、バスが突如激しく揺れた。

 黒蝶は助けを求めようと運転手を見たが、運転手はエアーバッグに顔を突っ伏している。


 どうやら息はしているようだ。黒蝶は、とりあえずホッとしたが、事態は悪化するばかりだ。とうとう、バスはガードレールを押し破り、前方部分が道路から落ちそうになる。



 クラスメイトや、教師達の阿鼻叫喚あびきょうかんの叫び声が車内にこだまする。


「――ちくしょう! こうなったら!!」

 黒蝶は、自身が魔法使いだとバレるのもいとわずに魔力を振り絞りバスを支えた。


「わっ! 黒蝶の身体とバスが光ってる!!」



 驚愕するクラスメイトと教師達。


「駄目だ! 俺だけの魔力じゃ、どうにもならねえ!!」

「朱井、朱井! 俺に力を貸してくれ! 姫菜ああああっっっ!!!」


 姫菜は冷や汗を流し、真っ青になって震えるりんに微笑んだ。


「大丈夫だよ。りん。あたしと黒蝶が守るからね!」

「え、姫菜ちゃん……?」



 りんはその意味がわからないながらも、なぜか姫菜との別れが近づいていることを感じとっていた。

 姫菜は黒蝶の決死の叫びに応え、二人は固く手をつないだ。


「黒蝶!」

「姫菜!」

「「魔力マナ全開フルパワー!!!」」


 二人が呼び合うと、二人分の魔力がバスをおおって、ふわりと宙を舞い安全な道路へと着地させた。





 クラスメイト達の歓声があがる。

 教師や生徒達も皆、腰が抜けて立てないながらも号泣し、きつく抱きしめ合ってお互いの無事を喜んだ。


「やったな!」

「うん、ありがとう。黒蝶!」

 姫菜と黒蝶も顔を見合わせて喜ぶ。


「ありがとう! 姫菜ちゃん、黒蝶くん」



 状況が理解できないながらも、りんも姫菜に抱きついて喜んだ。

 その一方で、もうこの街にはいられなくなるかもしれない。


 姫菜と黒蝶は、不安を感じていた。

「ごめん、アヤ姉。 でも、りんや皆を救えたよ……」

 姫菜は涙を浮かべてつぶやいた。




 ◇ ◇ ◇




 バスの事故の時、姫菜と黒蝶の魔法を目撃してから、新田もいじめをしなくなった。

 ある昼下がり姫菜と黒蝶は、荷物をまとめて東京の街を出発しようとしていた。

 姫菜は、亜矢音に負担を掛けないように、黙っていなくなろうとしていたが。



 バスストップの前に亜矢音とりん、そして黒蝶が待っていた。

「バカ姫菜! あんた独りで行かせるわけがないでしょう!?」

「姫菜ちゃん……私たちずっと、友達よね? 絶対、遊びに行くからね!」

「俺ももう、ここにはいられないからな。一緒に行くぜ?」

「ごめんね。アヤ姉、りん、黒蝶! うわああんっっ」



 姫菜はたまらず、三人の胸で泣きじゃくった。

 亜矢音、りん、黒蝶は姫菜を優しく抱きしめ背中を撫でた。







 海の見える街に姫菜達と黒蝶は、アパートを借りて住むことになった。

 ここの土地には、姫菜と亜矢音の両親の墓もあった。


「パパ、ママごめんなさい……」




 いつものように姫菜が泣きながら墓参りをしていると、そこに黒蝶が現れた。


「いつも、ご両親の墓に懺悔ざんげしているのか?」

 すると、姫菜は少し怒ったような声でうったえた。


「当たり前よ! あたしのせいで亡くなったんだもの」

「悲しいな……お前の両親は、そんな姿を見たくないんじゃないか? もっと……」



 黒蝶が言いかけた時、姫菜は涙を流して怒りをあらわにした。

「あんたになにが分かるのよ! あたしは、許されちゃいけないのよ!!」

 たまらず姫菜の事が切なくなった黒蝶は突然、彼女姫菜を抱きしめた。



「ちょっと! いきなり何するの」



 黒蝶の腕の中で、顔を真っ赤にしてもごもごともがく。


「そのまま、聞けよ……俺はもう、お前は許されていいと思ってる。

 俺が言っていいことじゃないかもしれない。けど、お前は十分苦しんだと思う。これからは俺もいるから、あの日、窓から差し込む夕日に照らされるお前を見ていて、お前の髪と目の色は血の色なんかじゃない。夕日の色、綺麗なくれないの色だと思った」



「夕日……くれないいろ。ホントに?」



 頬を染めきょとんと目を丸くする姫菜。

「ああ、本当だ」と微笑む黒蝶。

「ねえ、黒蝶。ううんレオ。あたし生きてていいのかな」

 姫菜は少し、気持ちが軽くなった気がしてもう一度、この問いを黒蝶にしてみた。


「ああ、いいに決まってるだろ! これから、元気に生きていくのをお前のご両親も望んでいるはずだ。姫菜」



 黒蝶が柔らかな微笑みを浮かべる。

「ありがとう。レオ!」

 姫菜は、夕日のような紅色くれないいろの瞳に、涙をたくさん溜めて笑った。




 パパ、ママ。あたしこれからは、このくれないの色と一緒に

 みんなと生きていくよ! 人と魔女の架け橋として、胸を張って……

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