裏・久留米奇譚

杉浦ささみ

青い月

 福岡県久留米市は8月にしてセ氏6℃を記録した。その事件は、テレビでもSNSでも大きく取り上げられた。


 アナウンサーは切羽詰まった声で伝えた。九州自動車道が麻痺したらしい。ドライバーたちは、蓮の花が咲き乱れた楽園を一斉に幻視し、立ち往生したり、ガードに車体をぶつけたりしたという。


 その前日には真っ青な満月が登った。比喩ではなくてほんとうに青かった。雲一つない青空を円く切り取ったような月だった。てっきり夢かなにかと思ったが、今の状況から推理するに、そうでもないらしい。


 ぼくは風邪をひいたが、周辺の様子が気になってマンションを飛び出した。白い空だった。田園の向こうに目を細めると、ハイウェイは、いくつもの煙を上げていた。


 セミが全く鳴いていなかった。ためしに近くにあった木をゆすってみると、セミの残骸がぼとぼと落ちてきた。アスファルトには、雨上がりでもないのに大量のミミズがのたうち回っていた。


 もう一度、インターネットで情報を確認しようとした。しかし検索エンジンが文字化けしていた。本来なら文字化けしないであろうエンジンのロゴも文字化けしていた。


 ぼくは手当たり次第にアプリを見回った。音楽配信サービスのお気に入りの歌詞も、動画サイトのサムネのフォントも、みんな文字化けしていた。


 スマホを持つ手が覚束なくなった。ぼくは思わず目をそらし、県道沿いの看板に視線を投じた。それも文字化けしていた。

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