「どうするもこうするもねぇ! やるしかねえんだよ!」

 小さい頃から何をやっても上手くいかなかった。剣聖の血を引いてるくせに剣はてんで駄目だし、賢者の血を引いてるくせに魔法もからっきしだ。剣を振ればすっぽ抜けて、魔法なんて指先に火をつけるので精一杯だった。

 勉強も人並みにしかできないし、ただ環境が恵まれてただけの凡人だ。俺と同じ環境に放り込まれたやつがいたら、だいたいのやつが俺と同じくらいにはなるだろうさ。


 周囲からの重圧なんて望んでもないものは、あまりにも身近にありすぎたせいで何も感じなくなっていた。みんな期待するだけして、俺が出来損ないだとわかると露骨に態度を変える。そんなやつらのために、そんなやつらの期待に応えるために何かをするなんてバカバカしい。

 俺が俺のために生きて何が悪い? 親も周りも関係ない。俺は俺のために生きていく。――そう思ってたのにな。


「――だぁっ! かってぇ! なんだよこいつ!」


 刃が欠けた剣を放り捨てながら悪態を吐く。量産品とはいえ鉄剣だぞ。なんで生身の体の方がかてぇんだよ、おかしいだろ。

 魔性侵攻スタンピードの主と思わしきモンスターと戦い始めてから幾ばくもなく。俺は既にいくつかの武器を手放しながらいまだに相手に有効打を与えられていなかった。


「とにもかくにも固すぎる。なんなんだあいつは。合金か何かでできてんのか?」


 周りのモンスターをどかすために投げ込んだ炸裂弾で傷一つつかず、遠くから攻めるために放った銃弾は耳障りな音をたてて弾かれた。まあ跳弾で周りのモンスターに被害がいったからこれはまるっきり無駄というわけでもなかったが……。

 俺が使える程度の魔法じゃ傷もつかない。意を決して近付いて切りかかった剣は刃が欠けてさっき放り捨てた。


 生身の体であんなに固いのは明らかにおかしいだろ。鋼鉄人形アイアンゴーレムとかならいざ知らず、見た目は普通の皮膚だぞ。どうなってやがんだ?

 あれか? 魔法的な何かで守られてんのか? それともあのモンスターの特性か? よくわからないが、どっちにしろ普通に戦ったんじゃ致命傷どころかなにもダメージすら与えられないみたいだ。


 俺があのデカいのを狙い始めてから、周囲のモンスターも俺に狙いを定めてくるようになった。ブレスを吐いてきたり棘を飛ばしてきたり。離れていればかわすの自体は難しいことじゃない。ただ、かわすことに集中すると近づけなくなってしまう。

 だからある程度の被弾を覚悟で近付く必要がある。剣を当てに行った時もそうだ。おかげでいくつか怪我をしてしまっている。


「……なんだ?」


 あいつに今度はどう近付いて、何をするか。そう考えながらモンスターどもと並走していると、あのデカ物が人型の上半身をこっちに向けて何か不自然な姿勢を取り始めた。

 それは人が弓を射るような姿勢で。その姿勢に合わせるようにキラキラとモンスターの両手が輝くと、そのモンスターの体躯に合わせた巨大な弓矢が出現した。


「あいつ魔法使いやがるのか!?」


 俺がそう叫んだ瞬間、モンスターの手から矢が放たれる。魔力でできた矢は飛び出した瞬間から分裂をはじめ、瞬く間に俺の視界いっぱいに無数の矢が飛来してきた。


「う……ぉおおおおおおおおお!」


 避ける。飛んでくる矢をひたすらに避ける。車体を傾け、体を捻り、急減速し、急加速し、単車で可能なあらゆる姿勢を駆使しながら避けていく。

 避けて、避けて、避ける。何も考える余裕なんてない。ただひたすら目の前の矢を避けていくしかできない。


 どれだけ避ければいい? どのくらい避ければいい? 一体いつまで――そんな思考が一瞬心に浮かんだ瞬間、視界が一気に開ける。


「終わった……のか?」


 思わずぽつりと漏れる呟き。視界から矢が無くなったことにまだ戦闘中だというのに胸を撫で下ろした。――油断したのだ。


「――ガァッ!?」


 油断して、視界から外れた最後の矢。それが俺の右肩付近に刺さって、激痛と衝撃が俺を襲った。

 ハンドルから思わず手を離してしまう。矢が刺さった衝撃に押されて体が後ろに倒れていく。


 このままじゃそのまま姿勢を崩して単車から落下するのは確実だ。そうなったら無事じゃすまないどころか、あっという間にモンスターに押しつぶされておしまいだろう。

 ……そんなの、許せるはずがない。俺が何のためにこんなところに来てると思ってるんだ? 何のために仲間が戦ってくれてると思ってるんだ? こんなところで単車から落ちて死ぬとか、そんなの許せるはずがないだろッ。


「なァ……め、る、なァぁぁぁぁ!」


 姿勢を崩して落下しそうな体を、下半身で単車を挟むように締め付けることでギリギリ踏みとどまる。腹筋で上半身を無理やり引き戻して、無事な左肩を回して左ハンドルを掴みなおした。

 ……右肩から先の感覚がない。なんとか姿勢を戻しても、これじゃあどうしようもない。


 単車ってのは右手でハンドルを回して加速するもんだ。それなのに右手が使えないんじゃ、このまま緩やかに減速していくだけだ。

 感覚のない右手に何とか力を入れようとする。ぴくぴくと動きはするから、右手が駄目になったわけじゃないはずだ。ただ、ぴくぴくと動かせるだけでそれ以上の力が入らない。


 クソ! どうしたらいい? どうすればいい? こんなところで終わるわけにはいかねぇんだ。終わらせるわけにはいかねぇんだ。

 なんで俺は剣が下手くそなんだ? 剣聖の血を引いてるっていうのに、なんでまともに剣が使えないんだ? どうして魔法が下手くそなんだ? 賢者の血を引いてるっていうのに、まともな魔法が全然使えねぇのはなんでなんだ?


 小さい頃から何をやっても上手くいかなかった。なんとかしようと思って努力したのに、何ともならなかった。

 今回もそうなのか? 何ともならないまま終わるのか? それが俺だっていうのか? 俺にはここが限界だっていうのかよ。


 単車が徐々に減速していく。モンスターどもから段々と遠ざかっていく。俺の心の中に諦めの気持ちが広がっていく。

 ――諦めの気持ちが広がっていく? 馬鹿なこと考えてんじゃねぇよ! 今この場所でそんなこと考えてんのは俺だけだ!


 見ろよ! モンスターどもの前の方じゃまだピカピカ光ってやがるし、あいつらの声も聞こえてくる。俺の指示きっちり守って戦ってるやつらがいるのに、なんで俺が勝手に諦めんだよ、意味わかんねぇだろうが!


「どうするもこうするもねぇ! やるしかねえんだよ!」


 仲間の顔を思い浮かべる。自分たちには何の得にもなりはしないのに、こんな危ない場所まで来てくれたあいつら。あいつらが俺のために戦ってくれてるのに、俺が諦めるなんてそんな馬鹿な話があるかよ。

 フレイアの顔を思い浮かべる。笑ってる顔も、怒ってる顔も、悲しそうな顔も、照れて恥ずかしそうな顔も。……この間喧嘩しちまったのは悪いと思ってる。そのことで俺に怒って、俺と結婚したくねぇって言うならそれでいい。


 お前の家の借金を返したいっていうのは俺のわがままだからな。俺のわがままだけ通させてくれ。その後どうしたいかなんていうのは、その後改めて聞かせてくれればいいから。お前が言うなら、何を言われたって俺は受け入れるから。

 ――ただ俺は、好きな女に幸せになってほしいだけだからさ。それだけなんだ。


「剣も魔法もいらねぇだろ! 剣聖も賢者も関係ねぇ! 俺の相棒はこいつなんだからな!」


 右手を無理やり動かしてハンドルを握らせる。力なんて入らないからハンドルは回らない。でもそれでいい。関係ない。

 体中の魔力を単車に流し込んでいく。こんなことしたことない、ぶっつけ本番だ。そもそも単車は魔力なんていらないからな。どうなるかなんてわからない。


 でも今はこれしかねぇんだ。動かない右手の代わりに、流し込んだ魔力でエンジンを無理やり動かすしかねぇ。単車の整備しててエンジンなんて見慣れてるんだ。できないはずねぇだろ。

 流し込んだ魔力に反応して、単車が加速を始める。今までに聞いたことのない、まるで衝撃波を伴うかのような爆音が鳴り響く。


 離されかけていたモンスターどもとの距離がぐんぐんと縮まっていく。周囲のモンスターが俺が近づいてきたのに気づいて行動を起こそうとするが、それよりも俺が走る速度の方が速い。

 唯一俺の速度についてきたのは、群れの頭と思わしきあのデカ物のみで。


「おおおぉぉおおおおおおぉおおおおお!!」


 素早くつがえられた魔力の矢が放たれる。視界いっぱいに広がる矢の弾幕。

 さっきは必死に避けたそいつに向かって、俺はまっすぐ突き進んでいった。


 ――こんなやつすぐにぶっ飛ばして、お前の所に行くからな。あと少しだけ待ってくれ、フレイア。

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