「あんた最近、よく頑張ってるらしいじゃないか」
最近俺たちが単車を乗り回すのはもっぱら日中の街中か、街の外のだだっ広い草原だったりだ。
それらを走る時だってただ何も目的もなく走ってるわけじゃない。どうせ昼間に走るならついでに仕事の一つや二つ受けた方が金になるだろうと、配達やモンスター討伐なんかの仕事も一緒にこなしている。
おかげで学校に行く頻度は前よりも少なくなったが、その分収入が増えて金は溜まりやすくなった。俺が家を出るための資金が溜まっていくのはいいことだ。
……そろそろ本格的に家を出た後のことを考えるか? どこに行くとか、行った先で住む場所とか、仕事とか。
なんてことを思考の片隅に置きながら、その日の俺は街中で配達の仕事をしていた。
単車のいいところは小回りが利いて、人が届けるよりも圧倒的に素早く届けられるところだ。その特性を生かして俺たちが運ぶ荷物はすぐに届けて欲しい急ぎの荷物か、鮮度が大事な生鮮食品なんかをよく運んでいた。
「おーい、ばあさん。野菜持ってきたぞ」
大通りから少し奥まった場所にある、昔からあるこの街の食堂に荷物を届けるために食堂の裏口を開ける。
農家から収穫したばかりの新鮮な野菜だ。以前は市場から手押し車なんかで持ってきていたらしいが、今は俺たちが農家から直接受け取って単車で運んできていた。
「いつものところに置いておいとくれ!」
裏口から続く廊下の奥から、食堂を切り盛りするばあさんの声が返ってくる。俺たちが産地直送の新鮮な野菜を届けるようになったころから、元々それなりに人気のあったこの食堂はさらに人が来るようになっていた。
ばあさんの料理が前よりも美味くなったらしい。野菜を運んでいるだけの俺達にはたいして関係はないが、まあ客足が増えたのならそれはいいことなんだろう。
俺はばあさんに言われた通り裏口に入ってすぐ横にある、日の当たらない風通しの良い野菜の保管場所に持ってきた野菜を入れていく。葉野菜に根野菜、キノコや果物まで。
単車の鞄からこの店のかごに移しては保管場所まで移動する。たった数回の往復だが野菜の重みもあってそれなりに重労働だ。俺みたいな多少の魔法が使えるやつにとってはたいした労力じゃないが、ばあさんみたいに魔法の使えない一般人にとってはできれば遠慮したい作業だろう。
「ばあさん! 配達代は!?」
野菜を運び終えた後、再び廊下の奥にいるであろうばあさんに声をかける。この配達代が俺たちの金になる。
微々たる金額だが塵も積もればなんとやらだ。数をこなせば馬鹿にならない金額になるのは身をもって実感している。単車のおかげで俺たちの配達速度は速いから、数をこなすのも他の人に比べて難しくないしな。
「はいはい、今行くよ! ――お客さん、ちょっと待ってな!」
後半の言葉は、今店にいる客に向けた言葉だろう。
その言葉通りに幾ばくも経たずに、白い前掛けと頭巾を身に着けた初老のばあさんが廊下の奥から歩いてきた。
「ほら、配達代だよ」
そう言って硬貨を数枚渡してくる。
受け取った硬貨の枚数を数えたところで間違いに気付いた。
「おいばあさん、枚数多いぞ。ボケるにはまだ早いだろうが」
「おだまり! ……そりゃあんたへのちょっとしたご褒美だよ」
「ご褒美?」
なんだそりゃ。そんなもんをいきなりもらういわれはないが、どうしたんだ?
「あんた最近、よく頑張ってるらしいじゃないか」
「はぁ……? 別にいつもと変わらないだろ」
「夜走らなくなったとか、日中受ける仕事を増やして働いてるだとか、よくよく話が出回ってるよ。あんた目立つからね。あんたのお友達も含めて」
ばあさんの話を聞いて少しの間ぽかんとしてしまった。確かに最近は夜走ってないし仕事もよくしてる方だとは思うが……なんでそんな話が出回るんだよ。
俺たちが目立つことは否定しない。ここまでみんながみんな単車を乗り回してる集団なんて、この街には俺たち以外にいないからな。配達屋だろうが警邏隊だろうがこんなに数揃えて乗り回してなんかない。
「あんたたちが何を考えてんのかは知らないけどね、客観的に見て街の人間は今のあんたたちに感謝してんのさ。だから、その報酬は頑張ってるあんたへのご褒美だよ」
「……くれるって言うんなら貰うけどよ」
「ガキなんだから大人がくれてやるって言ってるもんは素直に受け取っときな」
「もうガキじゃねぇよ」
硬貨を懐にしまいながら思わず反論する。
反論してからしまったと思う。反論することが既にガキっぽくて、ばあさんが言ったことを否定できないと感じてしまった。
「あたしからしたらあんたら全員まだまだガキだよ。特に……この間一緒に二人で乗ってた女の子の影響を受けちまうような、あんたみたいなのはね」
「はぁ? あいつは関係ないだろ!」
ばあさんの言葉に咄嗟に言い返す。
言い返してから、これもまた言い返せば言い返す分だけ認めているように見えることに気付いて何も言えなくなってしまった。
そんな俺を見て豪快に笑うばあさん。廊下の奥からばあさんを呼ぶ客の声が聞こえる。
ありふれている日常の一幕。けれどもこれまでと同じようでいて、少しずつ変わってきている、俺たちの新しい日常。
フレイアが俺にもたらした変化が、俺は嫌じゃないと思えたんだ。
「なぁ、ディッカ」
「なんだ」
「お前結局、フレイアちゃんとどうするんだよ」
単車を乗り回すわけでもないのに、何故か集会場に集まるいつものやつら。日中の仕事や遊びのことを面白おかしく話し合って、新しく手に入れたものを寄せ合って、馬鹿話をして笑い合う。
前よりも少しだけ騒がしくなったような、そんな集会場で俺とアルタはいつもと同じように会話をしていた。単車には乗らないから椅子に腰かけてだが。
「婚約は受け入れるのか?」
「あいつが解消する気がないんだから仕方ないだろ」
「フレイアちゃんがなんでお前にこだわるかなんて知らねぇけど、今はそういう話をしてんじゃねぇんだ。お前がどうしたいかってのを聞いてんだよ」
いつもより少しだけ真面目な声音のアルタ。興味本位か、本気で俺のことを考えてるのか……アルタなら、たぶん後者なんだろう。
「俺は……」
アルタに返答をしようとして言い淀む。
俺自身が本当はフレイアとどうしたいのか。どうなりたいのか。
「フレイアが婚約を解消してくれないから」という理由にかこつけてこれまで考えないようにしてきたこと。仕方ない、で流されてなぁなぁのままにしようとしてたこと。
「まあなんだ。家のこととか将来のこととかっていうのは一旦脇に置いといてよ。フレイアちゃんと真剣に向き合ってみるっていうのも大事なんじゃあねぇか?」
「……お前、顔に似合わないことをよくもまあそんなにぺらぺらと」
「顔は関係ねぇだろ、顔はよ!」
なんて茶化しはするけれど。
アルタが俺のためを思って言ってくれてることくらいわかってるつもりだ。
「……まあ、考えておく。お前の忠告だからな」
「……おう」
俺はアルタにそう言って、その日はのんびりと夜空を眺めて過ごしたのだった。
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