第9話 覚醒

 村の一角にある訓練場。朝日がまだ登り切る前のひんやりとした空気が流れていた。

 まだ早いと言うのに、今まさに冒険へ旅立とうとしている者たちが切磋琢磨している。

 その一角、隙間に、俺たちはいた。


「今から俺が教官だ。返事はのみ 。お前達には、ここにあるスキルを全部覚えてもらう」

「おおいよ! 僕【スリ】で精一杯なんだけど」

「私もやるの? 見たところ、ヒーラーには必要なさそうなものばかりだけど。あとその、何? 普通に教えてくれると助かるわ。その顔腹立つから」


 顔は関係ないだろ! と思いつつも、ここでふざけては日が暮れるので、スルーする。

 リナは俺の真面目な雰囲気を察したようで、ふざけるのを辞めるが、ローニャは別だ。


 こいつはいつまで経ってもやる気を出さない。


 全く、腐っても勇者の仲間だろ? なんでこんな性格で最後まで戦えてたのか謎だぜ。まぁ、ゲームの都合か。


 ゲームの都合が無くなれば、敵から逃げるわ、宝は持って逃げるわ、全く信用できねーな。まぁでも、しばらくの間は大丈夫だ。


 あの宝たちを売却するには【ゲームクリア】するしかない。


 ローニャの行動原理はお金だから、ゲームクリアまでは、とりあえず大丈夫……なはず。


「大丈夫だ。覚えたスキルを覚えてなくても、戦闘中の指示は俺が出すからその通り動いてくれたらそれでいい。と言っても、基本戦術は相手を縛って遠距離攻撃で袋叩きなんだけどな」


 言ってて悲しくなるが、これが最も楽で安全な攻略法なので仕方ない。


 敵はゲームの仕様がいきているのか常に一体だし、こちらは常に全員で同時に攻撃できる。こんなにこちら有利な条件があるのに使わない訳には行かない。


 と、そんなことを考えながら2人に指輪を渡す。


「けけけ、結婚!? まだ早いだろう!」

「ようやくね」


 言いつつ手を差し出す2人の、にそのリングをはめてやる。


「ばーか。力と魔力をあげる装備だよ。生身でバカ真面目にやってたら日が暮れるからな。これ全部1日で覚えるから、よろしく頼むな。俺が徹夜で厳選したし、試したから大丈夫」


 と言いつつ、俺は訓練用の剣を握り、「【なぎ払い】!」と、何も無い空間を切り裂く。

 装備の効果は確認済み。これをつけてからマジで体が軽い。


 しかしだ。


「うん、変わってない」

「変わりはないわね」

「僕の目に狂いはなかったようだ。雑魚だね」


 いい反応だ。


「おいおい、あんなんで冒険者とか笑わせるぜ」


 いい反応だ。……ん?

 パーティーのリーダーであろう男が、遠くから俺を見ていたようで、俺の雑魚い【なぎ払い】をみて笑ってきやがった。体格は俺よりも随分と良く、周りにも数人の女を従えている。


 ……誰だ? いやいい。


 リナらは「お前たちが言うのは違う」とばかりに、睨み会うような形になっているが、俺は構わず、チラリと一瞥をくれて残りのタスクをこなす。


「ガハハ! あいつスクワットしてるぜ! それでなにがかわんだよ!」

「ちょ、ちょっと!? あんた、バカにされてるけど?! 急にスクワットなんかしだして!」

「僕、なんか気に入らないなぁあいつ」

「……98、99」


 俺は構わず続ける。


「おいおい! まだやるか!」

「私があいつらボコボコにしてきてあげる」

「あぁ、僕もお供するさ」

「……100」


 昨日の夜、スクワットあと五回という所まで仕上げておいたのだ。


 もしも現実でレベルアップが再現されているとすれば、今まさにこの瞬間だろう。

 最後の1回を終えた途端、急激に自分が強くなっているという実感を得た。


 装備をつけた時とは違った感覚。力が膨らんでいくような、そんな不思議な感覚。


「変わんねーよ! たった五回のスクワットで何が変わるというんだ? 雑魚は生まれた時から雑魚! 永遠に負け犬なんだよ!」


 ふふふ、変わらない、か。


 確かに、職業によって当たり外れがあることは攻略本にも書いていた。だが、現実は現実。剣士だからとか、戦士だからとか、ヒーラーだからとか、そういうのは無い、はず。


 俺は静かに答えると、木製の剣ではなく、その場に落ちてあった木の枝を拾い上げ、そしてスっと構える。


 今の俺なら、これで充分だ。


「……変わるさ。リナ、ローニャ、見ていろ。これが、未来のお前たちの姿だ。お前たちは俺を信じて、ただ俺の後ろを歩めばいい」

「木の枝なんて拾い上げてどうすんだ? まぁあんな雑魚なぎ払いしか使えねえお前には丁度いいか!」

「【なぎ払い・極】!」


 刹那、俺は微かに震える。瞬間、全身から燃え上がるようなオーラが現れ、収縮。


 静かな閃光が走った。


 いや違う。早すぎたのだ。その木の枝は、現時点でその場の人間が捉えられる速度を遥かに超え、音をも置き去りにした。


 振るわれた木の枝はその風圧に耐えきれずに粉々に爆散、砂埃が舞いあがる。

 一瞬の間を置いたあと、凄まじい衝撃波と共に、爆風が吹き荒れた。


「ま、こんな感じだ。俺に従えば、お前達は一日ではるかに強くなる。現に、今俺がやったようにな。だから、意味の無い事のように思えるかもしれないが、俺の指示に従ってくれ」

「ロジン、あんた……実力隠してたの? 今の一瞬で桁違いに強くなれるとは思えないわ」


 砂埃がおさまると、巨大な扇状のクレーターが現れる。

 リナもローニャも、俺も、驚愕の目で見ながら、俺はスっと教官モードに戻る。


 こ、こんな威力出るって聞いてない!! ビックリするわ!!


 しかし平穏を装う。あくまで想定の範囲内だと強調する。


「違うさ、これはトレーニングが実を結んだ結果さ。さっきまでの俺は本当に弱かった。ただ、今は違う。体の底から沸きあがるのを感じる。装備をつけた感覚とは違う、もっと堅実な力だ」

「僕も、なれる……?」

「断言する!」

「わかった! 僕頑張るよ!」

「私にも教えてちょーだい。目にもの見せてあげるわよ」


 早起きの疲れからか、やる気の感じられなかった瞳がキラキラと輝き出した。いい調子だ。


 んーなんか、すまんな? かませ犬にしたみたいで。名前も知らないキャラだけど。


 そう思いながらチラッと見ると、人混みを割りながら大股で訓練場を去っていく後ろ姿が目に入った。


 まぁ、どうでもいいや。


「よし! じゃあまず、スクワット100回だ! その後は反復横跳び300回だ!!」

「「はいっ!」」


 ☆


 装備のおかげであっという間に基礎訓練を仕上げ、スキル習得段階に入った。これでスキル習得すれば爆発的に力を得る感覚を得るはずだ。


 麻縄を出しては、


「リナ、俺を縛れ!」

「あんた! とんだ変態趣味ね!! 教官になればなんでもやっていいとおもって調子にのんじゃないわよ!」


 腰に麻袋を結びつけては、


「ローニャ、ここに10ゼニー入ってる。1回1枚ずつ、【スリ】を使って10回とれ」

「……わ、分かったけど」


「返事ははい!」ピシャリと叱ると、2人は困惑しながらも指示に従った。


 ……少女に縄で縛らせ、体をまさぐらせる変態男の完成である。


 俺の先程のなぎ払いを見て弟子に志願したいと周りに集まっていたもの達が全員その場を去っていく。


「……変態」

「こんなの嫌だよ……変態の体まさぐるとか! しかもあと9回も」


 ☆


「どうだ?」

「どうだって言われても、変態としか」

「僕は……」


 俺をロープで縛り、踏んずけて足を組むリナとは対照的に、ローニャはなにか掴んだようであった。

 自分の手をみつめ、神妙な面持ちで閉じたり開いたりしている。


「やってみろ」

「は、はい! 【スリ】!」


 少しぶれたかと思えば、その手には麻布が握られている。掴んだようだ。スキルの真髄……そして俺の麻布を……。


「……えっ?」

「全く見えなかった」


 リナと二人してローニャの成長に驚くが、1番驚いていたのは他でもないローニャ自身だった。こっちを見て、麻袋を見て、そしてまたこっちを見る。


「……これが、僕?」

「何をした?」

「スキル使うと、周囲が白黒で動かなくなって、麻袋の中に何も無かったからとりあえず麻袋を取ろうとしたんだけど、ロープがきつくて外れなくて、仕方なくズボンをずらして麻袋を取ったあと、なんとなく時間切れな気がしたから元の場所に戻った」

「そんな行動をあの一瞬で!? 凄いわローニャ!」


 凄まじいスキルだ。おそらく、これと攻撃スキルと組み合わせればもはや敵なしである。射程からどれだけ離れていようとも敵からすれば一瞬で距離を詰められ、無防備な状態で攻撃を食らう。


 ゲーム用語でいえば必中会心と言ったところか……。


 凶悪すぎるスキルを覚醒させてしまったかもしれない。


 ただ、そんな都合よくは行かないもので、スキル発動中に他のスキルを発動することは出来ない。俺も効果時間系のスキルを取るだけ取ってみた過程で試してみたがダメだった。


 それ以前に、【スリ】発動中はダメージも与えられない。


「やれる……僕! やれるよ!! 行こう!あのブタなんて粉微塵にしてやる!」

「まぁ待て、まだ日も昇ってないんだ。もう基礎練習は済んだから、ペースあげてスキル獲得していくぞ」

「わかったよ! うひょー!」

「それでリナ。お前もそろそろいいはずだ。俺に【地縛じばり】を使ってみろ」


「分かったわ……大丈夫よね? 私、ローニャみたいになにかを掴んだような感覚ないけど」


 不安そうにしているが、安心しろ。俺の目に狂いはない! しっかりスキルの書読んだからな。

 そんな俺の心意気を察したのか、覚悟を決めたようで、近くにあった杖を拾い上げた。

 杖を構えると程なくして、「【地縛】!」と叫ぶ。


 ニョキニョキニョキっと地面が動き、俺は、瞬く間に拘束された。

 よし、成功だ。俺は自分を拘束する土の塊を見て頷く。そして、自らの現状を見て血の気が引いた。


 まずい!!


「お、おい! 頼むズボンを!」


 ローニャが自分のズボンをずらしていたのを思いっきり忘れていたのだ!

 なまじ派手な魔法だったが為に注目が集まり、俺の秘部が不特定多数の目に触れる!




 その後も、秘部が晒され、あられもない格好で拘束され、もはや教官としての威厳など無いに等しい状況だったが、それでも俺は昼までスキル習得を指導し続けた。


 周りの冒険者らから白い目を向けられても問題ないのである……。


 いいんだよ。こいつら連れてきた時からどうせ変な目で見られてたしな。

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