第二章 完璧な準備

金曜日までの四日間、ナツキは完璧な準備に没頭した。


まずは情報収集。美咲から聞いた彼の名前「森下コウキ」をSNSで検索し、投稿内容を徹底的に分析した。イラストレーターということで、InstagramとTwitterのアカウントを発見。投稿された作品を見ると、どれも温かみのあるタッチで描かれた日常のスケッチばかりだった。


「カフェの店員さんが素敵だったので描いてみました」

「電車で見かけた親子。なんだかほっこり」

「今日の夕焼けがきれいすぎて」


投稿のコメントから、彼がよく行くカフェ、好きな映画、音楽の趣向まで把握した。コーヒーはブラック派、映画はヒューマンドラマを好み、音楽はジャズとボサノバを聴いている。


「完璧な情報収集完了」


次は会話のシミュレーション。想定される話題をリストアップし、それぞれに対する完璧な返答を準備した。


イラストの話→「私も絵を描くのが好きなんです。特に水彩画に興味があって」(実際は中学生以来筆を握っていない)

カフェの話→「コーヒーの香りって、創作活動に良い影響を与えそうですね」

映画の話→「最近見た○○という映画、感動しました」(昨夜慌てて鑑賞済み)


さらに、当日着る服装も完璧にコーディネートした。彼のSNSの投稿から、ナチュラルでありながらもおしゃれな女性を好みそうだと分析し、白いブラウスにベージュのスカート、そして品の良いパールのアクセサリーを選んだ。


木曜日の夜、ナツキは鏡の前で最終チェックをしていた。


「明日は絶対に完璧なデートにする。今度こそ、完璧な私を見せる」


しかし、その時ふと佐藤の言葉が頭をよぎった。


『いつも完璧すぎて』


ナツキは首を振った。きっと佐藤は、自分の完璧さについていけなかっただけだ。今度はもっと自然に、でも完璧に振る舞えばいい。

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