第18話 どうなる!? 空腹の兵士と小さな王女!

「追いついたっ! ごほっ、ごほ……!」


 私は唐辛子爆弾の煙の中をなんとか走り抜ける。夢中でかなりの距離を進んだところで、ようやくキンバリー王女様に追いついた。

 保護するように、優しくそっと後ろから抱きしめる。


「わあ、コハルおねえちゃん! どうしたの?」


「急に走り出すから、慌てて追いかけてきたんですよ! キンバリー王女様は、唐辛子の煙は平気だったんですか?」


「……? キンバリーちゃん、元気だよ!」


 どうやら王女様は小柄なため、上空を漂う煙の影響から上手く逃れられていたらしい。それで大人たちが混乱する中、一人で駆け出すことが出来たのだろう。


「とにかく戻りましょう! みんな、心配していますよ」


「だめだよ、だって……!」


「そうとも逃がさないぜぇ!!」


「……っ!?」


 突然、会話に割り込む声が響いて、私はびくりと肩を震わせる。そろりと顔をあげると、なんと私とキンバリー王女様は、先程のグルメシア兵にぐるりと取り囲まれていた。


「わざわざ二人だけで追いかけてくるとは、愚かな奴め!」


「ひえっ! ち、違うんです、これは――!」


「問答無用! カッカッカ、丁度いいグルメリアス王への土産が出来たぜ!!」


 赤髪のグルメシア兵リーダーが、ふらつきながらも私たちに近づいてくる。私は必死に周囲を見渡すも、完全に逃げ場はない。

 私が王女様を庇うように抱きしめようとしたそのとき、彼女がするりと腕の中から抜け出した。


「あっ、王女様、危ない……!」


 引き留めようとするが間に合わない。そのまま王女様は、グルメシア兵リーダーの所まで駆け寄ると、満面の笑みでポケットの中身を差し出した。


「はい! これ、あげる!!」


「!!」


 その瞬間、完全に空気が固まった。王女様以外の誰もが、何が起きたのかが分からなかった。


「……?? おいしいよ、どうぞっ!」


 誰も反応しないので不思議そうに首を傾げて、王女様は差し出したものを、グルメシア兵リーダーに押し付ける。彼女が彼らに渡したのは、てのひら一杯に乗せられた飴玉だった。


「王女様……。まさか、これを渡すために、彼らのあとを追いかけたんですか?」


「そうだよ! だって、お腹空いてたんでしょ? この飴玉、おやつにとってた大事なやつだけど、お兄さんたちにあげる!!」


 王女様は、にこにこと屈託のない笑顔を見せる。その純真さに、私は目頭が熱くなった。この幼い少女にとっては、敵も味方も関係なくて、ただ彼らは空腹で困っている人に映っていたのだ。


 だけど、その想いがグルメシア兵に届くとは限らない。私は我に返ると、慌てて立ち上がってキンバリー王女に寄り添う。

 そうして、飴玉を受け取ることもせず、ずっと硬直したままでいるグルメシア兵リーダーを見守っていたのだが、やがて彼は小さく呻き始めた。


「―――――――っあ、」


「……あ?」


「ああああああああああっ!!!!!」


 呻きのあとには、大きな慟哭が続いた。彼は頭を抱えたまま、一通り叫び終えると、がっくりと膝を付く。そのあまりの迫力に、私も王女様も押し黙る。


「俺は、……っ、俺たちは、こんな純粋な子供相手に、なんて情けないことを……!!」


 グルメシア兵リーダーはそう言葉を続けながら、涙をぼろぼろと流した。周りを見れば、他のグルメシア兵のすすり泣く姿も見える。


「あれ、飴玉、嫌いだった? 甘くて美味しいよ……?」


 突然泣き出した彼らに、キンバリー王女様は戸惑いを見せている。


「大丈夫。嫌いなわけじゃ、ないと思いますよ。王女様のお気持ち、きっと彼らに伝わったはずです」


 私は王女様の頭を優しく撫でながら、グルメシア兵へ向き直った。


「……あの、受け取ってあげたら、どうですか?」


「しかし俺たちに、そんな資格は……」


「ありますよ! 王女様が、貴方たちに差し出したんですから!」


「あ、ああ……。わかった」


 しばらく躊躇っている様子だったが、やがてグルメシア兵リーダーは、そっと王女様から飴玉を受け取る。


「ありがとう、お姫様」


「いいよー! あのね、パパがね、困っている人がいたら助けてあげてねって言ってたの!」


「……そうか」


 そしてすっかり戦意を失った様子のグルメシア兵たちは、受け取った飴玉を、皆で分け合って食べ始めた。私は目的を果たしてご機嫌な王女様を膝に乗せつつ、その光景を見守っている。


「それにしても、本当に深刻な空腹だったんですね……」


 少しは心を開いてくれたのか、私の言葉に、グルメシア兵リーダーが応えてくれた。


「ああ。全員、もう三日は何も食べていなかった」


「三日もですか!?」


「こちらの食糧難は、ダンベリアにも伝わっているだろう?」


「で、でも、ずっと森で活動していたんですよね? ここには獣もいますし、植物もありますし、食糧を調達しようと思えばできるのでは……」


「それは我が国、グルメリアス王の掲げる信条に反する!!」


「信条……ですか?」


「粗食は人を弱くし不幸にする、美食こそが正義! 今回の侵攻も、食糧調達も目的の一つだが、粗食しか知らないダンベリアへの『救済美食布教活動』でもあったのだ!!」


「そんなことになっていたとは……。だけど、食の好みは自由だと思うのですが、いくらなんでも美食しか許さないというのでは、供給が間に合わないのではないですか?」


「……しかし、美食は王による国民への思いやりなのだ。実際、我が国では全ての高級食材を、全国民で身分関係なく均等に配分している。グルメリアス王ですらその例外ではない! だから、かつてあんなにふくよかだった王も、今はすっかりスリムなお姿に……」


「王様のことを、とても慕われているのですね」


「勿論だ! 我々は王の思いに応えるためにも、国を強くし広げ、理想の美食国家を作り上げねばならない!」


 どうも話を聞く限り、グルメシア国の王は自国民のことを心から思って動いているように感じられる。そうでなければ、こんな極限の空腹状態で、慕われ続けることは無いだろう。


 とはいえ事実として今、深刻に食糧は足りていないのだろう。王様でさえ腹を空かしているのだとすれば、やはり信条はともかく、やり方に無理があるのだ。


「……話は分かりました」


「分かってくれたか! グルメリアス王の理念に共感してくれたのだな!!」


「いえ、それは違います。違いますが、私たち、きっと話し合えば歩み寄れるはずです」


「粗食の筋肉軍団と、歩み寄るっていうのか!?」


 不満そうに声を上げるグルメシア兵リーダーへ、私はびしっと指を突き付ける。


「とにかく、貴方たち全員、もっと何か食べないとだめです! 空腹だと少しのことで腹が立つし、気分も落ち込むし、冷静に判断できないですし!」


「た、食べるって言ったって……、何を!?」


「ふっふっふ、お任せください」


 私は立ち上がると、空にこぶしを突き上げながら宣言した。


「筋肉クッキングの時間です!!!」

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