「夜に塗れた魔女の転生譚」
「トリック・オア・トリート!」
カボチャを一生懸命くり抜いた中に蠟燭を入れて、火がもたらす明かりが怪しげに街を照らし始める頃。
子どもたちは魔女やお化けの恰好をして、お菓子を貰いに近所の家を訪問する。
それが、近年のハロウィンのやり方らしい。
なんて平和だろう。
なんて、幸福な光景だろう。
「お菓子、貰いに行かないの?」
今日の日のために、伝統的な魔女の恰好ができるように準備をした。
けれど、まとった真っ黒なワンピースは暗闇に紛れると姿を隠してしまう。
それなのに、ジャック・オー・ランタンの光から逃げ続けていた私を彼は見つけてくれた。
「……私は魔女だから、お菓子を持ってない人がいたら呪いをかけちゃう……」
箒を持つ手が震える。
けど、暗闇にいれば手の震えすら気づかれないはず。
だから、大丈夫。
きっと彼はいつか、私に飽きていなくなってしまうはずだから。
「あ! 分かった!」
「え?」
「舞台役者を目指しているんだね!」
「……え?」
「うん、すっごく上手だよ! 魔女の物真似!」
暗闇に身を潜める私に対して、彼はジャック・オー・ランタンの光に包まれたような煌びやかな世界で綺麗に笑った。
「違……私は本物の魔女……」
「トリック・オア・トリート」
あ、こんなに綺麗な笑みを浮かべてくれる子がいるんだ。
彼の笑顔を見た瞬間、救われたような、ほっとするような、なんだか柔らかな気持ちが湧き上がるのに気づいた。
「私……お菓子は持ってない……」
「知ってるよ」
「えっと……」
「僕と同じで、お菓子を貰いに行く側だもんね」
あ、この世界は平和らしい。
私が生きる世界は、優しい世界だってことを彼は教えてくれた。
「僕も困ったことに、お菓子をくれない君に対しての悪戯が思いつかないんだ」
ジャック・オー・ランタンから漏れ出す光を怖いと思った。
「だから、僕に呪いをかけてください」
でも、今日は、街中にジャック・オー・ランタンが存在してくれて良かったと思う。
街を行き交う人たちや、目の前にいる彼が、こんなにも美しい笑顔を浮かべていることに気づくことができたから。
「お菓子を持っていない魔女さん」
この日、このとき、この瞬間。
私の口角が、初めて上を向いた。
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