第15話 学生からもらったカウンターパンチ
理解が追いつかず固まっていると彼が再び
「僕はマネージャーじゃありません」
「僕も選手です」
そう言った。
「ああ!ごめんなさい。随分手慣れた感じがしたからてっきり…。本当にごめんなさい」
彼はーー良いんですよと言った感じで再び作業に戻った。
それにしても所作からして何かが違う。
無駄がないというか、とりあえずやっている感がない。
どこにも、とりあえずマネージャーをやっている人などいないだろうが、彼は何かが違う。
一般的なマネージャーが部全体を見ているとするなら彼は選手一人一人を見ている。
強いて言えばトレーナーに近い感覚がする。
今は、各選手の定位置にそれぞれのスポーツドリンクを置いている。
そのドリンクも先ほどから見ていれば選手ごとに使っているパウダーも違う。
数種類違うものをブレンドしているものもあった。
選手たちがランから帰ってきた。
先ほどの彼がいち早く駆けつけ各選手にタオルを渡している。
「ちゃんと汗拭けよ!夏と違って体がすぐ冷えるぞ!」
彼が選手に注意喚起している。
そしてストレッチしている各選手にアドバイスをしている。
「体の軸が少し右に寄ってるぞ。体幹のストレッチを入念にやった方がいい。俺が押さえてるよ」
そう言ってストレッチの補助をしている。
別の選手には
「ちょっと疲れが溜まってるぞ!見せてみろよ」
と言って足裏のマッサージをしてやっている。
すごく気になった。
自分も選手ならなぜ走らないのか?
なぜそんなに的確なアドバイスができるのだろう。
帰り際に監督を呼び止め彼について聞いてみた。
「ああ…あいつですか。うちのエースですよ。夏の合宿で怪我しちまってね。今年3年なんですが箱根の予選会に向けて気合い入れすぎてつい練習に熱が入ってね。出場できるのがあと2回だと思うと必死に練習を頑張るしかないと思ったんでしょう。怪我した当初はひどい落ち込みようでした。でも本人の中でまだチャンスがある。今年がダメでも来年、あと一年チャンスがある。そう思って切り替えたんでしょうな。怪我の治療をしつつ部全体で箱根出場を目指し、記録を残したい。そう思って他の部員たちの世話を買って出ているんです。部員たちはエースの言うことだからアドバイスも素直に聞けるし、信頼している。選手ならではの気配りでみんなが練習に集中できる。あいつ自身も駅伝に関わっている方がモチベーションを保てるし、何より早く復帰したい気持ちが高まりますしね。多分、あいつが今、部の中で一番闘志を燃やしていると思いますよ」
そうだったのか。
自身が出場できないかもしれないジレンマを吹き飛ばし、自身の枠を超えて部全体のことを考えている。
それだけいろいろなことを超えて駅伝が好きなのだ。
それ以上に復帰に向け闘志を燃やしている。
私にそれだけの情熱があっただろうか?
一緒に作品を作ろう。
そう言われた時。
ーー渡りに船。
その安堵に似た打算を、私は確かに抱いていた。
プライドをズタズタにされ書きたいと思う意欲の筆をへし折られた時、私は彼のように必死に抗っただろうか?
ただ泣き崩れて、さも考え抜いたようなフリをした作品でお茶を濁しはしなかっただろうか?
今日、選手の話を聞いて単純に同感だとは思いたくない。
そんなに簡単にわかるものではない。
そんなことでは彼に対して失礼だ。
彼は彼。
私は私で、立ち直る道を探さなくてはならない。
グラウンドを横切る時、夕闇の中クレートラックの凹みを確認しトンボで補修して均しているエースの姿があった。
なりふり構わず好きな駅伝、競技部のために汗を流している彼の後ろ姿。
私はその背中に、いまの自分にはない“真っ直ぐさ”を見た。
悔しさでもなく、嫉妬でもなく──ただ、ただ眩しかった。
思わず声をかけていた。
「さっきは失礼なこと言ったわ。本当にごめんなさい。あなたの話、聞いたわ。頑張っている姿、眩しかった。私も今、悩みの真っ最中だからとても力になったわ。本当にありがとう」
彼の反応は意外だった。
フッと失笑まじりに笑ったかと思うと私に告げた。
「監督から聞いたんすか?他人からちょっと聞いただけなのにそんなもっともらしい薄っぺらいことを言うんすね」
「なんか悩んでるって言ってましたけど、人から聞いてわかったような気になっているようじゃ大した悩みじゃないっすよ。それじゃ何も変われませんよ。何もやっていないじゃないですか。まずはマラソンを完走してみるくらいのこと達成してみたらどうですか?」
彼の言葉が正面から胸の奥深く突き刺さった。
理解が追いつかず固まっていると彼が再び
「僕はマネージャーじゃありません」
「僕も選手です」
そう言った。
「ああ!ごめんなさい。随分手慣れた感じがしたからてっきり…。本当にごめんなさい」
彼はーー良いんですよと言った感じで再び作業に戻った。
それにしても所作からして何かが違う。
無駄がないというか、とりあえずやっている感がない。
どこにも、とりあえずマネージャーをやっている人などいないだろうが、彼は何かが違う。
一般的なマネージャーが部全体を見ているとするなら彼は選手一人一人を見ている。
強いて言えばトレーナーに近い感覚がする。
今は、各選手の定位置にそれぞれのスポーツドリンクを置いている。
そのドリンクも先ほどから見ていれば選手ごとに使っているパウダーも違う。
数種類違うものをブレンドしているものもあった。
選手たちがランから帰ってきた。
先ほどの彼がいち早く駆けつけ各選手にタオルを渡している。
「ちゃんと汗拭けよ!夏と違って体がすぐ冷えるぞ!」
彼が選手に注意喚起している。
そしてストレッチしている各選手にアドバイスをしている。
「体の軸が少し右に寄ってるぞ。体幹のストレッチを入念にやった方がいい。俺が押さえてるよ」
そう言ってストレッチの補助をしている。
別の選手には
「ちょっと疲れが溜まってるぞ!見せてみろよ」
と言って足裏のマッサージをしてやっている。
すごく気になった。
自分も選手ならなぜ走らないのか?
なぜそんなに的確なアドバイスができるのだろう。
帰り際に監督を呼び止め彼について聞いてみた。
「ああ…あいつですか。うちのエースですよ。夏の合宿で怪我しちまってね。今年3年なんですが箱根の予選会に向けて気合い入れすぎてつい練習に熱が入ってね。出場できるのがあと2回だと思うと必死に練習を頑張るしかないと思ったんでしょう。怪我した当初はひどい落ち込みようでした。でも本人の中でまだチャンスがある。今年がダメでも来年、あと一年チャンスがある。そう思って切り替えたんでしょうな。怪我の治療をしつつ部全体で箱根出場を目指し、記録を残したい。そう思って他の部員たちの世話を買って出ているんです。部員たちはエースの言うことだからアドバイスも素直に聞けるし、信頼している。選手ならではの気配りでみんなが練習に集中できる。あいつ自身も駅伝に関わっている方がモチベーションを保てるし、何より早く復帰したい気持ちが高まりますしね。多分、あいつが今、部の中で一番闘志を燃やしていると思いますよ」
そうだったのか。
自身が出場できないかもしれないジレンマを吹き飛ばし、自身の枠を超えて部全体のことを考えている。
それだけいろいろなことを超えて駅伝が好きなのだ。
それ以上に復帰に向け闘志を燃やしている。
私にそれだけの情熱があっただろうか?
一緒に作品を作ろう。
そう言われた時。
ーー渡りに船。
その安堵に似た打算を、私は確かに抱いていた。
プライドをズタズタにされ書きたいと思う意欲の筆をへし折られた時、私は彼のように必死に抗っただろうか?
ただ泣き崩れて、さも考え抜いたようなフリをした作品でお茶を濁しはしなかっただろうか?
今日、選手の話を聞いて単純に同感だとは思いたくない。
そんなに簡単にわかるものではない。
そんなことでは彼に対して失礼だ。
彼は彼。
私は私で、立ち直る道を探さなくてはならない。
グラウンドを横切る時、夕闇の中クレートラックの凹みを確認しトンボで補修して均しているエースの姿があった。
なりふり構わず好きな駅伝、競技部のために汗を流している彼の後ろ姿。
私はその背中に、いまの自分にはない“真っ直ぐさ”を見た。
悔しさでもなく、嫉妬でもなく──ただ、ただ眩しかった。
思わず声をかけていた。
「さっきは失礼なこと言ったわ。本当にごめんなさい。あなたの話、聞いたわ。頑張っている姿、眩しかった。私も今、悩みの真っ最中だからとても力になったわ。本当にありがとう」
彼の反応は意外だった。
フッと失笑まじりに笑ったかと思うと私に告げた。
「監督から聞いたんすか?他人からちょっと聞いただけなのにそんなもっともらしい薄っぺらいことを言うんすね」
「なんか悩んでるって言ってましたけど、人から聞いてわかったような気になっているようじゃ大した悩みじゃないっすよ。それじゃ何も変われませんよ。何もやっていないじゃないですか。まずはマラソンを完走してみるくらいのこと達成してみたらどうですか?」
彼の言葉が正面から胸の奥深く突き刺さった。
to be continue…
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